慢性的な睡眠不足を解消するにはどうすればいいか。順天堂大学医学部の小林弘幸教授と睡眠改善コーチの三輪田理恵さんの共著『なぜ、あの人はよく眠れるのか』(主婦と生活社)より「睡眠負債の解消法」をお届けしよう――。(第2回)
写真=iStock.com/Kate Aedon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kate Aedon

■「寝る前にスマホを使ったほうが眠れる」は勘違い

【小林弘幸(順天堂大学教授)】「寝る前にスマホを使ったほうが眠れる」「夜、お酒を飲んだほうが眠れる」など、本来であれば睡眠の質を下げてしまうはずの行動をしていても、「私の場合は○○しないと眠れない」という思い込みで行動を変えられない人がいます。

これは、行動が習慣化することによって、誤った認識を植えつけてしまっているため。こうなってしまうと、意図的に行動を変えて、習慣を絶ち切るしかありません。私たちの脳は、過去の「記憶」に基づいて行動する特性があります。たとえば、「眠れないとき」に、「スマホゲームをしたら眠れた」という出来事があったとします。

本来であれば、寝るときにスマホのブルーライトを浴びると睡眠の質は下がってしまいますが、たまたま眠れないときに、スマホゲームをしてそのまま眠った経験があると、脳は「スマホゲームをしたら眠れた」というひとつの記憶をつくります。そして、この記憶に基づき、また眠れないときにスマホゲームをしてウトウトして眠ると、さらに「スマホゲームをしたら眠れた」という記憶が強化されます。

これをしばらく続けると、脳が「スマホゲームをしたら眠れた」の記憶から「スマホゲームがないと眠れない」と情報を書き換えて認識することになります。最初は、「眠れない」だから「スマホゲームをする」という【思考→行動】の順だったところから「スマホゲームをする」だから「眠れる」という【行動→思考】の順に変わってしまうのです。

このように、行動が習慣化すると、誤った認識をつくってしまうことがあるので、注意が必要です。誤った認識による習慣を絶ち切るためにまずできることは、正しい知識を身につけること。そして、意図的に行動することが必要です。

【三輪田理恵(睡眠改善コーチ)】もし眠れない日に「スマホゲームをする」などの好ましくない行動をしたら、「今日は眠れないからスマホゲームをしたけど、明日からは眠れるから必要ない」と考えるようにしましょう。眠れない日の習慣を、翌日まで持ち越さないことがポイントです。これを繰り返すことで【行動→思考】の好ましくないサイクルも、断ち切ることができるようになります。

■仮眠を取り入れることで「ランチ後の眠気」は乗り切れる

【小林】ランチの後に眠気に襲われること、よくありますよね。たしかに、がっつり食事をとると血糖値が上がり、食後にそれが下がる反動で、眠気やだるさが出ることがあります。しかし、食事をした・しないにかかわらず、起きてから8時間後は、人間の体内時計のリズムからも、脳が疲れて頭が働かなくなる時間。6時に起きた人なら14時ごろ、7時に起きた人なら15時ごろです。つまり、お昼のあとの眠気は、自然なものでもあるわけです。

このように「午後の眠気」はしかたがないものではありますが、上手に仮眠を取り入れることである程度は対処でき、また午後のパフォーマンスを上げることができます。まず、睡眠時のノンレム睡眠の「眠りの深さ」には4段階あります(図表1)。

出所=『なぜ、あの人はよく眠れるのか』

昼寝でとりたい眠りの深さは、そのうちの2段階目まで。時間にしておよそ30分程度仮眠をとれば、2段階目くらいで目を覚ますことになります。それ以上寝てしまうと、目覚めが悪くなったり夜の睡眠に影響を与えたりしてしまうので、注意が必要です。

■眠ったという自覚がなくても疲労回復効果は十分にある

【三輪田】たとえ時間があったとしても、アラームをかけるなどして仮眠は30分以内におさめるようにしましょう。

若い人の場合はすぐに深い睡眠に入れるため、10分〜15分など、さらに短めでOKです。また、仮眠をとる時間が確保できないという場合は、数分間目を閉じるだけでもかまいません。睡眠は、脳の疲労回復をおこなうためのもの。人間は目から入ってくる情報が膨大なので、目が疲れてくると脳が疲れていると錯覚してしまいます。目を閉じて視界に入る情報を減らせば、たとえ眠ったという自覚がなくても疲労回復効果は十分にあります。

なお、仮眠をとるときは本格的に横にならなくても、机にうつぶせになる、イスに寄りかかるなど、首が固定できるラクな体勢がとれれば大丈夫です。できる範囲で計画的に仮眠を取り入れることで、睡眠負債を解消し、日中のパフォーマンスを上げることができます。

