修羅場。

それは血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所、またその場面のことを指す。

恋人との別れ話や、夫婦関係のいざこざ。

両者の主張がもつれたとき、それは恐ろしいほどの修羅場にまで発展してしまうのだ…。

これは東京に生きる男女の間で、実際に起きた修羅場の物語である。

▶前回:幼少期から毒親に苦しむ27歳女。母親から浴びせられた、気持ち悪すぎる一言とは




Vol.6 彼氏のとんでもない常識を目の当たりにした女


名前:山内友里(仮名)
年齢:26歳
職業:看護師

―この人と付き合いたい…!

食事会で圭介を一目見た瞬間。友里は喉から手が出るほど、その男を欲しいと思った。

収入と見た目を重視している友里にとって“医師・高身長・整った顔立ち”という彼の条件は、カンペキだったのだ。

「私とデートしてくれませんか?」

見るからにモテそうな雰囲気だったが、ここぞとばかりにアプローチを仕掛けた。友里は元々、その美貌と愛嬌を武器に生きてきたので、気に入った男へのアピールが実らなかったためしがない。

だから圭介も、狙い通り手に入った。

そうして彼から交際を申し込まれて半年間、特に大きな喧嘩もなく順調に関係を続けてきた。

ただひとつだけ、引っ掛かることがある。…これまでに一度も、彼の部屋へ入れてもらったことがないのだ。

「ねえ。圭介の家、そろそろ遊びに行ってみたいなあ」

そんな風に何度か言ってみたことはあったが、いつも「今日は汚いから今度ね」と濁されるばかり。確かに彼は激務だったが、怪しむ気持ちは日々積もっていた。

―これは多分、何か隠されてるな。

そう思っていた矢先、とうとうその全てを知ることになったのだ。


圭介が、友里を部屋に入れたがらなかった理由とは…


その夜も、いつもと変わらないデートをするはずだった。

ディナーのあと、ホテルに向かう。そしてテレビを見ながら、まったりと夜の時間を過ごす。しばらくして圭介がコンビニへ買い出しに出かけ、友里はシャワーを浴びる。

…しかし、その日は違った。

彼がコンビニに出かけ、先にお風呂へ入ろうとしたその時。「仕事が終わっていないから」と、圭介が持ってきていたノートパソコンに、LINEの通知が来たのだ。

―画面、開きっぱなしだ。メッセージの内容、見れちゃうかも。

友里は吸い寄せられるように、ノートパソコンへと近づいていく。画面をのぞき込むと、LINEのトーク一覧が見えた。

そして、その中の“あるメッセージ”に目が留まったのだ。

『ふたつあってもいいよ、いずれ使うし。ありがとう』

それは“桐山”と書かれた人物とのトークだった。

「これ、なんの話してるんだろう…」

なぜかその一文が気になってしまい、友里は悪いと思いつつも、そのトークルームを開いてみる。

桐山『歯磨き粉、私も買っちゃった!かぶった(笑)』
圭介『ふたつあってもいいよ、いずれ使うし。ありがとう』

―ちょっと、これ。どういうこと?

