女子鉄アナの久野知美さんと、右からGKデザイン機構相談役の山田晃三さん、GKインダストリアルデザインの若尾講介さん、GKグラフィックスの北嶋悠史さん(撮影:梅谷秀司)

新元号「令和」になり、新しい時代が始まって早3カ月。鉄道史を振り返ると、平成の間に誕生した豪華寝台列車や、かわいい鉄道ラッピング車両、レストラン列車などが広がりを見せ、車両や駅にまつわる"デザイン"が注目を浴びるようになりました。

その一時代前、昭和の時代に新たなビジネスを生み出すべく発足した企業がありました。鉄道のみならず、まちづくりやキッコーマンのしょうゆ卓上びんなど、日本人なら誰もが知るデザインを手がけるGKデザイングループです。

グループを語るうえで欠かせないのが"チーム"という概念。1人のカリスマを作り上げるのではなく、チーム・グループとして安定したサービスを提供し続けることで知られ、業界内にもファンの多い企業です。

今回は、連載をスタートして初めて"チーム"にフィーチャーし、座談会形式の取材を敢行! GKデザイン機構相談役の山田晃三さん、GKインダストリアルデザインのデザインディレクター若尾講介さん、GKグラフィックスのチーフデザイナー北嶋悠史さんの3人にお話を伺ってきました!(文中敬称略)

身の回りの道具にデザインを

――GKデザイングループは、いくつもの会社がチームになって動いていらっしゃるのがグループ全体の特徴だと思うのですけれど、立ち上げの時などルーツについてうかがえますか?


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山田:「GKデザイン機構」がGKグループの本社機構です。事業会社は国内だと、工業製品を領域とする「GKインダストリアルデザイン」や、グラフィックやブランディングを領域とする「GKグラフィックス」など、東京に領域別の5社、そして京都と広島に1社ずつで計7社です。海外はアメリカ、ヨーロッパ、それから中国にあります。社員数は200名強、ほとんどがデザイナーです。

昔は「GKインダストリアルデザイン研究所」という1つの組織でした。1952年、創設者の榮久庵憲司(えくあん・けんじ)ら東京藝術大学の6人のメンバーが「これからは生活の身の回りの道具をちゃんとデザインしていかなきゃいけない」と、GKの名の由来にもなった小池岩太郎助教授("GK"は"グループオブ小池"の頭文字)のもとでグループを結成したのが出発点です。

――今のベンチャー企業のような感じで始まったのですね!

山田:当時はまだデザインでビジネスが成り立たないから、コンペで賞金をもらって運営するスタイルで始まっています。「丹頂鶴」と呼ばれていたてっぺんが赤い電話ボックス、ご存じですか。あれは電々公社(日本電信電話公社、現在のNTT)の公衆電話ボックスのコンペで選ばれたGKのデザインです。

――競争に打ち勝った価値のあるものだというところが、対外的にもパフォーマンスできるということですね!

山田:コンペで勝つことによって、デザインの価値が世の中に伝わっていくじゃないですか。そうじゃないとビジネスとして花を咲かせられないのです。GKはビジネスとしてデザインだけで生きていこうって決めたわけです。

――それって、確かにすごいことですね。鉄道のデザインはいつから手がけているのですか?


GKデザイン機構の山田晃三相談役(撮影:梅谷秀司)

山田:GKは大阪万博(1970年)のときに初めて公共交通のデザインをしています。

そのときの仕事は会場内のモノレールです。あと、会場のストリートファニチュア……街の中にあるバスストップとかベンチ、ゴミ箱、照明、サインといった、人の移動環境に必要なもののすべてを総合的にデザインしました。ただ形だけじゃなくて人々の導線を考え、配置の計画とか、それをずっと研究して展開してきました。

こうして都市環境デザインの領域が広がり、例えば新宿のサインリング(西新宿)もGKによるものです。信号機や照明、サインなどを1つの形の中に収めて、それと合わせて周辺も総合的にデザインしています。

鉄道は地域を象徴するもの

――このサインリングは、俯瞰で写真を撮りたくなるというか、私がディレクターだったらロケに使いたい、上から絶対1カット入れたい、と思いますね。現在、公開が始まったばかりの「天気の子」が話題の、新海誠監督のアニメ映画「君の名は。」でも描かれています。今もなお、聖地巡礼されるファンも多いとか!

