新戦力の久保を重用しているアルグアシル監督(右)。(C)Mutsu FOTOGRAFIA

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 レアル・ソシエダの若手有望株の1人、アンデル・バレネチェアは、先発出場したある試合のハーフタイム中に、イマノル・アルグアシル監督から「後半もう15分だけやる。その間に何もしなければ即交代だ」と告げられたことがあるという。

 幸いにして「開始数分後、ルーレット(回転しながらボールを動かすフェイント)で相手をかわすことができた。そのプレーを境に物事が好転し、90分間フル出場することができた」と続ける。

 アルグアシルは選手たちの間で特別な存在だ。バレネチェアは飴と鞭を使い分けるその指導法を次のように説明する。

「練習中は愛想のひとつもふりまかない。でもピッチを離れると、毎日『元気か?』って声をかけてくれたり、とても親身になって接してくれる。選手にとってはとても有難いことだ。自分のことを大事にしてくれているということが伝わってくるからね。それがチーム全体の良好な雰囲気作りにも繋がってくる。試合に勝った後はあえて叱責して手綱を引き締めて、逆に負けた後は『俺たちは世界一だ』と盛り上げてくれる」
 
 アルグアシルが良いプレーができなくても叱責することはない。彼が最も嫌うのは、チャレンジしないことだ。そう、タケ・クボ(久保建英)が開幕以来、体現しているのは、まさにそのスピリットだ。その一方で、近しい関係者によると、アルグアシルもタケの能力の中でとりわけ粘り強さ、協調性、努力する姿勢といった点を評価しているという。

 今シーズンが開幕してからまだ2か月が経過していない中、タケが指揮官の構想で主力に位置付けられていることは、6日のヨーロッパリーグ(EL)のシェリフ戦の起用法からも見て取れた。これはタケが自らの頑張りで勝ち取ったステータスであり、これからも主役として活躍することが約束されていると言える。

 タケはうまく行かなくても、決して動揺しないし諦めない。「パスをよこせ」と要求し、成功するまで何度でも挑戦する。常に冷静さを保つことができるのは、自分の可能性を信じ、遅かれ早かれチャンスが訪れることを確信しているからだろう。

「インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ」というかのパブロ・ピカソがよく口にしていたという言葉と同じ要領だ。一瞬の閃きで、試合の均衡を破ることができる。
 
 指揮官は、グループ首位キープを目指してベストメンバーでこのアウェーのシェリフ戦に臨んだ。タケはアレクサンデル・セルロトと2トップを形成。ここ数試合と同様に左サイドでプレーしたが、 体格の大きい相手に引かれてスペースを埋められ、ピッチ上に自分の居場所を見つけるのに苦労した。

 しかも味方がロングパスを多用したことで、ボールをキープできても難しい状況であることがほとんどで、なかなか相手に脅威を与えるプレーを繰り出せなかった。しかし33分、右足でゴール前にクロスを供給。気持ちが先走ったブライス・メンデスが枠を捉えることができなかったが、痺れを切らしてこの日、初めて右サイドに顔を出したプレーで前半最大のチャンスを演出した。

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 さらにその数分後、前線にパスを繰り出すも相手GKにキャッチされると、全速力で自陣に戻り、ボールを持って攻め上がった相手の左SBにアプローチ。カウンター攻撃の芽を摘んだ。バイオリニストのようなプレーを見せたと思ったら、数秒後には一介の歩兵になってハードワークを見せる。こうした並外れた競争心が、アルグアシル監督がタケを評価する所以でもある。

 後半、ソシエダが実行しなければならないことは明確だった。流動的なポジションチェンジを織り交ぜつつ、ボールを保持して、強固に固められたシェリフの守備の綻びを作ることだった。

 53分の、タケも2度にわたってライン間に顔を出して関与した美しいパスワークがまさにその理想形で、最後はダビド・シルバがゴール左上に叩き込んだ。さらにその9分後にもソシエダはアリツ・エルストンドのゴールで加点。その後、アルグアシル監督は週末のビジャレアル戦を見据えて、次々に選手交代を行なった。

 最終的には、攻撃陣の中ではタケだけが90分間プレー。相手に削られても、闘争心を燃やしながら才能を披露し、唯一の“ガラクティコ(銀河系選手)”としてもしもの事態に備えて託された役割を全うした。

文●ミケル・レカルデ(ノティシアス・デ・ギプスコア)
翻訳●下村正幸