ブライアン・ハリガン(Brian Halligan)/CRMプラットフォームを提供するHubSpotの会長兼共同創業者。2006年に創業し、2014年にニューヨーク証券取引所に上場。2022年9月現在、世界中で顧客数15万社以上、売り上げは13億ドルを超える。バーモント大学の電気工学博士とMITのスローン・マネジメント・ スクールでMBAを取得し、現在はMITのスローン マネジメント スクールで上級講師として教鞭を執る。ウッズホール海洋研究所のメンバーであり、気候変動に重点的に取り組んでいる(写真:記者撮影)

「分断の危機(the Crisis of Disconnection)」――。クラウド型の顧客管理(CRM)プラットフォームを提供するIT企業・HubSpot(ハブスポット)は9月上旬、アメリカ・ボストンで「分断」をテーマとした年次イベントを開催した。

営業のレポート更新や、売り上げ目標の達成状況をリアルタイムで一括管理する機能などを備えた自社のビジネスを、加速する分断の解消にどのように生かすことができるのか。会長兼共同創業者のブライアン・ハリガン氏に現地で聞いた。

企業が直面する「3つの分断」

――今回のイベントではビジネスシーンにおける分断を解消し、つながりを創出することを掲げています。具体的に何を目指しているのでしょうか?

企業は今、3つの分断の危機に直面している。1つ目は、社内におけるデータやシステムの分断だ。企業は平均で242のSaaS(Software as a Service、クラウド上のサービスやアプリケーション)を寄せ集めて使用しているとされる。システムやデータが連携されないまま散らばってしまっている。

2つ目は企業と顧客との分断。さまざまな情報があふれる中、顧客は売り手である企業からの情報に興味を示さなくなっている。法人向けのサービスや製品の購入を検討する買い手企業が、購買プロセスの中で売り手側企業との接触に費やしている時間はわずか17%だというデータもある。

そして3つ目は、人と人の分断だ。コロナ禍を通じリモート環境で働く人が増え、社内のメンバー間のつながりは失われがちになった。ある調査では、45%の人が職場での交流が減り、57%の人が社会的な交流が減ったと答えている。

こうした点を踏まえ、3つの分断を解消するための機能の開発・強化に取り組んでいる。

具体的には、9月から社内のデータやシステムをつなぐデータ管理や、顧客が購入に至るまでのプロセスを測定しやすくする機能を強化した。人と人とのつながりを増やすために、「Connect.com(コネクト・ドットコム)」というコミュニティ機能の提供も始めた。これにより、約15万社あるハブスポットの導入企業や導入を検討中の企業、パートナーの代理店が出会い、相互に学び合うことができるようになった(注:コネクト・ドットコムは現時点で英語版のみ提供)。

――ハブスポットは創業時から、潜在顧客を特定するための「インバウンドマーケティング」を提唱しています。近年はフェイスブックの企業アカウントやグーグル検索の活用を支援する機能を強化していましたが、企業と顧客の分断が加速する時代において、これらのツールはいまだに有効でしょうか?


グーグル検索の65%はクリックされない。デジタルの情報が過多になることで、企業が顧客の関心を集めるのは難しくなっている(写真:9月に開催されたハブスポットのイベントのスクリーンショット)

企業が顧客の関心を集めるのはより難しくなっている。法人にしろ、個人にしろ、人々は現在、デジタルの情報があふれることで「オーバーロード(過剰負荷)モード」になっているからだ。

実際にグーグルの検索結果に表示されても65%がクリックされておらず、セールス用のeメールに対する顧客の返信率はパンデミックを経て40%も減少した。ソーシャルメディアのフィードに入り込んでマーケティングをするのも至難の業だ。そういった意味で、インバウンドマーケティングというアイデア自体は普遍的だが、取るべき手法は時代とともに変わっている。

――昨年の2月にThe Hustle(ザ・ハッスル)というメディアのスタートアップを買収しましたね。

われわれがインバウンドマーケティングを進化させていく中で、ハッスルは欠かせない存在だ。ハッスルは最新のビジネストレンドやテック系のニュースをニュースレターやポッドキャストで配信する新しい形のビジネス系メディアだ。特にポッドキャストは毎月900万回もダウンロードされている。