北嶋:この場所の象徴として存在して、どこだか一目でわかるわけですよね。都市の装置がその場所を顕在化するのです。

山田:その流れから言えば、自動車と違って鉄道車両は、見ただけで「あ、あの街を走ってる」という、地域を象徴するものじゃないですか。だから地域のありようとセットでデザインしていかなきゃいけない。

――鉄道のデザインでも、今はやりの観光列車とはちょっと一線を画していますね。例えば叡山電鉄の「ひえい」。


叡山電鉄 観光列車「ひえい」/2018 (写真:GKデザイン機構)

山田:あれは鉄道車両っていうのとちょっと次元が違って、幽玄な比叡の山の中から出てきた人を運ぶ生き物なんですよ。「お前たちをこれからすごく驚くところに連れていくぞ」みたいな(笑)。

「ひえい」を手がけたのはGKの広島(GKデザイン総研広島)です。でも、モダンな「ゆりかもめ」新型車両(7300系)も広島メンバーです。テイストはそのつど違ってもGKクオリティーというか、そこは共通しているのです。

――グループの各社がそれぞれの分野を担っていて、でも同じ目標を持っているというチームの強みは普段から感じられますか?


GKグラフィックスの北嶋悠史さん(撮影:梅谷秀司)

北嶋:私はGKグラフィックスにいますが、その前はGKインダストリアルデザインで工業製品全般のデザインをやってきて、だからこそできるグラフィックがあるかなと思っています。

鉄道の場合、利用者から見て全部をつなぐ根底にはグラフィックデザインがあると思うのです。事業者の理念や姿勢を表したロゴマークがあり、その考え方を踏襲した案内サインを見てホームに行って、その考え方でデザインされた車両に乗って移動すると。すべてをトータルでデザインするというときに、GKは同じ思想でみんなでつくっていますから、ぶれがないのですよね。

「レイルウェイデザイン」とは何か

――サインシステムから車両まで、トータルでイメージをつくっていこうという発想は昔からあったのですか?

山田:ヨーロッパの鉄道事業者は、はるか前からやっていますね。GKヨーロッパ(オランダ)の2代目の社長が東京に戻ってきてからそういったトータルデザインに取り組んで、まずアプローチしたのが広島のアストラムライン(広島高速交通)です。このとき、行政が初めて「トータルデザイン策定業務」というのを1990年にGKに発注したのです。

――その頃から交通事業者や行政がトータルでのデザインの重要性というのを認識し始めたということですね!

山田:ただ、さかのぼればGKは大阪万博の時すでに、トータルに乗り物と人の移動する空間を総合的にデザインしないとスムーズな人の移動環境はできあがらないという視点を持っていました。だから「鉄道車両」という見方じゃなくて、「レイルウェイデザインとは何か」っていうことをずっと思考してきているつもりなのです。レイルウェイデザインの中に鉄道車両もあるという。

――車両はあくまで1つの要素ということですね。トータルに統一されていると気持ちよさといいますか、違和感のなさが快適性につながってくるのかなと思います。

山田:道具(モノ)は全部がメッセージなのです。例えばお茶の世界は、どんな器で今日は「ようこそ」と言うのか、ということで成り立っているのです。さまざまな道具立てで人とモノ、人と人のコミュニケーションが成り立つという想像力は捨てたものじゃない。日本人はそういうものの見方ができる。

メイドインジャパンの優れているところは、かゆい所に手が届くとか、技術的にきめ細かいということもありますが、会話する力が道具の中に入っている、何か気持ちよさがある、だから世界中の人が支持してくれるってとらえたほうが正しい気がするのですよね。

――例えば鉄道デザインで、利用者に対してメッセージとしてこう使ってほしい、こうあってほしいというのが表れている部分を、代表例があればぜひお聞きしたいです!