■平日に睡眠時間が確保できない人はどうすればいいか

【小林】忙しすぎて平日は慢性的な睡眠不足、休日は昼まで寝ている……という人は要注意。体内時計のリズムを崩してしまい、睡眠の質が下がってしまいます。図表2をご覧ください。

出所=『なぜ、あの人はよく眠れるのか』

休日にいつも通り目を覚ました場合と朝寝坊をした場合の、翌週の眠気度や疲労度を比較したものですが、休日に朝寝坊をすると、体内時計のリズムが崩れ、翌週まで眠気や疲労感を持ち越してしまうことがわかります。ブルーマンデーという言葉がありますが、月曜日に体調不良で仕事を休む人が多いのは、休日にリズムを崩しやすいことも原因のひとつとして考えられます。

では、そもそも平日に睡眠時間が確保できない人はどうやって睡眠負債を解消していけばよいのでしょうか?

体内時計を動かすのは、「光」と「食事」だということが知られています。これをうまく活用した上手な二度寝、そして仮眠を取り入れることで、体内時計のリズムを崩さずに睡眠負債を解消することができます。

【三輪田】まず、上手な二度寝のやり方ですが、休日の朝もできれば平日と同じ時間に、難しい場合でも1〜2時間以内の差で起きます。そして太陽の光を浴びてコップ1杯の水を飲み、可能であれば朝ごはんを食べて少しゆっくりします。そしてそのあと、二度寝をするのです。

仮眠をとるなら、午前中に1〜2時間程度(ノンレム睡眠とレム睡眠の1サイクル分)とり、それでもまだ眠いようなら、15時までの時間に30分以内の仮眠をとります。このように、効果的な二度寝・仮眠ができれば、体内時計のリズムを崩さずに睡眠負債を解消することができます。

■分単位でも睡眠時間を延ばすことが重要

【小林】睡眠時間を確保することは大事だとわかっていても、6時間の睡眠を7時間にするために、夜は1時間早く寝るというのは、忙しい現代人にとって至難のワザです。

そんなときは、“分単位”で睡眠時間を延ばすことを試してみてください。その程度で睡眠不足が解消できるわけがないと思うかもしれませんが、睡眠負債はジワジワ溜まっていきます。たとえ数分であっても1日の睡眠時間をコンスタントに増やしていけば、1週間、1カ月単位では睡眠時間の絶対量を増やせることになり、今よりもよいパフォーマンスを出せるようになります。

私たちの脳は、寝床に入ってからおよそ10分程度で眠りに入るようになっています。目を閉じてからウトウトとまどろむ時間があり、意識が徐々に薄れていって、眠りに入ります。ところが、睡眠負債がたまっていると、目を閉じて横になった途端に眠ってしまうことがあります。

「寝つきがよくていいじゃないか」と思うかもしれませんが、そうではありません。これは眠いのに無理やり起きているため、刺激が途切れた途端にふっと眠ってしまっている状態。こういうときは、日中のパフォーマンスは低下していることが多いのです。

■大切なのは起床時間を揃えること

【三輪田】布団に入って数分でスグに寝つけるにもかかわらず、疲れが取れない、日中眠くなるという人は、睡眠負債が溜まっている証拠。忙しくてなかなか睡眠時間が確保できないという場合でも、分単位で睡眠時間を増やしてトータルの睡眠時間を延ばすことで、改善される可能性があります。

小林弘幸、三輪田理恵『なぜ、あの人はよく眠れるのか』(主婦と生活社)

仮に、1日10分睡眠時間を延ばせば、1カ月でトータル5時間、1日15分睡眠時間を延ばせば、1カ月でトータル7.5時間、睡眠時間を増やせることになります。チリも積もれば……ということで、寝つきはいいし、生活リズムもつくれている、それでも日中に眠気がでるという人は、ぜひトータル睡眠時間を延ばす工夫をしてみてください。毎日の就寝時間を揃える必要はありません。

大切なのはむしろ、起床時間を揃えること。少しでも早く眠れる日は10分、15分でもよいので早く就寝し、累積睡眠時間を延ばせるようにしましょう。日々の積み重ねが、睡眠負債の解消につながります。

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小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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三輪田 理恵(みわた・りえ)
睡眠改善コーチ・メンタルトレーナー
日本睡眠学会正会員、上級睡眠健康指導士。全米NLP協会公認NLPトレーナー/NLPプロフェッショナルコーチ。同志社大学卒業後、大手証券会社、大手広告会社を経て、ITベンチャーヘ入社。400万人の会員が利用する健康管理メディアの企画・運営・制作・営業に携わる。幸せに生きるための方法を提供したいと強く思い、講師・コーチ・ライターとして独立。2016年より企業・学校・行政などで睡眠やメンタル講座、個別コンサルティングをおこない、1万人以上を快眠にいざなう。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸、睡眠改善コーチ・メンタルトレーナー 三輪田 理恵)