多くの企業は誰かのウェブサイトのスペースを借りる代わりに、自分たちでコンテンツを所有したいと思っている。ハブスポットも例外ではない。かつては顧客と接点を持つためのメディア運営は、フェイスブックページのような外部のプラットフォームを使わざるを得なかったが、これからは自分たちが情報の発信主体になれる。

企業にとっての「生きた教材」に

この買収によってハブスポットは法人ユーザーに対し、コミュニティや共同学習プログラムを通じて、最新のビジネストレンドを学ぶ機会を提供することができるようになった。顧客との分断に悩む企業にとっては、ハッスルはビジネス成長のヒントを得られる生きた教材となっている。

結果として、ハッスルの貢献でハブスポットユーザーの売り上げ増につながるという好循環が生まれている。企業同士のコミュニケーションも活発となり、人と人の分断を解消するという意味でも、ハッスルの果たす役割は大きい。

次世代のソフトウェア企業は、これから視聴者の注目を集めるメディアに投資するようになるだろう。

――日本市場のポテンシャルをどうみていますか?

非常に大きい。日本は中小企業が多く、テクノロジーの普及が遅れている。われわれのCRMプラットフォームが果たす役割は大きいだろう。アメリカでは90%の企業がCRMを導入しているのに対し、日本は40%だと言われている。2016年に開設した日本法人も2021年から社員を200〜250名増員し、2025年には2021年比で約4倍となる300名規模にする予定だ。

CRMの業界では、世界的にオラクルやセールスフォース・ドットコムが先駆で多くの企業を買収しそれらの機能を統合してきた。最近ではアドビもCRMの分野を強化している。ただ、彼らの巨大な仕組みは製品同士が十分連携されておらず、ユーザーインターフェースも異なる。ハブスポットはアップルのiPhoneのようにシンプルさを追求しているので、デジタルを使った営業支援に慣れていない日本市場で受け入れられる余地は大きい。

日本では、メッセンジャーアプリのLINEが企業向けの公式アカウントを提供するなど、企業と消費者のコミュニケーションツールとしての存在感が大きい。われわれには、コミュニティ構築を含めより一体的なCRMプラットフォームを提供できるという強みがあるが、一部ではLINE公式アカウントとの機能連携も進めている。

競合と見られがちなセールスフォースとも実際に顧客のデータ管理では連携しており、彼らは共同で市場を開拓していくパートナーだ。ただしCRMプラットフォームのカスタマー対応などコアな部分は自社開発するという姿勢は変わっていない。

――今年の年次イベント最終日には、バラク・オバマ元大統領が登壇し、あなたがモデレーターを務めます。オバマに何を話してもらうことに期待していますか?

なぜアメリカが今、これほどまでに分断しているのかということだ。私たちはビジネスの世界での分断を解決しようと努力しているが、政治の状況はもっと深刻だ。11月8日に行われる中間選挙も、党派が非常に分裂したことがわかる結果になるだろう。彼にはそのことへの思いや考えを語ってもらいたい(オバマのセッションに関する会員向け記事はこちら)。

――政治的分極がエスカレートする中で、ハブスポットができることを教えてください。


イベントにはオバマが登壇し、アメリカ国内の政治的な分断について語った(写真:Benjamin Esakof)

テクノロジーで貢献できることは大きいと思っている。今の選挙での世論調査は電話やメールで回答を求めているが、回答率が悪く非常に不正確になっている。有権者に適切にアプローチし正確なデータを取るという点では、ビジネスの世界で提供しているCRMプラットフォームが目指しているものと一緒だろう。

選挙や政治の世界でも把握すべき情報の見える化を進め、うまくデータを活用することが必要だ。われわれが世論調査のビジネスに直接関わるというわけではないが、あらゆる分野でCRMが果たす役割は大きい。

世論調査のデータが正確になれば、極端にイデオロギー化している保守とリベラルも、もっと生産的な対話ができる。政府と有権者の分断を解決する一助にもなる。右でも左でもない中道派の出現が今のアメリカには必要だし、それが企業の経済活動にもいい影響をもたらしていくことだろう。

(二階堂 遼馬 : 東洋経済 記者)