暖かな拍手が降り注ぐ「ナンバー1コート」のスタンドの三方向に向け、深々と頭を下げる。

 表彰式のフォトセッションでは、フォトグラファーたちから「トロフィーにキスして!」とリクエストされ、溶けそうに照れながら、ぎこちなく優勝の証(あかし)に口を近づけた。


全英ジュニア男子シングルスを制した望月慎太郎

「スタンドに手を振るとかは、恥ずかしくってできないです。お辞儀だって恥ずかしいのに……」

 目尻を下げ、首をすくめるようにしながら打ち明ける姿は、本人いわく「シャイ」そのもの。だが、先月16歳を迎えたばかりのそのシャイな少年が、ひとたびラケットを手にコートに立つと、凛とした闘志をまとうアスリートに豹変する。

 少し背を丸め、ボールに飛びつき鋭くラケットを振り抜くと、山猫のようにしなやかな身のこなしでネットへと走り、時に柔らかなボレーを沈め、時に豪快なスマッシュを叩き込む。多彩で攻撃的なプレースタイルを支えるのは、いかなる危機にも動じぬ強心臓だ。

 1回戦では、最終セットで終始リードされながら剣ヶ峰で追いつき、逆転勝利を掴み取った。準決勝では、3本のマッチポイントをしのがれ逆転を許しながらも、今度は相手のマッチポイントを強気のプレーで切り抜け、土壇場で試合をひっくり返した。

 勝利の瞬間には、オフコートでの温和な笑顔からは想像もつかない、雄々しい咆哮(ほうこう)をあげる。ウインブルドンJr.で、日本人男子として初めて頂点に立った望月慎太郎は、175cmのまだ細身な身体に、カラフルなプレースタイルとパーソナリティを備えたテニスプレーヤーだ。

「しんちゃん、すごくいいですよ」

 IMGアカデミーで腕を振るう中村豊トレーナーから、「しんちゃん」こと望月慎太郎の名を聞いたのは、今年1月の全豪オープンの時だった。

 IMGで錦織圭らを少年時代から指導した中村氏は、マリア・シャラポワ(ロシア)のパーソナルトレーナーを経て、昨年から再びIMGで、フィジカル&コンディショニングのヘッドトレーナーとしてジュニアからトッププレーヤーまでを指導する。その彼が、望月の、竹のような身体のしなりや、周囲の情報を感知し瞬時に判断していく能力の高さに、太鼓判を押した。


中村トレーナー(左)の指導でフィジカルを鍛える当時15歳の望月

 この全豪オープンの時点での望月は、まだランキングが低く、ジュニア部門に出場していなかった。だが、5カ月後の全仏オープンジュニアでは、初出場にしてベスト4へと勝ち上がる。全仏ではその活躍に加え、錦織圭の練習相手を務めたことでも、テニスファンや関係者たちの注目を集めた。

 現在の望月が歩む道は、錦織がかつて切り開いた道でもある。

 盛田正明テニスファンドのサポートを受け、13歳の時に米国フロリダのIMGテニスアカデミーに留学。行くことを決めたのは自分の意志だが、当然ながら最初は多くの戸惑いが伴った。「行ったばかりの頃は、『How old are you?(何歳?)』すら、わからなかった」というほどに、コミュニケーションにも苦労したと言う。

 渡米し、直面した困難やカルチャーギャップは、テニスにしても同様だ。

「みんな僕より身体が大きいし、試合でも、普通にやったら負けてばっかりだった。パワーでは、確実に勝てないと思いました」

 ならば、どうすれば勝てるのか?

 コーチとともに考え、試合で試行錯誤を繰り返しながら、さまざまな球種を用いてコートを広く使い、最後はネットに出てボレーで決める独自のスタイルを築いていく。

 好きな選手はロジャー・フェデラー(スイス)だが、プレースタイルをマネしようと思ったことはない。大切にするのは、あくまで「自分の感覚」であり、「目先ではなく、将来を見据えて今に取り組む」こと。

 とはいえ、「内容のいい敗戦より、内容が悪くても、勝つほうがうれしい」という彼は、貪欲に結果も追い求めている。

「世界の一番になりたくて来ている。こんなところで負けていられない」

 朴訥(ぼくとつ)な口調で語るその言葉には、ドキリとさせられるほどの強い意志と渇望が宿る。

 今回のウインブルドンJr.優勝を、周囲は「快挙」と讃えるが、当の本人は「快挙って言われても……」と、困ったように首を傾げる。「ウインブルドン」という大会の名や、「日本人初」という惹句よりも、彼にとって重要なのは、「大会をまず優勝できたことが、自分にとっては成長だと思う」という、確かな歩みの実感だ。

 地に足をつけ、今回の優勝もあくまで、未来へのプロセスと捉える。

 その聡明さこそが、今大会で望月慎太郎が示した、最も優れたアスリートの資質かもしれない。