0歳から子供を保育所に預けることに問題はあるのか。小児科医の森戸やすみさんは「3歳までは母親が育てるべきという“三歳児神話”はすでに否定されている。保育所に預けることは、親にも子供にもメリットがある」という――。
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■親世代が育った頃と比べて、共働き世帯が急増している

いよいよ新年度が始まりましたね。私のクリニックをかかりつけにされている方のなかにも、4月から保育所に通い始めるお子さんがたくさんいて、保護者のみなさんがいろいろと気にしていらっしゃるのがわかります。

今、幼い子供を持つ親世代が育った時代には、共働き世帯と専業主婦世帯が同じくらいありました。ですから、保育所になじみのない保護者も多いのです。ところが、その後、共働き世帯と専業主婦世帯の数はどんどん差が開き、現在では共働き世帯が1200万世帯以上で専業主婦世帯の倍以上あります。共働き世帯の場合は、子供を祖父母に預かってもらうとか、ベビーシッターに頼むという方法もありますが、ほとんどの世帯が保育所やこども園、幼稚園の預かり保育を利用しているでしょう。

西ヨーロッパの国々ではもっと以前から母親の就業率が高かったですね。少子化を克服したと言われるフランスは、保育制度が充実していることで知られています。つまり、もう女性は子供ができたら必ず家庭に入り子育てに専念するという時代ではなく、個々の家庭の事情に応じて選択する時代なのです。日本では若い人の給与が上がらないどころか下がっていて物価や税金だけが上がっていますから、いずれにしても共働きをせざるを得ないという場合もあります。

「令和2年版厚生労働白書―令和時代の社会保障と働き方を考える―」より

■保育所が不足しているから「0歳から保活」が必要になる

それなのに、日本ではいまだ保育所が不足しています。保育所は新たに作られているものの、25〜44歳の女性の就業率は77.7%、1・2歳児の保育所の利用率も48.1%と増加しているため足りなくなっているのです(厚生労働省子ども家庭局保育課「保育を取り巻く状況について」)。だから保育所に入れるように活動するという意味の「保活」という言葉があるほど、保育所不足は関心の高い問題となっています。

保育所が不足しているからこそ、子供が少し大きくなってからだと保育所に入園しづらかったり、より保育料が安く基準が守られている認可保育所に入るためには、無認可保育所に入れておいて「待機点」をつけたほうが有利だったりするといった事情もあり、0歳から保活をすることになる保護者も多いのが現実です。

■育休を延長する権利があっても、使えるとは限らない現状

保育所に入れなかった場合に育休を延長しようにも、会社によってはクビになりかねません。そうまでいかなくても上司や同僚に嫌な顔をされたり、閑職に追いやられたりすることもあるでしょうし、簡単には延長しづらいという問題もあります。もはや、終身雇用という時代でもないからです。法的には育休を延長する権利があるとしても、必ずしも育休をたっぷり取れるということはないでしょう。そして男性の育児休業率は低いままです。制度としてあるだけではなく、ぜひ男女ともに育休を取りやすい労働環境になることを願います。

また経済的に厳しく、育児休業給付金だけでは生活できないということもあるでしょう。育児休業給付金、いわゆる育休手当は「休業開始時賃金日額×支給日数×67%(ただし、育児休業の開始から6カ月経過後は50%)」で算出されます。しかも雇用保険から支払われるので、フリーランスや自営業だと育休手当はもらえません。

■「ワンオペ育児」がメンタルヘルスによくないのは当然

以上のように経済的に働かざるを得ないとか、両親ともに働きたいとか、どちらも働いたほうがリスクヘッジになるという以外に、「産後うつ」の問題もあります。産後うつに限らず、両親が病気になってしまった場合は、市区町村を通じて保育所で子供を預かってくれますが、そもそも産後うつにならないほうがいいでしょう。

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産後すぐの母親が「産後うつ」になるのはホルモンの急激な変化や過労のためで、およそ10人に1人の割合で起こります。また国立成育医療研究センターの調査によると、妊娠中から産後すぐの日本人女性は2015〜2016年の2年間で102人も自殺しているということがわかっています(国立成育医療研究センター「人口動態統計(死亡・出生・死産)から見る妊娠中・産後の死亡の現状」)。

この背景には、核家族で母親だけが子育てや家事を担うことが多いという現実があります。子供が小さいほど、親は寝たい時に眠れない、子供を一人にしておけないものですね。ワンオペ――つまり母親が一人で育児をせざるを得ず、睡眠時間を十分とれなかったり、一人の時間がなかったりということが、メンタルヘルスによくないことは容易に想像がつくでしょう。

■産後うつ、育児ノイローゼの防止に保育所は役立つ

父親側も育児をしたいと思うでしょうが、何しろ日本では長時間労働が当たり前で、パートタイムではない常用労働者の平均労働時間は世界一です(内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和2年版」)。法律では週に40時間以上働かせてはいけないということになっていますが、時間外労働をする男性の割合がとても多いのです。それに呼応して女性の家事労働時間は世界的に見ても長く、男女ともに日本人の睡眠時間は世界で最短。

つまり男性は外で長時間働き、女性は育児と家事を長時間担うことが多いわけです。だからこそ産後うつのリスクが高くなります。こういったワンオペによる産後うつ、育児ノイローゼなどのリスク回避にも、保育所やこども園などが役に立つのです。

内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和2年版」より

■「0歳児を預けるなんて大丈夫なの?」「愛情不足にならないの?」

このようにさまざまな事情や背景があって子供を預けて働くのにもかかわらず、「こんな小さな0歳児を預けるなんて大丈夫なの?」「愛情不足にならないの?」などと、祖父母や周囲の人から否定的なことを言われたりすると、保護者のみなさんはとても嫌な気持ちになったり、本当に預けていいのかと不安を感じたり、子供に悪いのではないかと罪悪感を持ったりしてしまいがちです。

