撮影/山口真由子

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トランスジェンダーの真也と恋人のユイとの10年に渡る愛の物語を描いた映画『フタリノセカイ』が1月14日(金)より公開となる。

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自身もトランスジェンダーである飯塚花笑が監督と脚本を手掛け、片山友希と坂東龍汰という注目作への出演が続く2人がW主演を務める本作。LGBTQが抱える問題を扱いながらも、そこに描かれる究極の愛が観る者の心にさまざまな想いを抱かせる。

男性として生まれた坂東は、女性として生まれたものの、自分は男性だと認識しているトランスジェンダーの真也を演じるに当たりできる限りのことを行ったという。

坂東自身が持っている中性的な雰囲気と、その役に対する真摯な思いが一つとなったスクリーンの中の真也は、そこで生きている人間として多くのものを感じさせてくれる。

ここに至るまでの複雑な想いや苦労、そして今、坂東龍汰というひとりの人間として感じていることを話してもらった。

今回の作品を通して変えられることがあるなら変えたい

――本作のオファーを受けたとき「驚きと不安があった」とコメントされていましたね。

映画に主演するのが初めてだったので、マネージャーさんから「W主演の映画の話が来たよ」と聞いたときは「えっ!? マジ最高! ヤッター!」ってめっちゃ驚いたし、喜びました(笑)。

けど、そのあとに話をよく聞いて、物語の内容も難しそうだし、トランスジェンダーの役だし、「僕にできるのかな……」って不安になって。当時はあまりトランスジェンダーについての知識もなかったので。

――オファーを受けた当時はLGBTQにどんな印象がありましたか?

幼稚園からずっと一緒の友達がゲイで、僕にとってそれは自然で変わったことだと思ったことがなかったんですね。

それに海外に留学していたこともあったから、そこでは自然に受け入れられていて、逆に日本で差別的な目線で見られることが多いというのをよく知らなかったんです。

だから差別をしてしまうことが理解できなかったし、そんなことが起きてしまうんだ、というのが衝撃でした。

――自分が違和感を持っていないことに、周りが違和感を持っていることに驚いた、と。

最初はそうでした。僕には自然にあることだったので。その人が「これが本来の自分なんだ」と思うことは自由ですし、その人の人生はその人にしかわからない。僕は僕でありのままでいるように、その人のありのままでいいと思うんです。

小さい頃から僕は親にもそういうふうに教えられてきていたので、日本で起きている現実を知ったときは悲しい気持ちにもなりました。

だからこそ、今回の作品を通して変えられることがあるなら変えたいってすごく思いました。

実際に生理用ナプキンを買いに行ってみたりもして。すごく恥ずかしくて。

――撮影は2年前だったそうですが、その頃と比べると日本でのLGBTQへの意識にも変化が出てきたので、より伝えられることが増えているかもしれないですね。

オリンピックがあったりもして、2年前と比べると社会の捉え方とか、みんなの興味とかも変わってきてると思うんです。(公開まで)時間はかかってしまいましたけど、今、このタイミングで公開できるのはすごく良いなって思っています。

あとは、僕が演じたのがFtM(女性として生まれたものの、自分は男性だと認識している人)で、MtF(男性として生まれたものの、自分は女性だと認識している人)の話は『ミッドナイトスワン』(2020年公開)とか、これまでもあったと思うんですけど、前例があまりないのも良いなって思いました。

――ただ、男性の坂東さんがFtMを演じるのはすごく難しいことなんじゃないかと思いました。自分に元からあるものを無くしたいとか、変えたいという感情は、コンプレックスとか、多かれ少なかれ誰にでもあるとも思うのですが、ないものをあると想定して演じるってどんな感覚なんだろう、と。

演じる上でとにかく嘘にはしたくない、という想いがあって。真也と同じような想いを抱えている方に対して失礼になるようなことは絶対にできないと。

責任感を持って演じなければいけない役だと作品に入る前から強く思っていたので、自分にやれることは全部やろうって決めて、できる限りのことをやってみました。

僕自身は男の体で生まれて男の感情がありますけど、その状態に例えばおっぱいがついていたとしたら、それはキツイなって思ったんです。

そういうところから考え始めて、実際に生理用ナプキンを買いに行ってみたりもして。僕は明らかに見た目も男ですし、感情も男ですからすごく恥ずかしくて。

彼女に買いに行かされてるふうを装って、電話しているふりをしながら買いました。あとはブラジャーをつけて生活してみて、周りの目がすごく気になるな、とか。

そういうふうに頭で考えるよりも、実際に体験して自分の中に真也が抱えている葛藤とか、コンプレックスを落とし込んでいくようにしました。

特にセックスを拒んだり、自分が女性の体であることをユイに打ち明けたりするシーンは、極力真也の気持ちや体のことを理解した上で演じたいと思っていたので。

好きな人に嫌われてしまうかも知れない、という想いを抱えながら、自分が一番コンプレックスに思っていることを打ち明ける勇気は並大抵のことではないと思いましたし。

幸い撮影に入る前に1ヵ月くらい準備期間があったので、監督と片山さんと3人でディスカッションをしたり、監督と2人だけで飲みながら話をしたり。あとはトランスジェンダーの方がいらっしゃってるバーに連れて行ってもらったりもしました。

そこでいろんな深い話ができていたのが良かったですね。撮影自体は約10年間の出来事を描くのに一週間くらいしかなかったので、始まったらもう怒涛で(苦笑)。ちゃんと準備ができていたことが役立ちました。

人生で初めてあんなに罵倒されました(笑)

――飯塚花笑監督はどんな方ですか?

