Gショックだけでカシオ計算機の売り上げの約3割を占める(撮影:今井康一)

東京駅からJR中央線、青梅線と乗り継いで約1時間半のところに位置する羽村駅。そこから歩いて15分ほどの場所に、カシオ計算機の羽村技術センターがある。

「落としても壊れない丈夫な時計」──。38年前に出されたたった1行の企画書から開発された腕時計「G-SHOCK(Gショック)」は、今やカシオを最も代表するブランドとなった。まさにそのGショックは約2年の開発期間を経て、この地で生み出された。Gショックを含む時計事業は、今や全社売上高の約6割を占める屋台骨となった(2018年度実績)。

そんなカシオの歴史を築いてきた羽村技術センターでは、同社の社運を背負う開発が再び進められている。スポーツや美容、医療など、カシオとしては主力分野ではなかった領域への挑戦が始まっているのだ。

こだわってきた“自前主義”

今年5月、カシオは都内で新たな中期経営計画について説明会を実施した。投資家やアナリストから注目が集まったのは「共創」という形で新規事業を創出するカシオの姿勢だ。カシオが培ってきた技術を活用しつつ、他社と協力しながら新たな事業を生み出すというのだ。

考え方自体はいま流行りの一種の“オープンイノベーション”で真新しさはない。にもかかわず、業界内で反響があったのは、「なんでも自分たちだけでやりたがる会社」と周囲に見られていたからだ。

新規事業の創出を担当する井口敏之執行役員は「カシオは自前主義で自分の力で市場を作っていくことにこだわっていたが、それに限界があることは確かで自前主義を脱却しようとなった」と語る。2018年に丸1年をかけてそれまでカシオが培ってきた技術を洗い出し、今後の成長余地や他社と協力できる可能性を模索したという。中計最終年度の2021年度にはこれらの新規事業で200億円の売り上げを目指す。

井口氏は「カシオといえばGショックなど物作りのイメージが強くてIT分野に弱いと思われるが、AI開発やIoT分野の研究も行ってきた」と強調したうえで、「これまでは研究ができても、それを活かす術がなかなかなかったが共創することで技術の活用の幅が広がる」(同)と話す。


カシオは新たな市場としてまずAIやIoTを活かしたスポーツや医療にかかわる4つのテーマを策定し、それぞれのテーマでパートナーとなる企業と協力していくと発表。すでにランニングのアシストや医療分野の画像診断、セキュリティ分野の画像認識の3分野で共創パートナーも決まり、残る美容関連分野でも大手化粧品会社との交渉が進んでいる。

アシックスとスポーツ分野で組む

ランニングのアシストではスポーツ用品大手のアシックスとタッグを組む。カシオは筑波大学とともにランニングのフォームをセンサーで解析してきた実績がある。「ランニングフォームの可視化は世界一だと(アシックスに)評価された」(カシオ幹部)と自負するほど。一方で「ランニングフォームを可視化する技術があっても活かす術がわからなかった」(井口氏)。


センサーでランニングフォームを可視化する(写真:カシオ計算機)

カシオとしては現在開発が進んでいるGショックのスマートウォッチ、Gスマートやモーショントラッカーを利用してランナーのフォームを可視化する商品やソフトを展開したい考えだ。そこで解析されたデータをもとにランナーへの指導に対する知見があるアシックスが最適なシューズやトレーニング法を提案することを想定している。

「ランニングで疲労がたまりすぎてケガをするランナーも多い。各ランナーに最適なフォームやシューズの提供、リカバリーの提案などアシックスと協力して一貫したサービスを提供できる」と井口氏は期待する。デバイスの販売からサービスの提供までできるのは自前主義にこだわっていたカシオでは難しかったことだ。


培ってきたカメラ技術を生かして、皮膚の病理診断に挑む(写真:カシオ計算機)

また、スポーツ以外では共創のテーマとなっているのが医療分野だ。千葉大学との共同研究を通し、皮膚の様子を明瞭に撮影できる「ダーモカメラ」を開発。さらに撮影された画像を自動分類するなど診断をサポートするソフトを信州大学と共同研究を行った。現在は皮膚科向けの製品が主だが、今後は歯科や耳鼻科向けに商品ラインナップを拡充させたいという。

さらに、半導体大手ルネサスエレクトロニクスとはイメージングモジュールの開発に取り組む。防犯カメラだけでなく、ATMやスタジアムの入場者管理に活用する生体認証技術や工場の自動化に使われるロボットの制御など医療以外にも画像技術を広げる試みも進む。

2018年に断行した組織改革

新規事業を展開するにあたっては外部との協力だけでなく、社内でも大きな組織改革が実施された。昨年4月、時計事業部やシステム事業部などそれぞれの事業部が持っていた開発機能を、新設した「開発本部」に集中させた。樫尾和宏社長は「バラバラにものづくりをしていたのを変え、開発本部や生産本部などにまとめ俯瞰できるようにした」と話す。


樫尾和宏社長は「どこに集中して資源を投じればいいのかを見える化できた」と話す(撮影:尾形文繁)

一連の改革では各部署でバラバラに研究開発を行っていたものを企画段階から各分野の開発者が集まり、議論を経てアイデアを練り上げる形に変わった。「ボトムアップ型の開発体制が望ましいが、これまでは部署ごとの縦割りもあり、何を開発するかそれぞれの上長が指示するという状態が続いたため、指示待ちする社員が多かった」(樫尾氏)。

部署を横断した開発体制によって、他部署がもっている技術やかかわっている市場に目が行くようになった。それにより、共創においてもどこと組んで、どのような市場に自社技術を活用できるか意識が向くようになりつつある。

Gショック以外の新たな柱を確立することができるのか。この数年の成果がカシオの成長を左右しそうだ。