「定年男子」がまとまったおカネを持つと、投資で大失敗をしがちなのはなぜか(写真:マハロ/PIXTA)

今回、私たちファイナンシャル・プランナーの事務所に「おカネの相談」に来たのは、39歳会社員のN男さんです。有名企業に勤務のエリート会社員で、専業主婦の妻、小学生の息子さんと3人暮らしです。

実はN男さんは自らの話ではなく、お父さんのご相談でいらっしゃいました。早速、お話を聞いてみると、65歳のお父さんは、なんと「株式投資で数千万円も損をしている」というのです。

なぜN男氏の父は株式投資に大失敗したのか

N男さんは学生時代にコツコツと勉強し、一流大学に合格。大学卒業後は有名企業に就職し、以来、着実にキャリアアップを重ね順調に昇進してきました。家庭も円満で順調な人生を送っていましたが、1つだけ悩みの種がありました。

それが実父のことだったのです。株式投資にはまり、数千万円もの損失をだしているというもの。しかもそもそも株式投資を始めた資金は、N男さんのお母様の遺産というのですから、N男さんの心が穏やかではないのは頷けます…。

N男さんのお母さんはがんを患い、5年前に58歳という若さで亡くなりました。歩合制の営業の仕事をやっていましたが、営業成績はすこぶるよく、年収は上場会社の役員にもひけをとらないほどでした。コツコツ貯蓄にも励み、亡くなったときには預金だけで1億円以上もあったそうです。他にも貯蓄型の保険や株式、投資信託なども保有しており、結局、N男さんのお父さんは、夫として現金で5000万円以上相続したそうです。

当然、N男さんもそれなりにまとまった金額を相続しましたが、お父さんとは違い、相続した現金を教育資金、住宅購入資金などに分け、しっかりと貯蓄しました。

一方で、お父さんは、ちょうど定年退職になったということもあり、株式投資を始めることに。遺産の一部を投資する程度ならよかったのですが、なんと、お母さんから相続した財産のほぼ全額の約5000万円を株式に投資してしまったそうです。N男さんはその事実を知って、愕然としたそうです。

なぜ、お父さんは巨額の資金を株式に振り向けたのでしょうか。前述した通り、お母さんが高い年収を稼いでいたわけですが、お父さんは一般の会社員だったので、年収は800万円程度。かなりの年収格差がありました。夫婦仲はよかったそうですが、実はお父さんは密かにこの収入格差に悩んでいたそうです。

「収入も財産も妻の方が上なのは、男として情けない…。自分が死ぬときは妻よりもたくさんの財産を残したい!」と、株式投資で一発逆転を狙ったということです。

約5000万円の資産が、500万円に

お父さんは、遺産を手にするまで全く投資をしたことがなかったので、証券会社の窓口に行って情報を収集。証券会社のオススメの株を中心に投資をしていました。ところが買った株のほとんどが値下がりしてしまうという深刻な事態に陥ってしましました。

しかも、それだけではなかったのです。損を取り戻そうと、付け焼き刃の知識で信用取引(証券会社などからおカネと株を借りてする取引のこと)にも手をだしてしまったのです。しかし信用取引でも失敗、買った株がどんどん値下がりし、ついには、追い証(追加証拠金の差し入れ)までしなくてはいけなくなったそうです。

それまでお父さんは、N男さんには内緒で株式投資をやっていたそうですが、5000万円の資産が残り500万円となってしまったときに、打ち明けられたとのことでした。

N男さんは、その事実を知ったときには愕然としましたが、このままお父さんを放置していたら残りの500万円も失ってしまうと思いました。誰に相談しようかと悩み、いろいろ調べ、投資などにも詳しいファイナンシャル・プランナーを探していたところ、筆者に辿りついてくれたわけです。

筆者への要望は、「父には今のままでこれ以上、投資をさせる気はありません。そもそも信用取引のことだってよくわかっていないはずです。専門家の視点から、株式投資で成功するためには一体どんな勉強や投資方法が必要なのか、そもそもの投資の基本をレクチャーしてくれませんか」ということでした。お父さんのやり方では「到底成功できない」ということをわかってもらいたい、というわけです。

資産を守りながら、おカネを増やす戦略が有効

後日、筆者のところにN男さんとお父さんがやってきました。びっくりしたのは、お父さんが開口一番「どの株が儲かりますか?」とおっしゃったことです。聞きませんでしたが、おそらくN男さんは「儲かる銘柄を教えてくれる人がいるから」などの理由でうまく誘いだしたのでしょう。

雑談をしながら打ち解けたところで、筆者は僭越ながらお父さんに株式投資で大成功するのはプロでも難しいこと、その理由、そもそもの資産運用の考え方などをレクチャーしました。

資産を守りつつ、おカネを増やすには「コアサテライト戦略」で資産形成を行うのが良いと考えています。この戦略は、機関投資家なども実践していて、資産形成のコアとなる部分は安定成長・長期運用で行い、サテライト部分で積極的に利益を狙った運用を行うというものです。

筆者は外資系の生命保険会社の資産運用部門で働いていたのですが、当時は「外資系」と言っても、総資産の多くは日本国債を中心とした債券で安定運用・長期運用を行い、残り(最大3割程度)を株式、外国債券(主に米国債)、ハイイールド債券といった高リスク資産に振り向け、それなりの利益を狙った運用を行っていました。

こうしたコアサテライト戦略は個人の資産運用でも有効です。個人の場合、メインであるコア資産の例は定期預金、インデックス型の投資信託、iDeCo(個人型確定拠出年金)、企業型確定拠出年金、つみたてNISA、純金積み立てなどがあります。サブとなるサテライト資産は、株式投資、アクティブファンド、FXなどです。コア資産は7〜9割、サテライト資産は1〜3割が目安です。

コアサテライト戦略のルールは、もし「サテライト資産の一つが大きく損をしても、コア資産を削って継ぎ足さないこと」です。損をしたからといって、安易に継ぎ足していると、さらに損失が広がる可能性がありますし、コア資産が無くなっては、安定的な資産形成が困難だからです。コアの部分で資産を着実に築いているからこそ、積極的に攻めることができるのです。

話をしている最中、ところどころでお父さんから反発は見られたものの、最後には「そりゃあ、負けるわけだね…。」とポツリ。500万円はN男さんが管理することになりました。

後日、N男さんから連絡があり、「父も身にしみたみたいで、とても落ち込んでいました。ただ、熱意を注いできた株ができなくなってかなり塞ぎ込んでいたので、かわいそうになりまして。『50万円だけ好きに使っていいよ』といって渡しました。少額で投資できる銘柄を複数買って、楽しんでいるようです」とのことでした。

金額の多寡はともかく、今回のケースのように、「一発逆転を狙って全財産を投資につぎ込み、失敗を重ねる」という人は意外に多いのです。もちろん投資の勉強ばかりでいつまでも行動しないのは問題ですが、「まずは試しに」というときには、少額から始め、そのおカネが万が一なくなっても困らない程度で始めることが大切です。

改めて今回のケースを通して、投資経験がない人がいきなり多額の資金を投資につぎ込んでしまうことのリスクの高さ、そして、「損を取り返してやる!」という感情に支配されてしまうと、冷静に物事を判断できない怖さを感じました。

人間はどんなに意志が強くても感情に左右される生き物なので、今回のN男さんのお父さんのようになる危険は誰にでも潜んでいます。投資をするときには、心の余裕、資金の余裕、積み重ねた経験値が大切です。