PCやスマートフォンの多くは、アプリなどをメモリ上に展開し、そこで処理したデータをさまざまな形式のファイルに変換してストレージに保存しています。しかし、データをそのまま保存するとすぐに容量が足りなくなるので、例えば画像データならJPEGなどのフォーマットで圧縮されます。人の脳も同様に、作業中の情報を一時的に保存する作業領域であるワーキングメモリの記憶を、要約された圧縮データとして保存していることが分かりました。

Unveiling the abstract format of mnemonic representations - PubMed

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35395195/

Human Brain Compresses Working Memories into Low-Res ‘Summaries’ - NIH Director's Blog

https://directorsblog.nih.gov/2022/04/12/human-brain-compresses-working-memories-into-low-res-summaries/

Scientists Unveil How Our Memories Are Stored: The Format of Working Memory

https://scitechdaily.com/scientists-unveil-how-our-memories-are-stored-the-format-of-working-memory/

ワーキングメモリは、人間が日々行っている高度な認知プロセスには欠かせない重要なものですが、その情報がどのように記憶へと変換されているのかについてはほとんど分かっていません。そこで、ニューヨーク大学のユナ・クワック教授とクレイトン・カーティス教授は、画像や映像を見ている被験者の脳をスキャンして、視覚的なワーキングメモリを使用中の脳の活動を調べる研究を行いました。

以下は、実験の様子をイラスト化したものです。この実験で被験者らは、さまざまな角度で傾いた線の画像を12秒間見て記憶し、休憩をはさんでから「どの方向に向かって傾いていたか」をなるべく正確に思い出すよう求められました。



同様に、傾いた線ではなく特定の方向に動く点の集まりの映像を用いた実験も行われました。線の画像と動く点の映像が使われたのは、異なる種類の視覚情報である一方で、特定の方向を示すという点では共通しているからです。

クワック教授らが、実験中の被験者の脳を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)でスキャンしたところ、傾いた線の実験でも動く点の実験でも、同じパターンの神経活動が視覚野と頭頂葉で発生することが分かりました。視覚野は文字通り視覚情報を処理する脳の領域で、頭頂葉は記憶の処理と保存に使われる領域です。

研究者らは次に、「同じ意味を持つ異なる視覚記憶が、共通の領域で同じように処理されている」という結果に注目し、立体的な脳の活動データを平面へと投影する手法を使って分析を行いました。すると、ちょうど黒板を使った板書のようなパターンが浮かび上がってきました。クワック教授らによると、これは被験者が線の太さや点の個数といった膨大な情報を含む視覚情報を、「どの方向を示していたか」という簡素な情報に圧縮して保存していたことを意味しているとのこと。



先行する別の研究でも、「123」といった数字や文字を目で見た時の視覚情報が「イチ、ニ、サン」というような発音に変換した上で記憶されることが分かっていましたが、今回の研究によりワーキングメモリの情報が記憶へと変換される具体的なプロセスが判明しました。

この結果について、カーティス教授は「私たちの視覚的な記憶は柔軟であり、私たちが見たものは『それが何を意味しているか』を私たちが解釈した情報へと抽象化されるということが分かりました」と述べました。