新卒で入社したベンチャー企業で体調不良が続き、試用期間の3ヶ月でクビになってしまった橘 みつさん。銀座の高級クラブ、デパートの販売員などのアルバイトを経て、レズ風俗の世界に飛び込み、2018年に24歳で対話型レズ風俗店「Relieve」(以下、リリーヴ)を立ち上げます。

現在は同店のオーナー兼キャストとして働きながら、今年の5月には自身の半生をつづった『レズ風俗で働くわたしが、他人の人生に本気でぶつかってきた話』(河出書房新社)を上梓しました。

橘さんにこれまでのキャリアや、現在のお仕事、そしてレズ風俗の現状について話を聞きました。全3回にわたってお届けします。

「試用期間で辞めてください」

--本書では、新卒採用で入社したベンチャー企業を、試用期間が終わる3ヶ月目に解雇された話が明かされています。

橘 みつさん(以下、橘):はい。体調不良が原因で、働き続けられなくなりました。仕事中、眠気に襲われ5秒ほど目を閉じたはずが、気づけば数十分意識を失っていたりして……。

--それは大変ですね。何が原因だったのでしょうか?

橘:のちのち「双極性障害」の診断を受けました。でも当時は原因が全く分からなくて。助けを求めて、会社の産業医のもとに駆け込みました。第一志望の会社でしたし、自分の人生の土台になると信じていたので、どうしても働き続けたくて。

でも、産業医から会社に私の健康状態が伝わってしまって。「1週間後の6月末付で、この会社を退職してもらいます」と人事部長に宣告されました。部長が指定したその日は、試用期間が解ける入社3ヶ月目でした。

--1週間後……。労働基準法では解雇予告は30日前、ですよね?

橘:そうですね。その点については後日、弁護士を仲裁人として労働争議を起こし、和解しました。ただ、解雇されたことは納得しているんです。企業の成長に力を注ぐ時期だったので、大企業のようなサポート体制や余力はなかったのだろうなと。とはいえ、「こんなにもすぐに見放されてしまうのか」とショックでしたね。

--そうですよね……。

橘:「自分のことを他者に説明できない」ことも大きなストレスになっていました。普通は、自分の得意なことや苦手なことをある程度知っていて「私はこんな人間です」と説明できますよね。でも、私は自分の体調が悪い理由も、それを補う方法もわからないし説明できない。それが一番キツかったですね。

東京で生きていくために、水商売の世界へ

--退職後は、銀座のクラブでホステスに。水商売の道を選んだのはなぜでしょうか。

橘:体を休めることが最優先だったので。逆算すると、1日4〜5時間しか働けない状態でした。実家を出ていたし、東京で生きるために必要なお金を短時間で稼ぐとなると必然的に思い浮かんだのが水商売でした。

--働き始めてみてどうでしたか?

橘:銀座というエリアが合っていたのか、思いのほか働きやすかったですね。もともと相手が何を求めているかを察して、それを差し出すのは得意なほうでした。そういう意味でもホステスという仕事は向いていたかもしれません。でも、働くうちに違和感も抱くようになって……。

--どんな違和感でしょう。

橘:「女性」として「男性」の欲望を満たすこと、それ以外の「自分」が求められないことです。棘のある言葉を避け、求められる“女性”をそつなく演じることに我慢できなくなりました。

--「役割」でしか自分を求められないことに、虚しくなった?

橘:そうですね。あの場所で必要とされていたのは「わたし」ではなく、男性のお客さんの愛と欲望の対象としての“女性”だけ。ホステスを辞めたあとは、昼の仕事に戻ろうと、ホテルの従業員、イベントスタッフ、デパートの販売員などいろいろな仕事を試しました。

--自分に合う仕事は見つかりましたか?