ゆりかもめ7300系/2014 (写真:三菱重工エンジニアリング)【2019年8月16日19時20分追記】初出時のクレジットに誤りがありましたので、上記のように修正しました。

山田:例えば「ゆりかもめ」7300系のG-Fitという座席は、足を投げ出しにくくなるように背もたれの角度や曲面とか、細かいところを計算しつくした結果、実際に足を投げ出す人がぐっと減ったわけです。正しく座ってください、という声が聞こえる。

若尾:もう1つの例で言うと「袖仕切り」。電車のロングシートの端の仕切り板です。JR東日本の209系電車から導入されました。

以前はこの部分はパイプで仕切られていて、座っている人は立っている人のお尻が隣にあるのを我慢していたのですね。でもそれが普通だったので、我慢していたなんて皆さん思っていなかった。そこに気づいて自然な解決策を出す、というのがあの袖仕切りなのです。

鉄道デザインは変化する

――袖仕切りの板があると快適ですもんね。端っこに座りたくなります!(笑)。


JR東日本E233系の「袖仕切り」(編集部撮影)

若尾:あれは、肩とひじの位置に「逃げ」があります。普通、人体はひじのほうが肩より外に出ますから、ひじのほうに向かって斜めに切られていて、そこに軽くひじを乗せられるようになっています。

板は40mmしか厚みがないので、その分外側に逃げのための出っ張りが出ているのですが、その部分が立っている方のお尻を軽く支えるのです。単純に板を立てればいいというのではなくて、自然に人がどう使っていくのがいちばんいいのかを考えて提案しています。


GKデザインがデザインしたオートバイ。ヤマハ発動機 モーターサイクル"VMAX"/2008(写真:GKデザイン機構)【2019年8月16日19時20分追記】初出時にあったオートバイの写真を差し替えました。

山田:オートバイや自動車は比較的エルゴノミクスというか、人との関係を細かく見て造られるけど、鉄道車両はまず箱があって、そこに人を乗せるといった発想でした。でも最近はシートを1人ひとりの体に合わせたり、仕切りも考えたり、インダストリアルデザインの考え方が十分に入ってくるようになりましたね。

――働き方の変化や少子化などで鉄道利用者が減っていくことを考えると、やはり快適に過ごして気持ちよく会社に行きたいですし、時代を先読みして皆さんが働きかけていくということですね。

若尾:大量に輸送できるというのが通勤車両に求められる価値だったわけですが、今は皆さんの思いが違う方向にシフトしてきています。

利用者に対するメッセージの例にもなりますが、西武鉄道40000系のデザインの提案をさせていただきました。その車内に「パートナーゾーン」というのがあります。

――「パートナーゾーン」は車いすやベビーカーで利用しやすいように工夫された空間ですね。真ん中に立ったままで軽く腰掛けられるいすもあって、思い切ったデザインですね。


西武鉄道40000系「パートナーゾーン」外観(上)と車内。中央には立って軽く腰掛けられるシートがある(撮影:尾形文繁)

若尾:西武線は生活路線と言われているのですが、その沿線で生活している方々に対してバリアをどうやってなくしていくか。

例えば1駅だけ乗る高齢の方は、1駅座ってまた立ち上がるほうが実は立っているよりつらい。それで、パートナーゾーンには立って軽く腰掛けられるシート(中腰いす)があります。

そのシートの前は下端の低い窓ガラスですが、子どもが持てるような低い位置にバーがあります。そこで子どもが外を見ていると、後ろからおばあちゃんが軽く話しかけられる、とか、そういう新しいコミュニケーションが生まれるといいなと。

――そういう意図があったのですね!

山田:僕は、電車は公共交通機関ですが、公共教育機関であってもいいのかなと思っています。要するに子どもたちも含めて、みんなのマナーがよくなっていく場所であってほしいと。「こんな電車が自分たちの街にあるんだよ」って思うことで人にやさしくなれるというか。そういうのをつくっていきたいですよね。

"鉄「道」"を輸出したい

――みなさんが思う、これから目指すGKデザイングループの未来はどのようなものでしょうか? 交通を中心に社会全体について、デザインで今後こういうところを変えていきたいという点がありましたらお願いします!

