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「あのときは寝ずに頑張った」と武勇伝を語る人がいる。だが、そこには誇張やウソがあるはずだ。短時間睡眠が続けば、業務の効率は落ち、心身の健康を崩すことがわかっている。では、睡眠時間はどれぐらいが適切なのか。睡眠の専門家たちの見解を紹介しよう――。

※本稿は、伊藤和弘・佐田節子著、三島和夫監修、『疲れをとるなら帰りの電車で寝るのをやめなさい』(日経BP社)を一部再編集したものです

徹夜の翌日、頭がぼーっとして仕事にならなかったという経験を持つ人は少なくないだろう。

徹夜明けの頭は確かに働かない。オーストラリアの研究では、24時間起きっぱなしでいると、ビール大瓶1本程度を飲んだとき(血中アルコール濃度0.1%に相当)と同じくらいパフォーマンスが低下すると報告されている(※注1)。

多くのビジネスパーソンにとって、毎日は時間との戦いだ。まさに寝る間も惜しんで、仕事に励むことが美徳とされている。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島和夫さんは、「現代はちょっと朝型で睡眠時間が短めの人のほうが有利な社会。できるだけ眠る時間を短くして、その分を仕事や余暇に充てたいと思うビジネスパーソンがますます増えている」と語る。

■50年で1時間短くなった日本人の睡眠時間

実際、日本人の睡眠時間は減ってきている。NHK国民生活時間調査(2010年)によると、国民の平均睡眠時間は7時間14分。調査を始めた1960年に比べると、約1時間も減少している。特に40代、50代では平日は6時間台だ。

世の中には「4〜5時間寝るだけでいい」というような短時間睡眠法も出回っているが、これについては健康への悪影響を心配する声が少なくない。

近年の研究によって判明したことだが、寝不足が続くと太りやすい。睡眠時間が短いほど食欲を促すホルモンの「グレリン」が増え、反対に食欲を抑えるホルモンの「レプチン」は減少する。二重の意味で太りやすくなるわけだ。

また、三島さんらの研究では、睡眠不足が5日間続くだけで、不安や抑うつが強くなることも確かめられている。「睡眠不足のときに不快なストレスを受けると、情動にかかわる脳の偏桃体が熟睡したときよりも活発に働くことが分かった」と三島さん。

例えば、ミスをして上司に叱られた場合、睡眠不足のときはグッスリ眠ったときより心のダメージが大きくなるということだ。

さらに慢性的な睡眠不足は、メタボや高血圧、糖尿病などの生活習慣病や心筋梗塞、脳卒中、免疫力の低下などのリスクを増大させる。これらのことも、いくつもの研究で明らかになっている。

こうした健康への悪影響は、業務の支障も招く。例えば、バスやトラック、電車などの運転手が居眠り運転をして、大きな事故につながったことがあった。事故の背後にあったのが、睡眠時無呼吸症候群だ。このような睡眠障害による事故や生産性の低下は、当然のことながら、経済的な損失をもたらす。日本大学医学部精神医学系の内山真教授らが2005年に行った試算によると、勤務中の眠気による作業効率の低下や事故、健康状態の悪化などによって生じる日本の経済損失は年間3兆4694億円にも上る。

海外では、米国で1979年に起こったスリーマイル島原発事故や、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故、旧ソ連で1986年に発生したチェルノブイリ原発事故も、スタッフの睡眠不足が主な原因の一つと報告されている。社会全体にとっても、睡眠不足のツケはあまりに大きいのだ。

■「寝過ぎ」もかえって寿命を縮める!?

それでは、とにかくたくさん眠ればよいのかというと、そうでもない。よく「8時間の睡眠がベスト」などということを耳にするが、睡眠時間は加齢とともに短くなるのが一般的だ。実際、中高年はベッドにいる時間が長くても、本当に眠れている時間は短くなる一方。「個人差はあるが、平均すると30歳には7時間を切り、70歳には6時間を切ります」と三島さんは言う。

では、どうすればいいのか。個々人の最適な睡眠時間については、4〜5時間の短時間睡眠を続けないほうが良いことは確かだ。三島さんは、「短時間の睡眠法は、仕事がどうしても立て込んでいる数日間だけなど、期間限定のテクニックと解釈すべき」と警告する。睡眠不足は健康に悪影響を与え、最終的には死亡リスクも上げる。興味深いのは寝過ぎでも死亡リスクが上がってしまうということだ。111万人以上を対象にした米国の大規模調査では、死亡リスクは7時間前後眠っている人が最も低く、それより睡眠時間が短くても長くても高くなる結果となった。日本人を対象にした調査でも、同様の傾向が示されている。

■体を壊さなかった人が最後には勝つ

いずれにしても、睡眠と健康には密接なつながりがあることが、近年の研究や調査によって明らかになってきている。それでも会社で出世するためには睡眠を削るしかないと考えている人に、内山教授のアドバイスをお伝えしておこう。

「会社の同期に優秀な人が何人かいて、その中から一人がトップとして残る。それはどういう人かと言うと、体を壊さなかった人なのです。30代、40代に睡眠を削って無理をしてきた人は、50代になって体を壊し、結局は出世競争から脱落することが多い。年配の社長さんが『寝ずに頑張った』などと、若い頃の武勇伝を披露することがありますが、本当のところは寝ない日もあれば、ちゃんと休んでいる日もあったはず。でなければ、年を取っても元気ではいられないと思います」

睡眠をおろそかにすると出世にも響くということか。できるビジネスパーソンは、眠りのツケをためてはいけない。

※注1 Nature. VOL388.17.July.1997

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三島 和夫(みしま・かずお)
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神生理研究部長1963年生まれ。秋田大学医学部卒業。同医学部精神科学講座助教授、米スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授などを経て、2006年より現職。日本睡眠学会理事。著書に『不眠の悩みを解消する本』、『8時間睡眠のウソ。』、『朝型勤務がダメな理由』など。
内山 真(うちやま・まこと)
日本大学医学部精神医学系 主任教授1954年生まれ。東北大学医学部卒業。ドイツ留学、国立精神・神経センター(現精神・神経医療研究センター)精神保健研究所精神生理部長などを経て、2006年より現職。日本睡眠学会理事長。著書に『睡眠のはなし』、『睡眠障害の対応と治療ガイドライン第2版』など。

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(国立精神・神経医療研究センター部長 三島 和夫、日本大学医学部精神医学系 主任教授 内山 真 写真=iStock.com)