長谷川裕也 靴磨き職人、靴磨き専門店「 Brift H(ブリフトアッシュ)」代表

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「靴磨きを始めると人生がうまくいく」。20歳で靴磨きの世界に飛び込み、2017年に「世界一」の称号を得た長谷川裕也さんはそう言います。ポイントは、人に頼むのではなく、自分の手で磨くこと。長谷川さんはその結果、「7つの効用」があらわれ、人生が好転するといいます――。

■たかが靴磨き、されど靴磨き

私は高校卒業後、地元製鉄所での勤務や英会話学校の営業を経て、なんのキャリアもないまま20歳で「靴磨き」の世界に飛び込み、東京丸の内の路上で靴磨き職人としてのスタートを切りました。試行錯誤を経て、最後は品川の路上で靴を磨くようになり、その頃には行列のできる靴磨き屋になることができました。

その後、ネット上で靴磨き専門サイトを開くなどして、2008年南青山に、カウンタースタイルの靴磨き専門店「Brift H」(ブリフトアッシュ)を開業しました。

靴磨きは仕事の移動途中に「ついで」にするという常識を変えたく、サロンのような店舗でドレスアップした職人がカウンターで靴磨きをするという「わざわざ靴磨きに行きたくなる店」をテーマに、日々スタッフたちと奮闘しています。

だからといって、これを読んでいる皆さんに「お店に来てください!」とお誘いしたいわけではありません。むしろ「あなたの手で靴を磨いてみてください」とおすすめしたいのです。なぜなら、自分の靴と毎日のように向き合うことで、心とカラダが整い、人間関係も生活も仕事もうまくいくようになり、人生が好転しはじめるからです。私は毎日真剣に「靴磨きのよさを、世界中の人にお伝えして、一人でも多くの方に元気になってほしい」と願っているのです。

最近はお客さまの靴を磨く際、次のような質問をさせてもらうことがよくあります。

「靴磨きを始めたことで、変わったことってなんでしょうか?」

すると、多くの方が不思議と口をそろえて、次のように話してくれます。

「靴磨きをすることで、人生が好転しはじめた」

「たかが靴磨きではないか」と思われる人がいるかもしれません。しかし、お客さまの話を聞いていると、靴磨きの素晴らしい効果に、私自身も驚かされるのです。ここでは、そんなお客さまの体験をもとに知ることができた、靴を磨いて起こる「プラスの変化」を紹介していきます。

■きれいに磨かれた靴は好印象を与える

靴を磨くだけで、人生が好転しはじめる理由――。それは、「靴磨き」とは究極のセルフマネジメント、つまり「自己管理」だからです。平たくいうと、「靴磨き」とは、カラダ(見た目)と心を整える最良の方法。まず、靴がきれいだからといって悪い印象を抱く人はいないでしょう。足元を整えることで、見た目がどんどんよくなり好印象な人に変わっていきます。

さらに、気持ちが穏やかになり心が整えば、それまで混乱していた頭はスッキリします。自信もわき、後ろ向きな考え方が建設的になります。「何かをしたい」という積極的な気持ちも出てきます。そして自分自身の心が整えば、周りにも優しい気持ちを向けることができます。そうなると、対人関係だってうまくいくのです。つまり、私が伝えたい「靴磨き」の効用とは……。靴磨きを通してカラダと心を磨きあげること。ここでは「靴磨きを始めると、なぜ人生がうまくいくのか」、靴を磨いた人に起こる7つの変化を挙げて説明します。

1)仕事へのモチベーションが上がる

多くのビジネスマンが、靴磨きの効果としてまず挙げるのが、「仕事に行くのが楽しみになる」「会社に行きたくなる」「取りあえずやる気が出る」といった、「モチベーションのアップ」についてです。彼らの多くは、自分でケアするときは「週末、家で靴を磨く」といいます。そんな磨きあげた靴を、月曜の朝に見たとき。「ワクワクする」「特に根拠はないけれども、自信がわいてくる」「仕事がなんだかうまくいきそうな気がする」……。靴を磨くだけで、このように、ポジティブな気持ちで満たされるのです。

2)好印象になる

きれいに磨かれた靴から漂うのは「清潔感」と「さわやかさ」です。当然それらは、相手に好印象を与えます。例えば多くの女性は、「清潔感」「さわやかさ」を重視します。よくいわれるのが、頭(髪型)、手(爪)、足(靴)など、先端を美しく保つことは身だしなみの基本であり、もっとも気をつけなければならない、ということ。逆にいえば、靴をきれいにするだけで全体の印象を一気にアップさせることができるのです。

3)自信が出る

なぜ、きちんと磨かれた靴を履くと自信が出るのでしょうか。その答えとしては「『鎧(よろい)』をまとうことができるから」というのが感覚的に一番しっくりきます。「鎧」というとスーツを連想する方もいるかと思いますが、私は靴まで含めての鎧だと思っています。靴がきれいなことで人は安心感を得ることができます。もし靴が汚かったら、「なんか心もとない」「落ち着かない」「恥ずかしい」「見るたびにテンションが下がる」と不安な気持ちでいっぱいになってしまいます。それらが、いつのまにか自信を奪っていきます。

それとは反対に、きれいな靴を履いていれば、「今日の自分は、大丈夫だ!」と自分を肯定することができます。人は誰だって、無意識のうちに自分で自分を判断しています。特に靴は、いつでも自分の視界に入ってきます。いってみれば、きれいな靴はいつでも「大丈夫だよ」とエールを送ってくれる存在でもあるのです。靴は扱い次第で、強固な鎧にも、もろい鎧にもなる存在だということを覚えておいてほしいです。

