6月21日、日本記者クラブで開かれた党首討論(写真:Getty Images)

日本を急激な人口減少が襲っている。2021年の人口の自然増減数は62万人のマイナスと、鳥取県の人口54万人を上回る規模だった。

最大の要因は少子化だ。今年6月に公表された2021年の出生数は81万人と、過去最少を記録した。7月4日発売の『週刊東洋経済』では「人口減サバイバル」を特集。人口減少社会と共存し、それをプラスに転化していく方法はあるのか。

「昔は戦争のために国は『産めよ殖やせよ』と言った。今は経済成長や高齢者の社会保障を支えるために同じことを言っている感じがして気持ちが悪い」(20代女性)


少子化対策は難しい。先進的な子育て支援で先行した欧州だが、一部では再び合計特殊出生率が低下する傾向が見られる。子どもを持つことは究極の個人の選択だ。そこに国家はどこまで関与できるのか、あるいはすべきなのか。

確実にいえるのは、少子化と人口減少は、私たちの社会の制度や慣習が抱える問題の映し鏡ではないかということだ。人が生きにくい社会なら人は増えない。であれば、そうした制度や慣習を現代の生活に合った形に変えていくことを優先政策とすればよいのではないか。

それは決して、人口対策ありきの「産めよ殖やせよ」ではない。人が生きやすい社会に近づけば、自然と人は増えるだろう。

「転勤」「長時間労働」で子育てはできない

日本社会には出生率を抑制している古い社会構造がたくさん残っている。


「メンバーシップ型」と呼ばれる日本独特の雇用慣行では、社員の職務が限定されず、転勤や長時間労働を強いられる。若い世代では共働きが当たり前となった今、これでは子育てができない。夫婦共に正社員でバリバリ働く「パワーカップル」ならなおさらだ。

一方、日本の企業社会ではメンバーシップから漏れた労働者は、低賃金の非正規雇用者となるのが一般的だ。これは低所得カップルが経済的な理由から子どもを持ちにくいといった問題を生んでいる。

第2次安倍晋三政権以降、「女性の活躍」や「働き方改革」が叫ばれ、日本型雇用慣行にメスを入れる取り組みは進んだ。

だが、経済成長のため男性並みの長時間労働を女性にさせるのが「女性の活躍」というのなら本末転倒だろう。むしろ生産性を多少落としてでも男女が平等に子育てしながら働く文化が必要だ。また、育児休暇などがキャリア上のマイナスになる評価制度であってはならない。企業収益だけに目線が行きがちな経営陣に対し、労働組合のチェック機能は欠かせない。

古い制度や慣習は企業社会だけではない。高齢世代の持つ規範や価値観が現代の若者に合っていない部分も大きい。今年6月に発表された「2022年版男女共同参画白書」が強調したのは「もはや昭和ではない」だった。

古い世代にとって、子どもを持つことは社会のためであり、子どもがいて一人前という感覚がある。対して若い世代では、もっと自由に、家族や子どもを持つこと自体の満足を重視する。「夫婦別姓に反対」といった保守派政治家の主張は若い世代に届きにくいだろう。


(イラスト:郄柳浩太郎)

一方、若い世代でも、共働きなのに子育てに関わらない男性がいまだ多かったり、男性並みの所得がある女性ですら昔のように男性に自分以上の所得を求める傾向があったりする。社会全体が古い規範から新しい規範への過渡期にあるということだろう。

20〜30代の2割が同棲婚にポジティブ

そうした中で、今後の出生率に大きく関係しそうなのが、同棲婚(事実婚)に対する若者の意識の変化だ。下図のように若い世代ほど法律婚にこだわらず、同棲婚を肯定する割合が高い。


北欧など欧州で出生率が改善した大きな要因は、まさに同棲婚の婚外子が増えたことだった。生まれてくる子どもの半数以上が婚外子という国も少なくない。欧米では、同棲婚はごく一般的なカップルの形態であり、それを経て法律婚に至るケースも多い。


スウェーデンのサムボ法(1988年施行)では、結婚せずに別れた場合でも住居や家財を平等に分けることを定め、婚外子に対しても差別なく法律婚の子どもと同等の権利を保障している。フランスのPACS(連帯市民協約、1999年制定)も同様だ。欧米では同棲婚カップルの生活を保障するこうした制度が確立されている。

注目すべきは、こうした国々では同棲婚の増加により、初婚年齢が低下していることだ。

日本では法律婚カップルの子どもの数自体は最近若干減少傾向にあるものの、平均2人弱を維持している。少子化の要因としては未婚率の上昇や晩婚化が指摘されているが、日本でも法律婚の準備期間としての同棲婚が広がれば、家族形成が活性化する可能性がある。

もちろん、すぐに日本社会全体が同棲婚を推奨するほどのムードになるかは微妙だが、若い世代の意識が確実に変化しているのは事実だ。欧米のように柔軟な家族形成を保障する制度作りを進める時期が来ているのではないか。

人口減少を「味方」につける経済システム

人口減少を味方につける経済システムをつくるという視点も大事だ。


人口動態には慣性の力が働く。仮に今後、出生率が多少改善しても若年女性数が大幅に減っているため、出生数は減少を続けてしまう。また、もし出生率が人口を維持するのに必要な2.07以上に急回復しても、ここで生まれた世代が子どもを産み始めるまでの数十年間の人口減少は避けられない。

つまり、人口減少とは長期間付き合わざるをえない。であれば、それをプラスに転化する経済システムや社会保障制度に変えていくことが必要だ。

ここで強調したいのは、人口が減るから公共サービスや道路・橋などインフラの維持を減らせといったネガティブな話ではない。人口減少は放っておけば、従来のように国内市場の縮小などの縮み思考につながり、需要不足気味の「デフレ経済」を長期化させる。

しかし、人口減少は労働力の減少や希少化を意味することも忘れてはならない。これは、やりようによっては欧米のように賃金と物価が一緒に上がる社会へシフトさせる好機になりうる。

例えば、政府が進める勤労者皆保険。短時間労働者への厚生年金適用拡大を進め、現在ではフリーランスやギグワーカーへもその網を広げようという議論が始まっている。

これは、企業にとって社会保険料負担が発生することを意味し、多くの経営者はネガティブに捉えている。しかし、このコストアップは希少な労働力に必要とされる付加価値という側面もある。最低賃金の引き上げや人材への投資・教育も同様の意味を持つ。

健康寿命の延びに応じた高齢期の就業や、子育て期を含めたフレキシブルな働き方に対して処遇改善を行うことも同じだ。

企業がこうしたコストアップを製品・サービスへ価格転嫁し、社会がこれを積極的に受け入れていけば、個人の所得環境は好転し、社会保障の充実により生活や将来への不安も軽減される。結果、需要主導型の経済活性化が期待でき、人口減少期の経済成長を底上げする重要な方策になる。

財源論を展開してこそ、責任のある政治だ

もちろん、きれい事ばかりではない。社会を変えるためには財源も必要になる。先進国の中で劣後する日本の子育て支援を増やすためには、税や社会保険料などの財源論を同時に進め、マイナンバー制度やデジタルの活用により、課税や給付の仕組みを効率化することが重要だ。


目下の参院選でそうした財源論を展開する政党は僅少だが、それを行ってこそ、責任ある政治といえるのではないか。


(野村 明弘 : 東洋経済 解説部コラムニスト)