山田:日本の鉄道は、ヨーロッパからノウハウを持ってきてできたわけで、オリジナルではないのです。だけど世界とは違う何かがあるわけです。今度はそれを世界にお返ししなきゃいけないところに来ているのかなって思います。

GKは「道具」という言葉を大事にします。英語にはしないで"DOUGU"。道具は「道の具え」って書きますよね。人が人として生きていくために必要な道の具えとして道具がある。すべての人工物です。日本には独特の道具観があって、それは物を通して他人を大事にする、武士道みたいな世界です。みっともないことをしてはならないという利他の考え方です。茶道、華道とか、弓道とか、柔道とか、そういう「道」の世界は当たり前のように僕らの生活の中に潜んでいる。

こうした考え方が、鉄道をつくる精神の中にたぶん入っているような気がします。それを僕は「鉄道」と言わないで、鉄「道」と言いたいと思う。だから日本の鉄「道」を輸出したいと思うわけです。人が他人を思い合って作法が生まれ、輪となって生きていけるような、そういうものを鉄道を通して世界に出していくべきじゃないかなと考えています。


GKインダストリアルデザインの若尾講介さん(撮影:梅谷秀司)

若尾:僕は鉄道や公共交通を使う気持ちがポジティブになってほしいと思っています。しょうがないから電車に乗る、例えば通勤電車はこれがないと目的地に着かないから乗るしかないと、今は残念ながらそういうふうに思われている部分もあると思うのです。それに乗って行きたいなと思っていただけるような、そういう移動の道具がつくれるといいなと考えています。

北嶋:私は鉄道ファンでもあるのですが、やっぱり(鉄道には)ファンだけが感じる魅力ではなく、普通の人も感じられる魅力がたくさんあると思います。交通機関は今、さまざまな意味で転換期だと言えますが、その中で改めて鉄道がどういう魅力を発信するのか。そこを掘り下げていく、または新しくつくっていくのがわれわれの仕事の中で必要になってくるところかなと考えています。

デザインの持つ可能性

――皆さんのお話を聞いていると、デザインの可能性って私たちが認識している以上にありますね!


インタビューする久野知美アナと山田さん、若尾さん、北嶋さん(撮影:梅谷秀司)

山田:美しいモノがあると心地よくなるのですよ。心地いい、心安らぐというのは「安心」ということ。安全と安心はかなり違っていて、安全はテクノロジーでなんとかなっても、安心はそうじゃないですね。

安心というのは、母親のお腹の中にいたときの守られていたあの感覚が身体に残っていて、そういう状態に近づいた瞬間に感じるのじゃないか。それは固有の文化かもしれない。そのメカニズムを説明して、本当の安心を提供できるようにしていくっていうのが僕らの仕事じゃないかなと思うのです。

 ―取材を終えて―

GKデザイングループさんのお話を聞いていて、いつも思うのがビジョンが明確に共有されていること。そして、各々がその持ち場で輝けるのは、その確固たる信頼とチーム力があるからこそということです。鉄道をはじめ、普段何気ないところで目にするデザインに私たちは行動を促されているのかと思うと感慨深いところがあります。かつて、大学で心理学を学びましたが「アフォーダンスの理論」を思い出しました。

皆さんのおっしゃるような、マナー向上、品のよい公共交通の使い方というものが近い将来、当たり前のように根付いていくと沿線の治安もよくなりそう。高級ホテルのラウンジで、必然的に背筋が伸びるのと同じ原理でしょうか。そうしたマインドも含めて鉄道技術を海外へ輸出できると、日本ならではの文化も普及できそうですね。"鉄「道」"、とても奥が深いです。

今後、日々の業務に合わせて、対外的な広報活動にもますます力を入れていかれるとのこと。年に1度の鉄道デザインの祭典「レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング」でのお話も楽しみにしています!