■きれいな靴を履くだけで信頼感が上がる

4)信頼感がアップする

靴はビジネスアイテムの中で、もっとも汚れるもの。汚れるのは当たり前ですが、汚れているのが当たり前だと思っている人が多いことが問題です。皆さんの周りを見回してみてください。ホコリっぽかったり、キズが目立ったり、泥がはねていたり、靴底がすり減っていたり……、そんな靴を履いている人というのは意外と多いものです。だからこそ、「きれいな靴を履いているだけで、一気に信頼感が上がる!」という事実が生まれます。

やはり、きれいに磨かれている靴を履いている人と仕事をすれば、きちんと丁寧に対応してくれそう、スケジュールを守ってくれるだろうと思うはずです。反対に、汚れている靴を履いている人は、心の余裕がなさそう、時間管理ができていなさそう、セルフマネジメントどころではなさそう……と不安な気持ちがよぎります。実際にそうなのかは別として、そんなふうに思われる可能性が高いのは間違いありません。人と関わる仕事がうまくいかない。そんな悩みがある方は、基本中の基本である「足元」を意識する必要があるかもしれません。

5)身だしなみが洗練されてくる

靴がきれいになることで、カラダの下から上へと「洗練さ」が波及していきます。よく手入れされた靴を履くと、足元がスッキリ気持ちいい。すると靴下に気を遣うようになり、次は、パンツの丈やシルエットが気になりはじめ、続いてきちんとしたサイズのスーツを着るようになる。ワイシャツもカラダに合ったものを選ぶ。ウエストにも気を配りはじめ、生活も改善される……。このように、好循環が生まれ、全身が洗練されていきます。これは靴ならではの特徴です。初めに仕立てのいいスーツをそろえた人で、足元まで気を配れない人はいます。

しかし、靴を大切にしている人に、よれよれのスーツを着ている人はほとんどいません。なぜ靴が、こうしたメリットをもたらしてくれるのか考えると、その答えとして 「ベーシックなものへの『見る目』を養ってくれる」ということが挙げられます。靴を大切に長く履こうと思ったら、やはりベーシックなデザインのものを選びます。そしてスーツやシャツやパンツも、やはりベーシックなもののほうが印象をよくし、人に違和感や不快感を与えることはありません。「洗練さが増す」ということは、「ベーシックなものの選び方がうまくなる」ということと同じ意味なのかもしれません。 外見(服装)を整えたいと考えている人は、「まず靴から」がもっとも近道です。ベーシックへの「見る目」を磨いていきましょう。

■習慣が変わり、自分が変わり、人生が変わる

6)余計な出費がなくなる

靴を磨くようになると、多くの人は「履けなくなるまで、とことん1足を履きつぶす」ということはしなくなります。良質な靴を長く履こうとするはずです。つまりは「あの人の靴はいつもきれい」という印象を周囲に与え続けながら、靴全体のコストパフォーマンスを抑えることができます。

例えば、5000円〜1万円ぐらいの革靴を毎年履きつぶすのと、3万円以上の靴を大切に扱い10年以上気持ちよく履き続けるのとでは、後者のほうが経済的な面でもものとの向き合い方においても、実践してみたいと思うのではないでしょうか。良質な革靴でしたら、10年程度、お手入れ次第では20年履き続けることができます。「革の質がいいので、しっかり手入れをすればするほど革がなじみ育っていく」「革が自分の足の形にフィットしていく」「いつも気持ちのいい靴を履くことができる」。こうした経験が得られると、生涯に何十足も靴を買う必要がないということがわかります。自分が気に入った靴を、しっかり手入れして使っていったほうが、不必要な出費をなくすことができるということになるのです。

7)行動的になれる

磨かれた靴を履くと、人はどこか行動的になります。洋服を例にとれば、皆さんも経験があるのではないでしょうか。新しい洋服を初めて着たときは、いろいろな場所へと繰り出したくなるものです。靴も同じです。行動的になりポジティブな気分で出掛けることが、新しい出会いや発見につながります。そしてそれは、若い方はもちろん、どんなに年齢を重ねた方についてもいえることです。

「新しく発見すること」を面倒だと感じたり、煩わしく思うようになったりしたら、あらゆる成長が止まってしまいます。靴がきれいだから、行動的になれる。行動的になるから、新しい発見も増える。その結果、自分が成長できる。毎日の刺激がちょっと足りないと思っている方は、靴磨きをスイッチにして、新しい場所へ出掛けてみてはいかがでしょうか。

ただ靴を磨くだけでこんなにもいいことが得られます。足元が変わり、習慣が変わり、自分が変わり、そして人生が変わることを楽しんで実感していただけたらうれしいです。靴磨きをしたことがない人は、ぜひ今日から靴磨きを始めてみてください。最初は方法にこだわる必要はありません。軽くホコリを取ったり、固く絞った布で水拭きしてみたりでもいいです。社会に踏み出す足は、きれいに磨かれているに越したことはありません。靴とは「いい場所に連れていってくれるもの」なのです。

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長谷川裕也(はせがわ・ゆうや)
靴磨き職人1984年、千葉県出身。靴磨き専門店Brift H(ブリフトアッシュ)代表。2004年20歳のときに丸の内の路上で「靴磨き」を始める。約1年後、品川駅前の路上へ移るころには、行列のできる靴磨き屋として有名に。2008年6月、南青山にカウンタースタイルの靴磨き専門店、Brift Hを開店。2017年5月、イギリス・ロンドンで行われた「ワールドチャンピオンシップ・オブ・シューシャイニング(靴磨き世界大会)」で優勝し、「靴磨き世界一」の称号を得る。『自分が変わる靴磨きの習慣』(ポプラ社)は初の「靴磨き系自己啓発書」。近著に『靴磨きの本』(亜紀書房)がある。

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(靴磨き職人 長谷川 裕也 撮影=吉次史成)