パナソニックグループは、AIの開発や運用、利活用において遵守する内容を定めた「パナソニックグループAI倫理原則」を策定した。

パナソニックグループのAI活用が目指す姿

「パナソニックグループは、お客様のウェルビーイングと、社会環境のサステナビリティの実現に向けた技術開発に注力している。これを実現するために必須となる共通基盤技術にAIを位置づけている。くらし、モビリティ、B2Bといった幅広い領域でAIを活用する上で、信頼されるAI活用を実践していくことは、基本的な事項であり、重要な事項である。AI倫理原則はそれを実現するものである」(パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの佐藤佳州課長)と語る。

パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの佐藤佳州課長

パナソニックグループは、2022年4月から、事業会社制と呼ぶ新たな組織体制をスタート。それぞれの事業会社がAIを活用する際の基本姿勢や、倫理的な観点からチェックするためのリストを、AI倫理委員会が策定して公開。グループ横断で適切なAI開発や利用が行えるようにした。

パナソニックグループでは、AIの活用を様々な領域で推進。くらし領域では、家電や介護支援事業などにおいて、AIを活用することでよりよりくらしを実現する一方、モビテリィ領域では自動配送ロボットや効率的なエネルギー活用を実現。B2B領域では、AIとセンシングの組み合わせにより、顔認証や現場最適化などによる新たな価値の創出につなげるという。

くらし、モビテリィ、B2Bの領域でAI活用を進めている

「パナソニックグループのAI倫理原則」は、目的や狙いを示す前文と、具体的に遵守する5つの項目で構成している。

前文では、パナソニックグループの経営理念をベースに、ウェルビーイングおよびサステナビリティの実現に向けてAIを活用することを宣言。「経営理念で示している『物と心が共に豊かな理想の社会』の実現と、お客様に寄り添い、幸せをもたらす企業であり続けるために、AI倫理原則を定めたことを前文では示した」という。

また、5つの項目は、「より良いくらしとより良い社会を実現すること」、「安全のための設計、開発、検証を行うこと」、「人権と公平性を尊重すること」、「透明性と説明責任を重視すること」、「お客様のプライバシーを保護すること」をしており、「AI技術は進歩が激しいため、これらの5つの項目は、AIの発展や社会の変化にあわせて改定していく」という。

パナソニックグループのAI倫理原則

パナソニックグループでは、2019年から社内にAI倫理委員会を設置し、アドバイザリー&ガバナンス検討WGを通じて、AI倫理に関する検討を進めてきた。2020年から2021年にかけては、経済産業省の「AI原則の実践の在り方に関する検討会」に参画するとともに、社内ではAIガバナンスの方針やシステム検討を行い、AI倫理原則の実装について取り組みを進めてきた。

「パナソニックグループは事業範囲が広いため、単にAI倫理原則を公表するだけでなく、それぞれの事業領域において、お客様や社会から信頼してもらえる活動につなげることができるかという点から、AI倫理に関する検討を進めてきた」という。

AI倫理原則の公表までの流れ

こうした取り組みをもとに、2022年4月からパナソニックグループの新体制がスタートしたのにあわせて、AI倫理委員会も再整備し、AI開発現場でのAI倫理リスクチェックの開始や、社員教員の実施体制を整えた。

パナソニックグループのAI倫理委員会は、パナソニックホールディングスのなかに設置し、すべての事業会社から1人以上のAI倫理の担当者を選出。法務部門や知財部門、情報セキュリティ部門、品質部門からも参加し、グループ横断および職能横断によって推進する体制を敷いている。

「AI倫理委員会では、AI倫理原則の策定とその運用、推進活動および対外公表のほか、AI倫理リスクマネジメントの推進や、そのためのAI倫理リスクチェックシステムの提供、AI倫理に関するパナソニックグループ内の従業員に対する教育を実施することが役割になる」とする。

AI倫理委員会の体制と役割

AI倫理委員会の取り組みのなかでも注目されるのが、「AI倫理リスクチェックシステム」である。同システムは、AI 開発現場が、効率的にAI倫理リスクをチェックできるシステムであり、これを活用することで、開発しているAIが、AI倫理原則に乖離したものになっていないか、原則に沿った形で開発が進められているかどうかを確認できるという。

パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの丸山友朗主任技師は、「パナソニックグループは、広い領域に事業展開しているため、中央集権的に管理すると、AIのイノベーションを妨げる恐れがある。AI開発の現場が、セルフでチェックを行うことで、各事業部門が主体的にAI倫理に取り組むことができる」と語る。

パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの丸山友朗主任技師

単に現場で判断や評価する制度や仕組みを作っても、そのままでは現場での負担が大きくなり、AI開発に支障をきたす懸念があった。そこで、AI倫理委員会では、すべてを現場に丸投げにせず、現場への支援を最大化するために、製品やサービスの特性にあわせて、必要十分なチェックリストを生成できるシステムを開発したのだ。

「網羅的なものにすると、必要がないものまでチェックすることになる。それを無くし、それぞれの現場に適したチェックを行えるようにした。多くの事業領域や開発プロセスにおいて、現場にあわせてカスタマイズしやすく、シンプルで、一般的なものにすることにこだわった。また、各チェック項目に対して、充実した解説や対応策に関する情報の提供や、ツールの提供などを行うことで、現場での理解を深め、現場が主体的にチェックしたり、改善を進められるようにした」という。

AI倫理リスクチェックシステムでは、製品名や事業規模、使用されるAI技術といったAI製品の情報を入力するとともに、セルフチェックに必要となる事前質問を入力。この事前質問がチェックリストの自動生成に反映される。たとえば、人に関する推論を行うAIを開発していることが事前質問でわかると、公平性や人権に関するリスクが高まるため、チェックリストの生成において、公平性に関する項目を増やすことになる。

パナソニックのAI倫理リスクチェックシステムの概要。2022年内に本格運用を開始する予定

チェック項目は、経済産業省の「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」をベースに、関連するガイドラインなどを参考に作成。人間中心の原則や、幸福の追求といった基本的に守るべき事項である「基本事項」、心身や経済的な安全性に関する事項である「安全性」、人種や性別など、特定のグループに対する不当な差別などを行わないようにする「公平性」、個人情報保護法の遵守などに関する「プライバシー」、AI特有の脆弱性のチェックや、関連社内規程や法規の遵守に関する事項である「セキュリティ」、事故や問合せが発生した場合の対応窓口の設置や開発時の記録の保管などの「透明性・説明責任」などがある。

具体的なチェック項目の内容

開発現場では、自動生成されたチェックリストをもとに、セルフチェックを行い、その結果を集約すると、AI倫理委員会が内容を分析し、活動に反映させるという。

「外観検査などにAIを活用する場合は、人に関する公平性は不要になるため、その部分のチェック項目はリストから外れる。また、セルフチェックでは見逃されてしまう可能性がある要素については、AI倫理委員会による直接レビューも行う。さらに、各チェック項目には、解説や対応方法などの参考情報、チェックをクリアするために必要な外部ツールへのリンクが付属しており、公平性計算ツールを活用したり、炎上事例データベースなどを閲覧できたりするようにした。これにより、現場でのチェックを支援し、学びをもとに解決につなげることができる。AIリテラシーが高い開発者の育成にもつなげることができる」(パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの丸山友朗主任技師)としている。

AI倫理リスクチェックシステムは、現在、試験運用を行っており、2022年10月以降、段階的に運用を開始し、2022年内に本格運用を開始する予定だ。

パナソニックグループは、2016年からAI人材の強化に取り組んでおり、現在、1,283人のAI人材が在籍しているという。今後も年間200人ずつ増加していく予定だ。また、AI開発部門では、以前は、検討段階や人材育成といった段階での取り組みが多かったが、いまではデータ収集やモデル開発、運用といった段階が増えているという。

パナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センターの佐藤佳州課長は、「AI倫理は、開発者だけでなく、AIを利活用する可能性がある全社員に必須の知識、リテラシーだと考えている。AI人材育成プログラムによるAI研修体系に、新たにAI倫理教育を新設し、2022年9月から、グループ全体で責任あるAI活用を実践していくことになる。AIの利活用にあたって必要なAI倫理の基礎知識を習得する『AI倫理基礎』は、非技術者も含めた国内外の全社員を対象に実施。開発現場向けには、AI倫理リスクチェックをファシリテートできるレベルの知識を習得する『AI倫理実践』を用意した。パナソニックグループではAI倫理を、AI活用における最も重要な事項と捉え、全社員で実践していく」と述べた。

AI人材育成プログラムによるAI研修体系に、新たにAI倫理教育を新設

AI倫理原則の策定だけでなく、AI倫理チェックリストシテスムの提供、AI人材育成プログラムの拡張によるAIリテラシーの全社員への拡大など、AI倫理の定着をパナソニックグループ全社の基本姿勢に位置づけている点が特徴的な取り組みだといえる。