中国の目指す「軍民融合」について解説します(写真:Aris Messinis/Bloomberg)

中国の民間貨物船には、軍事目的の装備の常設や改造が行われており、いつでも軍事転用できるようになっているという。その実態について、中国防衛駐在官(駐在武官)も務めた、自衛隊きっての中国ウォッチャーが切り込む。

アメリカ国防総省は11月3日、「中国の軍事・安全保障に関する年次報告書」を公表。これに対して翌日には、中国外交部と国防部の報道官がそれぞれ反論を行った。国際社会が注目したのは核戦力をめぐる議論であったが、報告書では「軍民融合」についても指摘されている。

中国の目指す「軍民融合」とは、国防動員体制の整備に加え、緊急事態に限らない普段からの民間資源の軍事利用や、軍事技術の民間転用などを推進するものとされている。

つまり、中国では民間のインフラなどに計画段階から軍事的要求を組み込み、物流能力などの民間サービス力を平素から軍事目的で活用するためのシステム化が進められているのだ。アメリカの年次報告書でも指摘されている。

普段から動員体制が組まれている特異さ

もちろん、国家の非常時において民間の能力を動員することは多くの国で行われている。日本でも、第2次世界大戦中に数多くの商船が海上輸送等に従事し6万人余の船員の尊い命が失われた。それは決して忘れてはならない事実である。

また1982年に生じたフォークランド紛争で、イギリスは豪華客船「クイーン・エリザベス2世」やコンテナ船など多くの民間船舶を徴用して英国軍部隊を輸送し、一部の船舶がアルゼンチン軍に撃沈されるなど少なからぬ被害も生じた。

ここで取り上げる中国の特異さは「軍民融合」が示すとおり、普段から動員体制が組まれ、中国遠洋集団(COSCO)、招商局集団(Sinotrans)、中国交通建設集団(CCCC)などの海運企業ごとに企業民兵として「海運大隊」などの部隊に編制されており、定期的に人民解放軍の指揮下でさまざまな訓練や作戦に参加している事実である。

とくに近年では、軍事目的の装備の常設や改造が行われるなど、従来以上に軍事目的の利用が進んでいる。

軍事目的の利用については昨年来、アメリカ海軍大学のケネディ研究員が、中国国内の報道やAIS航跡データ、商用衛星画像等を詳細に分析して以下のような軍民融合の実態を公表している。

例えば2014年、東シナ海において、横、あるいは縦に並んで航行しながら、タンカーからフリゲート艦に燃料を給油する訓練が行われた。

次いで、2019年には、洋上において横に並んで航走しながらコンテナ船から駆逐艦や補給艦にコンテナなどの貨物を移送する試験が行われた。また2020年に行われた民間企業等を動員した大規模な統合軍事演習では、普段はカーフェリーとして利用されているRo-Ro船が、車両搭載用ランプ(傾斜路)を強襲上陸作戦用に改造されて参加していた。

そもそもタンカーであれ、コンテナ船であれ、Ro-Ro船であれ、商業目的に用いられる船舶は、できる限り大量の物資や車両、燃料などを積載して、仕出し港から仕向け港にできるだけ早く、安全かつ経済的にそれらの荷物を届けることにより利益を上げることを目的とするものだ。

本来、そのような目的に合致しない洋上で貨物や燃料を移送する装置などを設置することは、設置に必要な区画や重量の分だけ積載可能な貨物の量が減るばかりか、船自体の重量を増加させ、速力や燃料効率に影響を及ぼすなど経済コストは悪化する。

とくに、Ro-Ro船の車両搭載用ランプの改造については、そのランプを水面下まで下げることにより、水陸両用車両や舟艇を船内から洋上に、あるいは洋上から船内に積み下ろしできるようにしている。一般的なランプとは強度や重量など構造が大きく異なるものである。

漁船についても同じ取り組みをしている

このような取り組みは、漁船についても同様だ。外洋で操業する漁船が新造される場合には、「海上民兵」として必要な武器庫と弾薬庫を設置することが一部の地方政府の条例により義務づけられていることも明らかにされている。

ただし、こうした増設や改造といった物理的な負担は、予算さえ確保できればいかようにもなるが、日々の整備は単純に船の乗組員の負担となる。軍事目的であれ商業用目的であれ、乗組員などオペレーターにとって最も重要なことは、つねに能力を100%発揮できる状態を維持するための日々の整備である。

普段は使用しないにもかかわらず、いつでも動員に応じられるように常日頃から操作訓練を行い、整備し、状態を維持しておくことは、乗組員にとって相当な負担増である。当然、そうした政権の施策に対して、資金や資源、時間を費やすことに熱心でない企業が多いこともケネディ氏は指摘している。

一方で、毎日のメンテナンスを繰り返していれば、そうした装備や器具に対して愛着を抱くようになるのが世の常であろう。

もちろん、日本社会と中国社会では、職業意識や職人気質など就業に対する価値観は必ずしも同じではないために断定的なことは言えないが、彼ら商業用船舶の乗組員が日々の整備を通じて軍事作戦について毎日のように意識することで、ある種の軍人意識や強い愛国心が醸成されることを習近平政権は求めているのかもしれない。

艦船の隻数や海軍将兵の数が限られた海軍力が弱小な国家であれば、やむをえない措置としてあらゆる財を軍事力に傾けることもありうるかもしれない。しかし、アメリカの報告書が指摘するまでもなく、中国は世界有数の海軍力を誇る国家であり、とくに補給艦や強襲揚陸艦などの加速度的な建造ペースを背景に人民解放軍の機動力、戦略投射能力は近隣諸国のそれをはるかに圧倒している。

こうした取り組みは、経済効率を軽視、あるいは犠牲にしても軍事作戦における民間インフラの活用を進めるという習近平政権の強い意志を物語っていると言えよう。

日本でもなじみのある海運企業が豹変するリスク

近年、国際社会は中国漁船の怪しい動きを海上民兵として警戒する議論があるが、中国の海上民兵は漁船だけに限らない。

中国の「軍民融合」、漁船や商船など民間船舶に対する普段からの動員や軍事作戦目的の装備の常設・改造が進められていることは、決して遠い海の向こうの他人事として看過できるものではない。

なぜならば、中国遠洋集団、招商局集団、中国交通建設集団などは、日本の港湾などでもなじみのある海運企業であり、そのような装備の常設化が進むことは、それらの船舶が動員命令一つで瞬時に軍事作戦に切り替えることが可能となることを意味するからである。

現在、中国では民兵や国防動員に関する法律などの見直しが行われている。詳細は明らかにされていないがその見直しの方向は、より一層「軍民融合」を目指すことに間違いはないだろう。

有事のみならず平時であっても経済活動よりも軍事活動を優先される社会、有事平時にかかわらず動員命令一つで民間企業や個人が瞬時に軍事力の手段に変身する社会、日本社会とまったく異なる風景がすぐ隣にあることをわれわれは理解しておく必要がある。

※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。