「つきまとい男から逃げたくて」…首都高を176キロで走行した女性に判決。情状酌量の余地はある?

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■制限80キロを96キロ超過でオービスに撮影された女性
被告人は圧倒的に男性が多い。被告人とは刑事事件で起訴された人のことだ。テレビ・新聞は「被告」と呼ぶが、あれは公然たる間違い。被告・原告は民事の用語だ。刑事は被告人である。

女性の被告人も一部いる。女性率が比較的高いのは「覚醒剤取締法違反」と「窃盗」かな。「道路交通法違反」の女性率は低い。2021年5月末現在の運転免許保有者数は男性が約4453人、女性が約3744人。半分近くが女性なのに、交通違反の被告人として法廷へ出てくる女性は非常に少ない。重い違反をやるのは男性ばっかりのようだ。

今回、女性被告人の「道路交通法違反」の裁判を東京地裁で傍聴した。年齢は20歳代前半だ。女性は黒のリクルートスーツで出廷することが多いが、今回はまったく違った。ふわふわなブラウスとスカートは、色も素材もデザインもいかにもお上品なお嬢様風だ。高いヒールの靴はカツコツと良い音をたてる。ブランド品かな。ネールに合わせてピンク色の不織布マスク。こんなお嬢様がいったいどんな交通違反をやらかしたの?

検察官(若い男性)が起訴状を読み上げた。ある夜、首都高速の制限80キロの部分を…。

検察官「96キロメートル毎時超える176キロメートル毎時の速度で運転進行したものである!」

ひゃ、176キロって! 仰天する私をよそに、裁判手続きは進んだ。お嬢様、いや被告人は、前科前歴はもちろん交通違反歴もない。検察官の立証は、速度違反認知カード(オービスの写真が貼付された書類)などの要旨を告知し、数分で終わった。

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裁判官「弁護人、立証をどうぞ」
弁護人「書証、人証、ございません。被告人質問を10分ほど」

弁護人は若干セレブ風のご婦人だ。よく国選弁護人として見かける。ちなみこの法廷は、弁護人も被告人も、そして裁判官も書記官も女性だ。法廷中央、証言台のところに被告人を座らせ、被告人質問の手続きが始まった。


■「連絡がひんぱんにきて…」

弁護人「80キロ規制であることは」
被告人「知ってました」
弁護人「96キロオーバー、なぜそんなに出したのですか」

そう、そこだよ。こんなお嬢様がなぜ176キロも出したのか。

被告人「んとぉ…◯◯仲間の人が、家にまでついてくるんじゃないかっていうのがあって…」
弁護人「◯◯仲間の△△さんは、どんな方ですか?」

◯◯を私はあとでネット検索してみた。ずばりヒットがあった。さすがにそこは伏せよう。要するに、ある趣味の仲間の1人、だいぶ年上の男性だ。

被告人「連絡がひんぱんにきて、2人で会おうってお誘いが…断っても断っても…私の家の近くへ来てたりして、怖かったんです」

本件当日、被告人は趣味の集まりに参加。△△も来ていた。被告人は早めに帰ることにした。父親のかな、ある高級車を運転して首都高速を走っていると…。

被告人「△△さんのクルマが後ろについて来てました」


■追従してくるクルマを引き離すことしか頭になかった

ルームミラーにそのクルマを見たとき、驚き恐怖を覚えたという。

弁護人「オービスがあることは」
被告人「わかってました」
弁護人「速度超過、マズイとは思わなかったんですか」
被告人「そのときは(△△のクルマを)引き離すことしか頭になくて…」

とにかく怖くて逃げたくて思いっきりアクセルを踏んだ。そしたらオービスの赤いフラッシュが光ったのだという。東京航空計器の固定式、オービス&#;8546Lkかと思われる。

首都高速の普通車のオービス裁判を、私は400件ほど傍聴してきた。明らかな相場が見てとれる。

・超過速度が60キロ台=罰金9万円
・超過速度が70キロ台=罰金10万円
・超過速度が80キロ台=懲役3月
・超過速度が90キロ台=懲役4月

これは法令で定められたものではない。東京地裁、簡裁で裁判傍聴を重ねてきてわかった、首都高速限定の相場だ。地方の一般道はまったく異なる。そこんとこ注意してくださいね。

本件で検察官は、懲役4月を求刑した。相場どおりだ。弁護人は、緊急避難や正当防衛を主張しなかった。主張しても無駄に裁判を長引かせるだけ。「高速度を出す以外にいくらでも回避の方法はあった」と蹴られるに決まっている。弁護人の最終弁論はこうだった。

弁護人「以前からつきまとい行為を受け、精神的に追い詰められていた。このような経緯には酌量の余地があります。なにとぞ寛大な刑を…」


■女性は「懲役前科持ち」に

翌週、判決。私は目を丸くした。前回とはまったく異なるお洒落衣装だった。お金持ちなのかな。そんな被告人を証言台のところに起立させ、裁判官が判決を言い渡した。

裁判官「主文。被告人を懲役4月に処する。この裁判が確定した日から3年間、その刑の執行を猶予する」

訴訟費用は不負担。国選弁護人の費用は国が出すってことだ。犯行の動機についてこう延べた。

裁判官「(△△から)追尾されるのをおそれ…仮にそのとおりであっても…高速度…極めて危険である」

14日を経過すると判決が確定する。それから3年間のうちに新たに犯罪をやって新たに懲役刑が確定すると、今回の執行猶予は取り消される。新たな懲役刑に今回の懲役4月をあわせて刑務所へ行くことになる。そういうことがなければ、今回の懲役4月は効力を失う。

執行猶予つきでも懲役刑は懲役刑。お嬢様は「懲役前科持ち」の身になったのである。でもそんなことより、恐怖に我を忘れて(オービスの存在も忘れて)アクセルをベタ踏みするって相当ヤバイですよ。事故らなくて本当によかったね。

〈文=今井亮一〉
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。