普段はすごく明るくて愉快で、気さくに冗談を言うこともできるんですけど、芝居のことになると人が変わるというか。スイッチがバチンと入るとめっちゃ怖かったです。僕、人生で初めてあんなに罵倒されました(笑)。

ユイに自分のことを打ち明ける大事なシーンで。撮影期間の前半に撮ったこともあってまだ僕自身もチューニングができていない状態だったんです。

撮影はほぼ物語が進む順番で撮っていたんですけど、最初に出てくる重要なシーンだったのでかなりハードでしたね。何十回は撮りました。

監督の中にこうしたい、という画が明確にあって、僕の中にもあったんですけど、それが違う方向を向いていたことが大きくて。それを徐々に近づけていって監督の求めるものにハマるまでに時間がかかりました。

事前にアクティングコーチをつけてもらって、自分の中のコンプレックスみたいなものを思い起こす作業はやってきていたんですけど、本番で僕がそこまでいけなかったという。

――でも序盤で大きなものを乗り越えられると、その先が少し楽なるとか。

まさにそうでした。初めの方にやれて良かったなって本当に思いました。僕自身、そこからスイッチが入ったというか、「真也ってこういう人間なんだ」というのがつかめた感じはありました。

そのあとも、監督とは毎日のように「ここはこうじゃない?」とか、「俺はこう思う」とか、話し合いながら作っていくことができて。それによって変わったシーンもありましたね。

終盤、喫茶店での真也とユイと俊平(松永拓野)のシーンは、一回、台本のセリフを忘れて話の流れだけを決めて、あとは3人でエチュードみたいな感じでやって。

撮影期間の最後の方だったので、みんな役の気持ちが入っていたのもあってすごくいい化学反応を起こせたんじゃないかと思っています。

――坂東さんは真也をどんな人だと感じていましたか?

感情をあまり外に出さない人ですよね。口数も少ないし、おじいちゃんみたいな人だな、と。ただそれがユイと出会うことによって変わったのかな、と思っていて。

映画では描かれてはいないですけど、真也は自分の性の違和感に気付いた瞬間からものすごく大変な思いをしてきたと思うんです。今は母親には理解してもらっていますけど、そうじゃない時期もあっただろうし。

いろんな人から差別的なことを言われるとか、ある意味、自分というものを肯定しきれない部分がある中で、それでもその壁を乗り越えて自分を貫いていくって決めて。だからこそ、ホルモン注射を打つとか、手術をするという選択に踏み出していくんだと思うし。

そう考えると、この映画の始まりの頃の真也って微妙な状態だと思うんです。恋に落ちる前の真也は影があって悩みを抱えている。けど、ユイと出会って、恋に落ちて、愛を育んで、自分のことを告白する。そこからは目に光が通っていくような感じがありました。

LGBTQの方々が大変とか、辛いってことだけを伝えたいわけじゃない

――坂東さんはこの映画に対して「究極の愛を描いている」とコメントされていましたが、真也を見ていると、もし自分がこの立場だったら、こんな判断ができるんだろうか?と考えてしまう場面がいくつもありました。

いや〜僕もできないですね(笑)。最初にユイを突き放すところとか。あれは強くないとできないですよね。だから、この脚本を書いた監督はすごいな、とも思いました。

LGBTQのことをよく知らなかったから衝撃的に感じたのかも知れないですけど、実際にこういう経験をする方がいるというふうに考えると、本当に自分事として理解した上で演じたいと強く思いました。

それでこれを観てくださった当事者の方たちには、こういう未来というか、可能性もあるんだ、というふうに受け取ってもらえたらいいなって。

確かに映画の中には大変な場面とか、暗い場面の描写も多いですけど、僕としてはLGBTQの方々が大変とか、辛いってことだけを伝えたいわけじゃないんです。

もちろんそういう現状があるということ理解してもらうことは大きいですけど、それプラスアルファで、未来が見える、この先はこんなふうにもなっていけるんだ、ということを可能性として伝えられたらいいな、と思っています。

――本作に対して坂東さんは主観的な感覚と、客観的な感覚と両方あるように感じるのですが、演じているときはどんなバランスでいたんですか?

