「物価の優等生」にも値上げの大きな波が訪れている(写真:IYO/PIXTA)

卵の価格が大きく上がっている。

鶏卵卸大手の「JA全農たまご」がホームページで公表している最新の相場情報(2月2日9時発表)を見ると、東京におけるMサイズの卸値は1kg当たり305円で、これは1年前よりも130円近く上がっている。過去のたまご相場を検索して調べてみたところ、JA全農たまごが統計を公表している1993年以来、現在は最高水準にある。

鶏卵Mサイズが200円を軽く超える

たとえば東京都内のスーパーでは鶏卵Mサイズの1パックが200円を軽く超える価格で売られている。「少し前までは100円台で買えていたはずなのに」という記憶のある人も少なくないのではないだろうか。

一般的に物価が上がるのは、需要に対して供給が減少しているためだ。卵も供給に変化が起きている。

農林水産省いわく、家庭用はなんとか供給量を確保している。その一方で、業務用は供給が絞られている。スーパーやコンビニエンスストアでは卵を使った弁当等で使用量を減らしたり、代替品が使われたりしている。サンドイッチなどで使われる卵のサイズが変化していると話題になった。

これまで卵は「物価の優等生」と言われてきたし、言われている。意図するところは、卵の価格は世間の情勢にかかわらず不変だというわけだ。ただ、優等生とはときに皮肉で使われるように、卵はこれまでの物価上昇に追随できていなかった、ともいえる。

もちろん消費者にとっては、どんな商品でも安いほうがいい。支出額が抑えられる。その意味で消費者には優しく、台所を支えてくれた商品と思っていいだろう。ただ昨今では値上げが顕著になっている。

卵の価格はどのような推移を経ているのか。そしてその理由は何か。

まずは物価の推移を確認しよう。グラフでは記録の残る1970年を100%としたときの、それ以降の物価推移を示している。食品だけではなくすべてを包含した総合物価では1970年の100%から2021年の318%まで上昇している。約3倍だ。

とはいえ総合物価のこの数字は諸外国からするとまだ低調だ。とくに1990年代後半あたりからは横ばいになっている。他国とは対照的だ。この状態はデフレと問題視されていた。直近では高インフレが話題になるが、逆にいえばそれまで物価上昇がほぼなかった。

卵はほんとうに物価の優等生だった

しかし卵は物価の優等生といわれるだけはある。1970年の100%を起点に、ゆるやかだ。まったく上昇していないわけではない。そこから2021年には175%にまで上昇はしている。しかし総合物価から比較すると追いついていない。グラフで見ると、ほぼ横ばいに見える。

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一般的に、これまで卵が安くあり続けた理由は、生産者のコスト削減の努力に加えて、補助金の存在などもある。さらにスーパーマーケットが赤字でも販売してマグネット商品(客寄せ商品)として取り扱っていたケースもある。結果、貴重な動物性タンパク質の摂取源として食卓に君臨し続けた。

そして2023年。今年は終わっていないので統計には表れないが、ここ近年の最高値になっている。何があったのだろうか。

(1)鳥インフルエンザ

まずは世間を騒がせた鳥インフルエンザだ。各地で鳥の殺処分が起きてしまったために、卵の供給がかなり減少してしまった。原稿執筆時点の2月1日では25道県で1249万羽もの鶏が殺処分された。

農林水産省は継続しての防疫対策を強化するとしている。なお、この鳥インフルエンザの発生状況は日本だけではなく、世界各地に広がっている。世界の市場も影響を受けている状況だ。

(2)トウモロコシ

また、鳥インフルエンザ以外の理由も付け加えておきたい。それは飼料用のトウモロコシの高騰だ。トウモロコシの種類にも多々あるが、2020〜2021年には平均で1トン当たり100ドル強だったのが2023年初頭には250ドルほどに急騰している。

中国がアメリカからの輸入を増やした背景もある。米中経済戦争の結果、中国が交渉の末、アメリカにアメリカ産トウモロコシの輸入増を約束した結果だ。中国はアメリカから大量輸入する形になった。

そこにウクライナ戦争が起き、争奪戦が激化した。ウクライナは世界のトウモロコシ輸出の10%強を占めていた。食料生産地帯を被害地とする戦争は市場を高騰させた。さらにウクライナが戦地になったことで作付面積が減少している。ロシア側の妨害工作により輸出にも悪影響が及んでいるとされる。世界の最大の収穫地が衝撃を受けているのだ。

当然ながら日本も影響を受ける。いまだにウクライナ戦争の終結も見通せていない。日本では備蓄している品目があり、コメ、食糧用小麦、とうもろこし等の飼料穀物となっている。まだ市況の影響は軽減できているといえるが、それでも完全に払拭できるわけではない。なお飼料で麦も同様に高騰している。

アメリカではEggflationなる単語も出てきた、これはインフレーションをもじった言葉で、卵高騰とでも訳せばいいだろうか。アメリカにおける卵価格の高騰はアメリカのインフレ率をも超えている。日本でいうワンパックが5ドルから8ドルを超え、物価上昇が当たり前のアメリカでも消費者を揺さぶっている。

アメリカでも卵の価格が上がっている理由は日本と同じで、鳥インフルエンザによって大量の鶏が殺処分されたことと、飼料の高騰が要因だ。卵はそれでも安価に動物性タンパク質が摂取できる食品のため需要は多いが、供給は絞られてしまった格好だ。

私たちができること

正直に言えば、私たちができることは少ない。購入した卵を廃棄することなく、しっかりと使い切ることはまず必要だろう。また、先にあげたように食品製造においては卵の代替を考えたり、使用効率向上を図ったりする必要がある。

消費者としては、すこしでも安価な店を選択することしかない。ただし、飼料を世界の国に買い負ければ、そもそも卵の生産もおぼつかない。

諸外国に買い負けるとは、単純にいえば他国が価値を感じるものを、日本は価値を感じずに対価を支払えないことだ。食うに困っている貧困世帯が少なくないことは十分に理解している。そうした人たちを社会的に支えながらも、これから緊急時はしかるべき対価を支払っても購入するという姿勢が消費者サイドにもなければ、そもそも飼料が手に入らなくなるかもしれない。

卵の高騰は、単に卵そのものの値上がりだけではなく、いよいよ食の調達環境が変わったのだという課題を日本人に投げかけている。

(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)