今は周囲だけでなく、SNSなどを通じて「0歳で保育所に預けるなんて親失格」「子供は3歳まで家で育てるべき」などといった極端な批判を目にしてしまうこともあります。でも、それぞれにさまざまな事情や背景があるのですから、子供をどう育てるべきかについては、手伝いもできず事情も知らない他人が、口を挟む余地はないでしょう。

両親と過ごす時間が少ないと、子供の情緒や対人関係に支障をきたす「愛着障害」になるという考えは、さまざまな研究によって否定されています。一例を挙げると、アメリカの国立小児保健・人間発達研究所が1300人を対象に5年間追跡調査をした結果や、お茶の水女子大学の菅原ますみ教授が日本の269組の母子を12年間追跡調査した結果でも、3歳未満のうちに母親が働いた場合、子供の問題行動や、母子関係の良好さ、子供への愛情への悪影響は認められなかったというものがあります。子供にとって保護者と保育所の先生とははっきり違います。保育所に行っている以外の時間に、スキンシップをとったり遊んだりすることで愛着は育つのです。

■「3歳まで母親が子育てをするべき」は否定されている

さらに「少なくとも子供は3歳まで家で育てるべき」という説も、すでに否定されています。「母親は子供が3歳になるまで子育てに専念しないと、成長に悪影響を及ぼす」という考えを「三歳児神話」と呼びますが、厚生労働省が1998年の「厚生白書」で、三歳児神話には「少なくとも合理的な根拠は認められない」と言及しました。この「厚生白書」には、以下のようにも書かれています。

「母親が育児に専念することは歴史的に見て普遍的なものでもないし、たいていの育児は父親(男性)によっても遂行可能である。また、母親と子供の過度の密着はむしろ弊害を生んでいる、との指摘も強い。欧米の研究でも、母子関係のみの強調は見直され、父親やその他の育児者などの役割にも目が向けられている」

そもそも、イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィがWHOに提出したものがもとになり、日本だけでなくヨーロッパやアメリカでも「三歳児神話」が一時的に信じられていました。ところが、ボウルビィの報告書は「3歳未満の発達初期に戦争などで悲惨な体験をすると精神的な傷害を受け、生涯その傷を癒せず、後々まで社会的不適応行動を形成することがある」という研究によるものでした。ボウルビィは母親が働くことを否定したわけではありませんし、家庭での育児か社会での保育かを論じたわけでもないのです。

■保育のプロが子供を一緒に見てくれる、集団生活を経験できる

では、保護者が仕事に専念できる以外に、保育所に通う親子にとって具体的な利点はなんでしょうか。まず、保育のプロが一緒に子供を見てくれるというのは、とても心強いことではないでしょうか。しかも月齢、年齢に応じた食事を出してくれますし、トイレに行くことも促してくれるのでトイレトレーニングなども大いに助けてもらえます。

写真=iStock.com/maroke
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また、たくさんの同じ月齢の子供たち、保護者の方たちと知り合うことで、育児情報に詳しくなったり、周囲と助け合ったりすることができます。育児で悩みがあるときも、子供本人を知っている先生や周囲の人になら相談しやすいでしょう。

それから子供自身は、集団生活に必要な挨拶や順番を待つこと、一緒に遊ぶことなども学べます。少子化できょうだいがいなかったり、少なかったりする現代の日本で、集団生活に慣れたり、仲良くしたり、ケンカをしたり、仲直りをしたりすることもいい経験になるでしょう。

私自身、上の子が保育所に入るときは一大事で、本当に心配したものです。こんなに長く保育所に預けていいのかどうかと悩んだりもしました。けれども入園後は、上記のようなメリットに加えて、こどもの日や夕涼み会、運動会、お月見など四季折々のさまざまなイベントを体験させてもらったり、家ではできないような創作や工作などをさせてもらったりしてとてもありがたく、保育所には保育所の素晴らしい点がたくさんあることに気づきました。

■感染症を予防できるワクチンは全て受けておく

次に、保育所の注意点は何でしょう。家だけで生活するのと違って、感染症にかかる機会が増えることでしょう。今は「感染症といえば新型コロナ」と思うかもしれませんが、風邪も感染症です。保育所に通い初めの1〜2年は、しょっちゅう風邪をひくものです。中耳炎、胃腸炎ということもあるでしょう。感染症を予防できるワクチンは全て受けておきましょう。

定期接種だけでなく、おたふく風邪などの任意接種のワクチンも大事です。もしかしたら「水ぼうそうやおたふく風邪は小さいうちにかかるといい」と思っている人がいるかもしれません。けれども、感染症にかかってしまったらお子さん自身がつらいし、まれですが合併症を起こしたり、後遺症が残ったりすることもあります。そして感染した際にはベビーシッターサービスは使えないことがほとんどで、治るまで保育所へは行けません。

子供の死亡の中で高い比率を占める原因に不慮の事故があります。この不慮の事故は適切な保育によって防ぐことができます。子供にとってどういったことに注意したら、よい園を選ぶことができるかについては、『子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園』(猪熊弘子・寺町東子著、内外出版社)を参考にしてください。

保育所に通わせるか、通わせないかというのは各家庭の事情や希望によって決めればいいことです。保育所保育にも家庭保育にも良い点があり、どちらを選んだからといって他人にどうこう批判されるいわれはありません。お子さん、親御さんが入園、進級、新しい生活に早く慣れますように。安全に楽しく過ごせることを願っています。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)