メッセージの内容を見たことで、さらに“桐山”という人物が何者なのか気になってくる。咄嗟にアイコンをクリックして確認してみたが、それはただの風景写真だった。

アイコンだけでは、どんな人物なのか分からない。

―でも、歯磨き粉って…。

信じたくはないが、それが一緒に暮らしている男女の会話であることは明白だった。




そのあと、コンビニの袋をぶら下げて帰ってきた圭介に、血相を変えて問い詰めた。

「ねえ。桐山って誰?LINEのトーク画面、見えちゃったんだけど」

「…ああ」

彼は少し目を泳がせたあと、遠くを見て何かを思い出すような顔をしたきり、何も言わない。

「ハッキリ言ってよ!ねえ、その人と一緒に住んでるの?」

「…まあそんなとこ」

「女の人、だよね?」

そう聞くと圭介は、大きくため息をつきながらベッドに腰掛けた。一方の友里は全身の力が抜けてしまい、ヘナヘナと床に座り込む。

確かに、何か隠されているような雰囲気はずっと感じていた。でも自分が本命だと信じていたし、だからこそ、ちょっとした浮気くらいは目を瞑ろうと思っていた。

―でも本命が別にいたのね。そりゃあ、家にあげてもらえないわけだ。

「…最悪。私が浮気相手だったんだね」

そう言ってみせると、彼はベッドに腰掛けたまま、なぜか困ったように笑う。

「別に、そういうことではないよ」

「え…?」

「いや、ごめんな。友里には理解してもらえる感じがしなくて、だから言わなかったんだけどさ」

彼が何を言いたいのか、イマイチ理解できない。すると混乱する友里をよそに、圭介は衝撃的な事実を口にしたのだ。


そのあと圭介が告げた、まさかの真実とは


「僕ね、35歳までに結婚相手を決めたいんだ。今、候補は3人。友里はその中の1人。桐山って子もそう」

「…え、どういうこと?」

「結婚に最適な相手かどうか、しっかり見極めるために1年は一緒に過ごしたいんだ。それから、できるだけ多くの選択肢から決めたい。だから、仕方なく複数人と並行して付き合ってるんだよ」

理路整然と、顔色ひとつ変えずに圭介は話を続ける。

「ダメかな?あと半年で35歳になるから、それまでには結論を出せると思うけど」

「…ハァ?」

悪びれる様子もない彼の姿に、理解が追いつかない。

「あと半年、結論を待てってこと?」

「そんなに怒んなよ。だって友里はまだ26歳だろ?前に確認した時、結婚は30歳までにしたいって言ってたじゃん。だから半年くらい問題ないかなと思って」

すぐには言葉が出てこなかった。どう考えても、自分勝手すぎる。

「なんでそんなことができるの?…人として最低」

ソファーに置いてあるクッションを投げつけると、悔しくて涙が溢れた。しかし彼には響いていないようで、何も言葉を発さない。

「教えてあげたい。LINEの桐山さんって人にも、もう1人の誰かにも!圭介が三股男だってバラしたい!」

叫ぶようにそう言って彼の表情を見ると、なんと微笑んでいた。

「…いや。バラすもなにも、他の2人は知ってるよ?全部知った上で、レースみたいに競ってるんだ」

「なにそれ」

そんな恋愛リアリティショーみたいなことを現実でできる女なんて、いるのだろうか。




そのあと友里は、逃げるように部屋を出てタクシーに乗り込んだ。そして息を整えながら考えを巡らせる。

―レースみたいに競ってる?嘘よ。そんなの、普通耐えられるわけない。

冷静に考えてみると、彼の発言は他の“候補者”へ連絡を取らせないための嘘だと思えてきた。そこで圭介のFacebookを漁ってみる。

「桐山…。いるかしら」

そうして彼の友達を検索してみると、黒髪が似合うスラっとした美人があっさり見つかった。彼女の名前は、桐山律子。ふたりは同じ大学の医学部を卒業しており、学友であるようだった。

彼女のプロフィールをタップしてMessengerを立ち上げる。

『私のこと、知ってますか?圭介の結婚候補のうちの1人です』

震える手で送信し、しばらく窓の外を見ていると通知音が鳴った。返信がきたようだ。

『どなた?どういうことですか、圭介の知り合いですか?』

―ほら当たった。桐山さん、何も知らないじゃない。

友里は先ほど言われたことを全て文字にして、送信する。するとすぐに返事が戻ってきた。

『とりあえず、彼に話を聞きます』

それから数時間後、次は圭介から着信があった。電話を取ると、彼の切羽詰まった声がなだれ込んでくる。

「婚約してるわけでもないのに、何が悪いのかわからない。僕はただ合理的に…」

それを遮るように「桐山さんは、なんて?」と聞いたが、その問いには答えない。そしてあろうことか、電話の向こうでぶつぶつと不満を述べ続けたのだ。

―桐山さんにもフラれたのね。

電話を一方的に切ったあと、友里は考える。自宅に入れていたのだから、彼女は現状の“1位”だったのだろう。それを失ったのは大きな痛手に違いない。

「悔しいけど、彼女に連絡して正解だったな…」

そうつぶやいた時、またもやMessengerの通知音が鳴った。

『私たちを騙しながら選別してたようですね。友人中に言いふらします。…それから彼女がもう1人いるらしいので、なんとか探して、あの人を不幸のどん底に落とします』

―お願いします。

友里はスマホを枕元に置いて電気を消し、ベッドへと寝転がる。そして目を閉じると、Facebookで見た彼女の凛とした姿が浮かんできた。

きっと淡々と、確実に復讐するんだろう。

それに任せて自分はこんな恋、早く忘れてしまおうと思うのだった。

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子育てを終えた女が“やり残したこと”に走ったら…?