酒を飲んだ婚約者を迎えに行って「無免許&違反、他人になりすまし」…その裏にあった苛烈なDV

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■婚約者を迎えにいった先で交通違反
「道路交通法違反、有印私文書偽造・同行使」。この罪名の裁判も私はだいぶ傍聴してきた。どれも、「無免許で運転中に軽微な違反で取り締まりを受け、他人に成りすました」という事件だった。

今回の被告人は女性だ。女性は非常に珍しい。傍聴してみた。いやはや驚いたね! 交通違反どころじゃないすごい話が出てきた。プライバシーに係る部分は少し変えてご報告しよう。

被告人は30歳代の女性だ。ある日、当時の婚約者から電話がかかってきた。婚約者はクルマで外出しており、酒を飲んだので迎えに来いというのだ。被告人は郊外の自宅から電車で都心へ。指示された駐車場でクルマを見つけ、婚約者が待つ場所へ運転して向かった。

途中、道を間違えてUターン。そこはUターン禁止場所だった。警察官に現認され取り締まりを受けた。被告人は一度も免許を取得したことがなかった。「免許証は忘れた」と言い、違反切符の署名欄に姉の氏名を書いた。その場はそれで終わった。が、だいぶたって別件で警察から姉に連絡があり発覚…。

弁護人「どうして無免許で運転したんですか」
被告人「当時、婚約者で、お腹の中の子どもの父であった■■■■の迎えに…」

被告人は婚約者の名前を出すとき必ずフルネームで言った。そして、暗く静かに淡々と続けた。メモしきれなかった部分を「…」でつなぐ。

被告人「連日、DV被害を受けておりました。急がなければいけない…顔面強打され、肋骨にひびが入る大ケガしていたのに…すべて聞き入れなければまた…■■■■、泥酔状態…また殴る蹴るの暴力、怖くて(無免許運転を)してしまいました」

DV、ドメスティックバイオレンス! 最初は甘く優しいのだが女性と暮らし始めると苛烈な暴力をふるいだす。女性は一種の洗脳状態になるのか、逃げられなくなってしまう。そういうDVがらみの事件はけっこうある。まさか無免許にまでDVが出てくるとは。

弁護人「当時、臨月だった、それなのに…?」
被告人「布団が一面、血まみれになるぐらい…鼻から口から血が出て…お腹の子ども、足で蹴ったり、肋骨2本、ひびが…」
弁護人「それで無免許運転をしてしまったにしても、有印私文書偽造は、あなたが思いついてやったことですよね」
被告人「はい…すぐ(無免許が)バレてしまうと、■■■■からの暴力…されると思いました。迎えに行く時間、過ぎると絶対的に暴力ふるわれるので、早くしなければならないと…」

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■「被告人が可哀想過ぎる」の空気に検察官は
その後、結婚したが離婚。現在は子どもと暮らし、生活保護を受けているという。「被告人が可哀想すぎる」みたいな雰囲気になってきた。検察官としてはマズイ。起訴されて法廷へ出てきた被告人は悪質でなければならないのだ。いかにも育ちの良さそうな、お勉強エリート風な若い検察官は、こう突っ込んだ。

検察官「なぜ運転できたんですか! 一度も免許を取得したことないんでしょ?」

なるほど。クルマの操作方法すらわからない者は危険極まりない。被告人は答えた。

被告人「自動車学校へ通っていたことはあります」

数年空けて2回通い、2回とも妊娠のため中断したそうだ。

検察官「運転、怖いと思わなかったんですか!」
被告人「人を轢いてしまったりとか、無免許バレてしまう…恐怖、感じて、でも運転してしまいました」
検察官「そうであるならば、電車、タクシーを使おうとは思わなかったんですか!」

婚約者は翌朝クルマで出勤することになっている、という話がすでに出ている。それでも、電車で都心まで出てきた被告人は、都心の駐車場にクルマを置いたまま、強烈DV男といっしょに当然に電車またはタクシーで帰るべきだったと、お勉強エリート風の検察官は言うのである。

被告人「(そんな提案をすれば)元夫である■■■■が…結果、殴る蹴るの暴力につながる…言われたことはしなければならない状況でした…」

検察官、ピンチだ。ピンチをひっくり返す突っ込みを検察官は力強く発した。

検察官「それは、無免許運転していい理由にならないと、分かってますか!」
被告人「はい…」

おお、何があろうとひたすら無免許運転のみ避けるべし! 世間の方はどう思うか知らないが、裁判傍聴マニアな私としては「じつに検察官らしい突っ込みだ。お見事」と言いたい。べつに皮肉じゃない。被告人をひたすら責めたて悪く言う、それは公判立会(りっかい)検察官の職務なのだ。検察官はさらに、本当にDV被害があったならなぜ取り締まりのとき警察官に言わなかったのかと責めた。
※東京地検の場合、起訴検察官と法廷に立つ公判立会検察官は別だそうだ。


