ジョホールバルでの決戦を制した日本代表は、ワールドカップ初出場を決めた。(C) Getty Images

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 過去6度のワールドカップに出場した日本代表は、これまで5度のアジア予選を突破してきた。本稿ではそれぞれの最終予選突破を果たした試合にスポットを当て、そこにまつわる舞台裏エピソードや関係者たちの想いに迫る。(文●佐藤 俊/スポーツライター)

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 ジョホールバルでのイランとのフランス・ワールドカップ・アジア第3代表決定戦は、ドーハ組にとって4年前の悲劇を乗り越えるチャンスだった――。

 試合は中山雅史(ゴン)が先制ゴールを挙げ、いい流れを作った。

 だが、後半、イランがアジジとダエイのゴールで逆転する。カズをはじめピッチの選手たちは唇を噛み締め、日本人が多数駆けつけたスタジアムは重苦しいムードに包まれていた。トレーナーの並木麿去光は、ベンチ脇で試合を見ていた。逆転されてから心配になってベンチを覗くと選手の表情はそれほど焦ってはいなかった。

 63分、ベンチの選手が一様に目を見開き、並木も目を疑った。

 城と呂比須の二人が呼ばれたのだ。カズとゴンと交代させる決断をした岡田武史監督には鬼気迫るものを感じたという。

「カズとゴンを一緒に交代させるのはビックリでした。それまでそんなこと練習も含めて一度もやったことがなかったんですよ。でも、それをあの場面でやったんで、ベンチの選手も僕らスタッフもマジかって感じでした。でも、結果的に入った城が同点弾を決めるんでね。岡田さん持っているなって思いました」

 カズとゴンは戻ってきた瞬間は、少し寂しそうな表情をしていた。

 だが、ベンチに戻ってくると座る間もなく立ち上がり、大きな声でピッチの選手を応援し始めた。ベンチに座る選手からはずっと声が飛んでいたが、カズとゴンの声がひと際大きかったという。

「みんなでワールドカップに行きたいという気持ちがすごく見えましたね」
 並木は、ふたりが叫ぶ声からそれが感じられたという。

 実際、カズやゴンらドーハ組が最終予選に懸ける気持ちは非常に強かった。とりわけ、カズは最終予選初戦のウズベキスタン戦で4点を取って好スタートを切り、先頭に立って戦っていた。エースとしてワールドカップに行く覚悟をプレーで見せてくれたのだ。しかし、韓国戦で尾てい骨を打撲してから調子を落としていった。

 ゴンは、なかなか招集されず、ホームでのカザフスタン戦で久しぶりに代表復帰を果たした。その時、ゴンは「今、考えるとドーハから4年は早かった。今回、呼ばれたからには少しでもチームのためになりたい。ドーハを越えて、新しい歴史を作りたい」と決意表明していた。

「ドーハの悲劇」を経験した選手は、あの黒歴史が意識にまとわりついていた。それを振り払って前に進むためには最終予選を勝って歴史を塗り替えるしかなかったのだ。
 カズとゴン、北澤豪、井原正巳はその歴史を変えるべく、スタメンで出場した。ゴンは先制点を奪い、4年前のドーハでの北朝鮮戦でデビューした時のような勢いを見せた。だが、時間の経過とともにマレーシアの高温多湿とタフな試合に体力を奪われ、ついにカズとゴンはベンチに下がることになった。

 カズとゴンは、ベンチに下がっても戦っていた。城のゴールで同点に追いついた時は、ベンチの選手と抱き合って喜び、「これからだ」とピッチの選手を激励した。2-2で延長戦に入る前は選手に水を渡したり、選手の両足を持って疲労を取るストレッチをしたりしていた。もちろんカズやゴンだけでなく、ベンチにいた全選手が試合に出ている選手のサポートをしていた。その姿を見た時、並木は「本当にチームがひとつになった」と思わず泣きそうになったという。

 延長戦が始まる前、誰が言うのではなく自然と円陣ができた。だが、スタッフのひとりが足りないと分かると、彼が参加するのを待った。全員が揃うと、お互いに肩を抱いて、「いくぞー!」と声を合わせ、勝利を誓った。