橘:それが、全然ダメでしたね。体調もきついし、「薬を飲めば平気でしょう?」「いくら調子が悪いと言っても、前日には連絡できるでしょう?」と職場の理解を得ることも難しくて。フレックスタイムなど働き方が柔軟な制度がある企業に応募することも考えました。でも、新卒で解雇されてしまった人間にいきなり自由な働き方を許してくれる企業は、見つけられませんでした。

--最初につまずくとリカバーが大変なんだなと感じるお話ですね。

橘:精神障害者保健福祉手帳を取得したので、障害者枠で働くことも検討しました。でも「あなたを雇うのはちょっと難しい」と言われてしまって。理由を聞くと「学歴もあって、勤怠以外の業務能力に全く問題がないような人が働けるポストはない。オーバースペックだから」と。どこに行っても自分の居場所を見つけられなくて、不安と焦りばかり募らせていましたね。

求めていることが見つかりそうな予感

--そんな中、レズ風俗の仕事と出会います。きっかけはなんだったのでしょうか?

橘:レズ風俗の存在を知ったのは、アルバイトの休憩中に見ていたTwitterに流れてきた、永田カビさんの漫画です。のちに『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)として書籍化されていることも知りました。長年、生きづらさと孤独感を抱えていた作者が、レズ風俗店で人と触れ合いながら自分の内面と向き合い少しずつ回復していく。そんなストーリーを読んだときに「私がやりたかった仕事が、レズ風俗でならできるかもしれない」と思ったんです。

--というのは……?

橘:水商売に来る男性のお客さんとは叶わなかった、「会話で心を通じ合わせる」ことが女性相手だったらどうだろうと。「女性」という役割にはまらずに、「わたし」として相手と向き合えるかもしれないというかすかな希望を感じたんです。

--働いてみて、どうでしたか?

橘:レズ風俗は「身体だけのつながり」を想像される方もいるかもしれません。でも、実際に入ってみたこの世界は、それ以上にお客さんとの「心のつながり」を感じられる場所でした。思い描いていた通りのことができると確信を強めました。そこで、1年ほど他店に在籍して働いたあと、より自分の理想とするサービスを提供できる場所をつくろうと、対話型のレズ風俗店「リリーヴ」をオープンしたんです。

可能性ではなく「不可能性」を探した

--今はオーナーとしてどんな仕事を?

橘:マネジメントや採用、キャストの教育だけでなく、私もキャストとして出勤しています。先日はホームページの改修も自分で行いました。設計、デザイン……。それからドメイン取得も!

--自らドメイン取得まで! なんでもやるんですね。

橘:そうですね。エンジニアにも、プレイヤーにも、マネージャーにもなる。ちょっと何屋さんなのかわからなくなってきた感じはありますが(笑)、できないことが日々できるようになっていく充実感はあります。

--できることが増えるのは自信の回復につながったんじゃないでしょうか。

橘:そうですね。でも、「できること」よりも「できないこと」がはっきりしたのが私にとってはよい作用をもたらしたと思っているんですよ。

昼の仕事に戻ろうとしてアルバイトを頑張った、その過程で「絶対にできないこと」がわかりました。たとえば、定時で出勤できないとか、「役割」だけを求められる仕事はできない、とか。

自分の「不可能性」が見えたので、いっそ「できない」ことは諦めて「できそうなこと」に集中すればいい、と。それが今の私の自信に一番つながったと思っているんです。

--「可能性」や「やりたいこと」を探しても見つからないときは、「不可能性」「やりたくないこと」を消去法で選んでもいいのかもしれませんね。

橘:そうですね。ただ、それができたのは自分が恵まれていたからだということも忘れないようにしたいなと思っています。偶然、これまでの積み重ねや環境によって道がひらいたけれど、努力ではどうにもできないこともありますから。できることが増えたといっても、じゃあ会社員に戻れるかというと違う話なのかなって。

私の場合は、マイナスからゼロに戻す過程の中で自信を回復する経験ができましたが、人に同じことは勧められません。持っているものを手放して、自分の不可能性を突き詰めるのは勇気がいりますし、精神的にも経済的にもしんどいですから。回り道をして新しい道を見つけられたのは、偶然だったしラッキーだったねという気持ちは驕らずに持っていたいなと思います。

第2回は7月28日(火)公開予定です。
(構成:岡本実希、撮影:大澤妹、聞き手、編集:安次富陽子)