■DVは警察に相談していた

被告人「最寄りの警察には、110番通報の履歴もずっとあります…接見禁止の命令、出してほしかったんですが…」
検察官「警察に相談するようになったのは、いつですか!」

じつは犯行のあとでした、となれば検察官に有利だが…。

被告人「前の年の11月ぐらいから…」
検察官「母親や姉の家へ避難するとか、しなかったんですか!」
被告人「当時の友人であり同僚のところへ避難したことはあります…母と姉には、DV自体、言えませんでした…」

裁判官はこう尋ねた。

裁判官「その話は、捜査段階では…?」
被告人「話してあります」
裁判官「(手元の書証をめくり)裁判所に提出された証拠からすると、婚約者…何をしでかすか分からないとはありますが、それはあなたへの暴力ではなく(婚約者自身の)自殺のおそれとか…」
被告人「はい、サバイバルナイフで自分のお腹を刺す場面もあったので」

書証は、検察官が被告人を有罪とするために出すのだ。真実を明らかにするためではない。有罪に都合の悪い書証を出すわけがない。そもそも取り調べの警察官、検察官は、都合の悪い話は調書に録取しないのが普通でしょ、とは裁判官は考えない。いやべつに皮肉じゃない。そういうものなのだ。

裁判官「電車とかで帰ろうとは…」
被告人「臨月でお腹の張りが苦しくて(迎えに行くのは)ムリだとは何回か言いましたが、■■■■の口調とか、怒ってる状態が…それをしなければ■■■■が運転して人を轢いたり、自殺未遂…何をしでかすか分からない…」

婚約者は境界性人格障害を患っており、過去に障害事件を起こしているという話も出てきた。

裁判官「じゃあ、(違反切符の署名欄に)なんでお姉さんの名前を…それも婚約者が?」

被告人「■■■■を迎えに行く時間が刻々と…1分1秒遅れただけでも、ものすごく暴力ふるわれるので、焦って…頭のなかが混乱して、咄嗟に…」

もちろん、被告人の供述がすべて真実かどうかわからない。うそだと決めつける証拠もない。「検察官も裁判官もなんとか被告人を悪質に仕立てようとし、ことごとく失敗。あらら~」というものが傍聴席からは感じられた。

けれど検察官は、「犯行は大胆で悪質」「規範意識を欠いている」「再犯の可能性が高い」などと、いつもの決まり文句を並べ、懲役1年6月を求刑した。 ※「6月」は「ろくげつ」と読む。


■裁判官の情け…? 即日判決
弁護人(中堅男性)は、ごく普通に最終弁論を行い、即日判決を求めた。被告人は何かの病気で「手術待ち」だという。子どもの世話もあり、後日また裁判所へ出てくるのは負担が大きいらしい。

ちなみに、婚約者が無免許運転の教唆で処罰されたという話は一切出なかった。「あいつが無免許とは知らなかった」で通したのかもしれない。わからない。

約1時間後、昼休みに入る直前に判決が言い渡された。主文は「懲役1年6月、執行猶予3年」。加えて、違反切符の偽造部分を没収。裁判官は、被告人に不利な要素、有利な要素をそれぞれ複数挙げ、こうまとめた。

裁判官「それやこれやの事情を総合的に考慮すると、主文のとおりの刑に処するのが相当と判断しました」

これ、裁判儀式に独特のレトリック、修辞にすぎない。判決の主刑(懲役1年6月の部分)は求刑と同じ、でもってこの程度の事件なら執行猶予3年、それが決まりなのだ。

とはいえしかし、この裁判官は大したもんだと私は思った。検察官ピンチな展開だったのだから「よく検討しました」という形をつくるためにも1週間か2週間かあとに判決とするのが普通だ。ところが即日判決、偉かったねえ、大したもんだ、と私は素直に思う。

刑事裁判に何か特殊な幻想をお持ちの方は「今井はひねくれた変人だ」と笑うかもしれない。でもね、長年にわたり何千件も傍聴していると、ね…。

〈文=今井亮一〉
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。