ヴィッセル神戸
井上潮音インタビュー

 今季、ヴィッセル神戸に完全移籍した井上潮音。小学校5年生から13年間にわたって在籍した東京ヴェルディを離れるという決断は、決して簡単ではなかったと言う。サッカー選手としてだけではなく、ひとりの人間としても成長させてもらったクラブへの愛着は深く、移籍に際して残した言葉からもそれは見て取れた。

「出て行く人間がこんなことを言っていいのかわかりませんが、僕はヴェルディが大好きです」

 それでも、井上は新天地でのプレーを求めた。

 理由は大きく分けて2つある。1つは、サッカーを始めた時から描く大きな目標、夢だった「ワールドカップに日本代表としてスタメンで出場すること」と「海外」に近づくため。そしてもう1つは、オファーをくれたのが幼少の頃から憧れ続けてきたアンドレス・イニエスタの在籍するヴィッセル神戸だったからだ。

「今回の話をいただいた時に、自分の将来的な目標や夢を改めて見つめ直し、かつ今年で24歳になるという自分の年齢を考えて、どうしても今、ヴェルディを離れるというチャレンジをしなければいけないと感じました。これまで僕はJ2では足元の巧さなどを評価してもらってきましたが、かといってJ1からバンバン声がかかるとか、日本代表に呼ばれるような選手ではなく、正直、このまま自分のキャリアはJ2で終わってしまうのかなって思ったこともありました。

 そうしたなかで、J1クラブのヴィッセルからオファーをいただき、代表やワールドカップを経験しているような、各国を代表する選手が在籍するこのチームでプレーすれば、間違いなく自分の成長につながると思ったし、それによって自分の目標や夢に確実に近づけるとも考えました。また、ヴィッセルの志向するサッカー、スタイルとしても自分に合っているということも大きかったです。

 もっとも、ヴェルディで過ごした日々に後悔はなく、常に『絶対に上に行ってやる』という向上心を持ち続けて戦ってこられたことや、自分にできることには常に100%で向き合ってきたことに嘘はありません。だからこそ、今回のオファーにつながったのだと思っています。これから先、自分自身でこの決断をよかったと思えるものにしていきたいと思います」

 とはいえ、一足飛びに夢や目標にたどり着けるほど、甘い世界ではないという自覚はある。そして、彼自身も「どちらかというと、先のことを考えて逆算して行動するのは得意ではない」からこそ、着実に一歩ずつ歩みを進める決意でいる。

「これまでも、ただただ、目の前のことを100%でやりきることを考えてきました。それがなければ試合にも出られないし、新しいチャンスもつかめないからです。

 事実、今年はオリンピックイヤーで、僕も年齢的には五輪代表の可能性があるので意識しないわけではないですが、そのためにはまず、ヴィッセルでの"結果"がすごく大事になってくる。そう考えてもまずはヴィッセルで、日々の練習から100%で向き合うことに集中したいと思っています。

 今シーズンの目標は全試合に出場して、なるべく多くの得点に関わるプレーをすること。それによって、自分の価値をもう1つ、2つ高めることができれば、ヴィッセルの力にもなれるはずだし、個人的にも見える景色が変わってくるんじゃないかと思っています」

 持ち味は、足元のテクニックと、ボールに関わりながらチームの流れを引き寄せ、攻撃を組み立てるプレーだ。

 思えば、昨シーズンのヴェルディでは、3トップの左を預かることが多かったが、彼が子どもの頃から主戦場としてきたのは、ボランチやトップ下。開幕前に行なわれた練習試合は完全非公開だったため、どのポジションを預かったのかは定かではないが、「小さい頃からずっと中盤をしてきたので、ヴィッセルのフォーメーションなら、中盤の3枚ならどこでもやれます」と自信をのぞかせる。その一方で、彼にとっては初めてのJ1リーグだからこそ、自分の"変化"も必要だと話す。

「もともと、加入する前からヴィッセルの志向するサッカーは自分のプレースタイルとマッチするだろうという想像はしていて、その印象は加入してからも変わっていません。ただ、当たり前のことながら、周りの選手のプレーの質だとかレベルは高いし、だからこそ自分ももっともっと成長しなければいけないと感じています。

 加えて、練習試合を戦ったなかでは......ボールを持てる選手が多いけれど、そこから点を取るとか、引かれた相手を崩すために、プレーのアイデアはもっと必要だし、そこで違いを出せる選手になっていかなければいけないとも思っています。また、僕自身、J1リーグでのプレーは初めてとなるなかで、そこにアジャストしていくためにも判断のスピードや、プレースピードも上げていかなければいけない。

 裏を返せば、それさえできれば、たくさんボールは出てくるからこそ、より自分らしさを発揮できるんじゃないかと思うし、チームメイトの質の高いプレーによって自分の特徴を引き出してもらえそうだなとも思っています」

 加えて、当たり負けしないフィジカルを備えようと体をひと回り大きくすることや、チームへの早いフィットを求めるために、ピッチ外ではできるだけいろんな選手とコミュニケーションを図ることも意識的に行なっているそうだ。

「僕はプレースタイル的にも、自分ひとりで何かを生み出せるタイプではないので、自分を理解してもらい、周りを理解することはすごく大事なポイントになってくる。それゆえ、本来は人見知りな性格なのですが、自分から話しかけないと馴染めないと思い、年上の選手にも、積極的に自分から話しかけるように心がけています。サッカー以外のところでは今、そこを一番がんばっているかもしれないです(笑)」

 ちなみに、井上が楽しみにしているイニエスタとのプレーは、イニエスタがケガのリハビリの最中にあるため、いまだ実現できていないが、実は始動日を前にメディカルチェックを受けた際に偶然、病院で顔を合わせたという。

「イニエスタ選手はまだ僕のことを認識していなかったと思いますが、挨拶をして『早く復帰してください』って声をかけました。緊張しました(笑)。

 彼は小学校の頃からずっと憧れてきた選手。プレースタイルも近いものがあったので、ずっと映像で見て、それを真似て、と繰り返してきました。今はまだ一緒にボールを蹴ることはできていませんが、その日が来るのをすごく楽しみにしていますし、イニエスタ選手以外にもこのチームには本当にレベルの高い選手がたくさんいて......すでに、映像で見るのと実際に体感するのとでは感じられることの多さが圧倒的に違うんだな、と実感する毎日です。

 そのなかでは、さっきも言ったとおり、自分自身がまだまだ成長しなければいけないと痛感していますが、その反面、この環境でサッカーを続けていけば、絶対に成長できるという手応えもある。この先の自分が楽しみで仕方がないです」

 声を弾ませ、新たなチャレンジについて語った井上。その才能がJ1リーグの舞台で開花すれば、そこにはきっとたくさんの驚きが待っているに違いない。

井上潮音(いのうえ・しおん)
1997年8月3日生まれ。神奈川県出身。東京ヴェルディのアカデミーで育ち、2016年にトップチーム(J2)に昇格。出場試合を着実に増やして成長を遂げ、2021年にJ1のヴィッセル神戸へ完全移籍。東京五輪世代の有望株のひとり。