演じているときは真也の主観でしか考えていなかったです。客観的な目線を作ってしまうと真実にできないと思ったし、どれだけ真也の主観でいられるか、真也を自分の中に入れていくかが作業として一番大きかったので。

「愛なんて理屈じゃない」って、セリフにもあるんですけど、ホントにそれに尽きるな、と。その感覚をかなり頼っていました。

例えば、人を好きになると、その人に向かって車が突っ込んできたら反射的に助けると思うんですよ。自分だけ逃げようとは思わない。そういう本能的な部分があると思うんです。運命的に結ばれる理屈じゃない愛って、僕は存在すると信じているので。

――完成作は客観的に観られたのでしょうか?

演じた直後に観たときは難しかったんですけど、公開日が決まって、約2年ぶりに改めて観たら全然違って見えました。すごく簡単な言葉で言うと、感動しちゃって、僕(笑)。

真也は自分が演じているんですけど、もうそこには自分じゃない他人というか、真也っていう人間がいて、片山さんが演じているユイがいて、2人の究極の愛の物語を俯瞰で観ることができたんです。

普段だとそういうふうに観れるまですごく時間がかかるんです。やっぱり「こんな芝居しちゃってるよ」とか、「あー、もうやめて〜、見たくない」ってことがあるので(笑)。

ただ今回は「もうちょっとここはできたな」と思うところはあるんですけど、映画としてトータルに見てすごく面白いし、改めてすごい脚本だな、と思えたんです。

この作品で描かれているものは、単にLGBTQの問題というふうにカテゴライズしてはいけないものだとは思うんですけど、そういう意識が変わっていくのもみんなの興味次第だと思うので、まずは観ていただきたいですね。

普通でいたいってすごく思う

――観る側への問いかけが本当に多い作品でした。

たぶんこれを観たら何かが変わると思います。どんなふうに変わるかはわからないですけど、何にしても新しく知ることって大事だと思うんです。知らないことほど怖いことはないし、知って損することはないですから。

これまで僕のことを『弱虫ペダル』とか、『ハニーレモンソーダ』とかのキラキラした青春を描いたような作品で知ってくださった方にも、ぜひこの作品は観てほしいです。

特に、僕よりも下の年齢層の方が観てくれて、世の中の問題に対して耳を傾けてくれる人が増えたらいいなって思います。

コロナ禍もあって、悶々とした時間を過ごした人は多いと思うんです。僕自身、最初の緊急事態宣言が出たときは何をしていたかあまり記憶がないくらいですから。

社会が変わったタイミングで、僕が2年前にしていたことが、今、こうやって観ていただけるのも意味があることだな、と思っています。

――最後に作品のタイトルにちなんで、“フタリノセカイ”ではなく、今、坂東さんが“ヒトリノセカイ”のときに大切にしているものを教えてください。

難しいな(苦笑)。「役者ぶってんじゃなねーよ」って思われそうなんですけど、最近特に、普通でいたいってすごく思うんです。

僕は役者をやらせていただいていますけど、結局、普通の人間だし、演じる役も普通の人間を演じることが多いじゃないですか。

――でも、普通と言っても、普通って何?っていうのもありませんか。

そうなんです、難しいんです。だから逆に特別じゃない、というふうに考えたらいいんじゃないかなって。

このお仕事をしていると、すごくありがたいことなんですけど、街中で「坂東くんですよね?」って話しかけられたりすることもあって。そうすると自分のことを特別というか、人と違うかのように勘違いしてしまう。

でも全然特別じゃないし、僕は極力普通でいたんですよね。それはひとりでいるときに限らずですけど。だって自分が特別だなんて思っていたら、普通の役をリアリティを持って演じられないと思うんです。なので、極力ひっそり生きていけたらいいなって思っています(笑)。

――ただ、周りから声をかけられる状況は変わらないし、やっぱり普通じゃないことだとは思うんですよね。

確かにそうなんです。知ってくださる方が増えるほど、自分が違うと思う感覚に陥る瞬間は増えるし。

だから、自分の保ち方って難しいけどすごく大事だな、と。そこをコントロールしないといけないな、と思っています。簡単に答えが出るようなことではないとは思っていますけど。

ただそうやって考えることが大事だと思うし、考えないよりは考えた方がいいとは思うんです。だから疲れちゃうけど、これからも考えます(笑)。


どんな質問にも一つひとつ丁寧に、真剣に答えてくれた坂東さん。「僕のことを知っている人、みんなに観てほしい」と笑いながら話してはいましたが、この物語をできるだけ多くの方に届けたいという強い思いが伝わってきました。

LGBTQが抱える問題と真正面から向き合っている作品ですが、坂東さんの言うように、この先の未来を変えていけるきっかけになれる作品だと思います。ぜひ劇場で自分自身に問いかけながらご覧になっていただきたいです。

ヘアメイク/浅井美智恵

作品紹介

映画『フタリノセカイ』
2022年1月14日(金)全国ロードショー