何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

▶前回:不倫の代償として退職に追い込まれた37歳男。見た目は大人しそうだが、怖い女に手を出し…




Vol.12 海外赴任先での夫の裏切り

【今回のケース】
■登場人物
・夫=孝介(36)大手銀行勤務 年収1,600万円
・妻=佳乃(30)主婦
・メイド=アドラ(21)

海外赴任中に夫が不倫。妻との離婚を考えるが、海外での手続きの進め方が分からない。

「36歳のお誕生日おめでとう〜!!」

仕事から帰ってきた孝介を、佳乃とアドラが出迎えた。

「お、おお…。ビックリした…」

予想していなかった状況に、彼はやや面食らう。

今日は、インドに赴任して2度目の孝介の誕生日だ。

「ダンナさま。どうぞ」

アドラが手際よくカバンを受け取ると、席に着くように促す。

テーブルの上には、いくつもの料理が並んでいる。ビリヤニやサモサといった定番料理に加え、こんがり焼き色のついたタンドリーチキンや具材たっぷりのアミラー、生野菜の彩り映えるカチュンバルにフルーツを漬け込んだサングリアなども用意されている。

「ずいぶんと賑やかだね」

「アドラに教えてもらって2人で作ったの。まあ、買ったものもあるんだけど…」

佳乃とアドラが顔を見合わせて微笑む。

「よ〜し、残さず食べるぞ!ほら、佳乃もアドラも一緒に食べよう!」

「食べきれなかったら残してもいいんだよ。3人しかいないんだから」

佳乃の言葉に、孝介はうしろめたさを感じる。

「3人しかいない」と佳乃は言ったが、正確にはそうではない。

アドラのお腹のなかに、孝介の子どもがいることを、佳乃はまだ知らない…。


去年の35歳の孝介の誕生日は、まだインドに赴任したばかりでお祝いをするどころではなかった。

佳乃はホームシックにかかり、何かにつけ「日本に帰りたい」と漏らし、孝介までも気が滅入った。

彼女は、東京どころか、白金以外の場所に住んだこともないのだから仕方ないのだが…。

孝介はこのままでは自分さえもノイローゼになりそうだと思い、急いでメイドを探し、やって来たのがアドラだった。

アドラは以前にも日本人の家庭を受け持った経験があり、片言ではあるが日本語が話せた。佳乃のいい話し相手になってくれたのだ。

アドラが家にやって来て3ヶ月も経つと、佳乃もだいぶ精神的に落ち着きを取り戻した。

一方、孝介は、アドラに出会ったとき、ある女性を思い出していた。



孝介が、小学5年生のとき。1学期に転入生がやって来た。

パキスタン人の女の子で、名前をジーナといった。




孝介にとって初めて接する外国人であり、すぐには馴染むことができない。

「何だこれ…。なんか臭いんだけど」

ジーナの持ちものである、給食時に机の上に敷くナフキンから慣れないニオイが漂った。

単なるお香のニオイなのだが、小学生の男子にとっては、持ち主をからかう格好の材料となる。

「ほらみんな、嗅いでみろよ!」

孝介はナフキンを指でつまみ、周囲に見せつけるように振り回す。

ジーナは抵抗するでもなく、その様子を冷めた目で眺める。

張り合いのなさに、孝介はひとつ舌打ちして、投げ捨てるようにして返した。

しばらくして夏休みに入った。

孝介は塾の夏期講習に通っていたのだが、ある日、帰りが地元の花火大会の開始時刻に重なった。

多くの人が出歩き、賑わうなか、陽の落ちかけた帰り道を歩いていると、見知った顔に出くわす。

ジーナだった。

彼女は弟と思われる幼い男の子を連れていた。

孝介は、ジーナに声をかけようかどうか迷っていたところで、ドーンと大きな花火の音が鳴った。




花火の光が、ジーナの顔を照らす。

孝介は、ハッと息をのむ。ジーナの美しい横顔に、思わず見惚れてしまった。

時間が止まったような感覚に襲われる。

しばらく孝介は彼女の横顔を見つめていたが、ふと我に返り、気づかれてはまずいと踵を返して急いでその場を去った。

その感覚が、孝介にとっての初恋であると理解するのは、もうしばらく先のことになる…。

夏休みが明けて2学期に入ると、ジーナは家庭の事情で転校してしまう。

以来、会ってはいない。

孝介は、自分のしたひどい仕打ちへの後悔と、花火大会の日に抱いた淡い恋心を、ずっと心の奥に留めることになる。




アドラが家にやって来て半年ほどたったころ。

佳乃がドライバーを伴って買い物に行っていたので、部屋には、アドラと、孝介の2人が残された。

孝介がノートパソコンで動画をザッピングしていたとき、アドラが声をかけてきた。

「私、そのアニメ好きです」

パソコンの画面には、『ONE PIECE』の登場人物たちが映っていた。

「へえ、詳しいんだね」

アドラがパソコンに近づいて画面をのぞく。

― やっぱりジーナに似ている…。

彫りが深く、くっきりとした二重の大きな瞳のあいだにスッと通る鼻筋は、花火大会の日に見たジーナの横顔を思い出させる。

「いつか日本に行ってみたいです」

アドラがそう呟くと、孝介は無意識のうちに肩に手を伸ばしていた。彼女の体が強張ったのがわかる。

孝介は、葛藤した。

にわかに湧き上がった衝動に従うのか、手を引くのか…。

だが、結局孝介の積年の思いが迷いを押しのける。彼は、そのままアドラを自分のもとに抱き寄せたのだった。




36歳の誕生日を終えて1ヶ月後。

孝介は意を決し、佳乃と2人きりになるのを見計らい話を切り出す。

「アドラのお腹には、俺の子どもがいる」

最近、アドラから明らかに動揺が見て取れるようになっていた。

佳乃に隠し事をしていることに、耐えられなくなっているのが伝わり、関係を打ち明ける決意をしたのだ。

「え、ええ?何言ってるの。冗談やめてよ」

佳乃は呆気にとられ、最初のうちは真面目に取り合おうともしなかったが、孝介の終始かしこまった態度から、事実なのだと察する。

「俺たち、離婚したほうがいいと思う」

孝介は、それが最良の選択だと思った。

これで佳乃も心置きなく日本に帰れるので、むしろすんなり受け入れられるのではないかとさえ思っていた。

不安に怯えるアドラにもそう言い聞かせ、問題なく別れられるはずだとなだめていた。

しかしそれは、孝介のなかに芽生えた罪悪感を少しでも軽減させるための、ただの思い込みだったことに気づかされる。

「イヤよ。絶対に離婚なんてしない」

佳乃が、敵意のこもった目を孝介に向ける。

「私は絶対に日本になんて帰らないから!」

佳乃は半狂乱になり、孝介を罵倒する。まるでホームシックにかかっていたころのように取り乱しては、離婚など到底納得できないと喚き散らした。




孝介は、これ以上話を進めるのは困難だと判断し、後日また話し合おうと佳乃に提案した。

そして、書斎に移りスマホを開いた。

すると、Facebookにメッセージが届いているという通知が画面に映し出される。

開いてみると、友人からだった。

地元が同じ小学校からの男友達で、もう何年も会っていないものの、時折こうしてメッセージのやり取りをしている。

その内容を見て、孝介は驚く。

『5年生のときに同じクラスだったジーナって覚えてるか?』

まさかのタイミングだった。

『この前、パキスタン料理屋に行ったんだよ。そうしたら、そこが偶然ジーナの店だったんだ。日本に帰ってきたら一緒に行こう!』

そして、1枚の写真が添えられていた。

懐かしい顔の友人の隣に、外国人の女性が写っている。

おそらく、それがジーナであろう。

ただ、写真のなかのジーナは、アドラとは似ても似つかない顔立ちをしていた。

孝介は、なんとも言えないやるせなさに苛まれるが、すぐに頭から振り払う。

― もう、後戻りはできない。



孝介は、アドラと一緒になることを望み、佳乃とは離婚の話を進めたいと考えた。

ただ、佳乃は離婚を強く拒否する。

通常であれば調停離婚となるのだろうが、彼らの住所はすでに日本にはない。海外で離婚の話を進めるにはどうしたらいいのか。また、離婚が決まった際にどこに届け出ればいいのか。

孝介は詳しい話を聞くため、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとに連絡を入れた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
両者の国籍が日本であれば、日本の法律が適用される


国際離婚において、どこの国の法律を適用するのかを「準拠法」といいます。

今回のケースでは、夫婦双方とも海外在住であるものの、両者の国籍が日本であれば、日本の法律が適用されます。

話し合いによって離婚が成立しない場合、日本の法律では、家庭裁判所に調停を申し立てて離婚をすることになります。これを調停離婚といいます。

調停は、原則として相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てをすることになります。

しかし、今回のケースは、夫婦ともに海外在住であり、日本に住所がありません。この場合は、最後の住所地を管轄する東京家庭裁判所に調停を申し立てることになります。

この夫婦が以前住んでいたのは港区白金であることから、その地域を管轄する家庭裁判所となるでしょう。

調停によって離婚が成立せず、裁判になった場合も同様。適用されるのは日本の法律です。

夫または妻、訴訟を起こされたほうの最後の住所地を管轄する裁判所で争うことになります。


離婚届は本籍のある役所に郵送、もしくは大使館での取次がある場合も


海外にいながら日本で裁判をするのは、非常に手間がかかり困難です。よって、夫婦で話し合いにより離婚を成立させるのが理想です。

しかし、それがかなわなかった場合、夫婦それぞれが日本の弁護士を雇い、日本の裁判所で弁護を通じて調停・訴訟などを進めていくのが適切な方法となります。

離婚が成立した場合は、離婚届をダウンロードして印刷し、記入したうえで、夫妻の本籍のある役所に郵送することになります。

もしくは、居住している国にある日本大使館での取次が可能な場合もあります。


相手が外国人の場合、慰謝料請求ができないことも


今回のケースでもそうですが、妻側が、夫の不倫相手に慰謝料を請求する場合も考えられます。

夫の不倫相手が外国人女性であるなら、その外国人の居住する国の法律に則って請求することになります。

請求額についても、その国の相場に基づいたものになります。

ただし、国によって、不貞に対する考え方や捉え方が違います。なかには、不倫に対する慰謝料請求が認められにくい地域もあります。

配偶者以外の異性と性交渉をしたとしても、その時点で既に夫婦関係が破綻していたものと判断されるためです。

ですから、慰謝料を請求するのであれば、不倫相手である女性の居住する国の法律に詳しい弁護士に依頼する必要があるといえます。

Fin.


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


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