第二創業期のベンチャーが内装に投資した理由  : 情熱のミーム 清水亮
実は今月、本社を引っ越すことにした。

引っ越すことにした、というか、同居してる会社がパンパンになり、「出てってくれ」と言われたから慌てて出て行くことになった、というのが正しい。

9月から秋葉原の隣の御徒町にGHELIA(ギリア)株式会社のオフィスを作ったので、とりあえずそこに避難することにする。春までには増床する予定だ。

さて、GHELIAのオフィスを選択し、設計するのが今年の大一番だった。

GHELIAのオフィスを選ぶ際に選んだ基準は3つある。

・秋葉原や本郷(東京大学)から近いこと

・それほど地価が高くないこと

・天井が高いこと

秋葉原から離れるのはハイテクベンチャーにとって死活問題である。まあWebサービスみたいなのを運営するだけならともかく、GHELIAの仕事はハードの調達や設計から行うことも少なくないので秋葉原にできるだけ近いに越したことはない。五反田でプロジェクトを進めていたときは秋葉原から冷却用のシリコンスプレーをピストン輸送するなんてバカなこともやっていた。

また、東大に近いというのも重要になる。東大生のインターンやアルバイトを雇いやすくなるし、そもそも東大の敷地の真横にドワンゴの研究所がある。ギリアはほぼ春日通り沿いなので、僕は春日通りを行ったり来たりするだけで一週間のうちに移動しなければならない全ての拠点を移動できることになる。

これまでは、湯島 本郷 五反田 たまに東銀座 というルートだったのが、御徒町 本郷だけで済むようになるのは大幅な時間短縮だ。

東京は交通の便がいいといっても、電車で移動中は仕事の込み入った話はできないし、タクシーや自家用車は渋滞で時間が読みにくい。物理的な移動は少ないに越したことがない。

また、御徒町から上野までは数分でいけるので、長岡に作った株式会社AIUEOまでほぼ90分で行けるというメリットもある。

土地の利はいいとして、次に家賃だが、今回は天井が高いことを重視しているのでどうしても家賃は高くなりがちだ。

天井が高いことのメリットはなにかというと、精神的な余裕である。

気のせいかもしれないが天井が低いと心の余裕がなくなる。古いビルだとOAフロアを想定していなくて天井がさらに低くなる可能性もある。

その代わり、普通は小さい会社が重視する住所のブランドには今回は拘らないことにした。

小さい会社や始まったばかりの会社はとにかく会社そのものにブランドがない。だから渋谷区とか品川区とか新宿区とか、もちろん港区とか、住所そのものにブランドイメージを求める傾向が強い。その結果、渋谷の雑居ビルとかの古い物件に入ることを受け入れなければならない。大概の場合、お客さんが来るよりも客先に出向くことが多いから、実際のオフィスが多少ボロくても気にしないという考え方だ。社員が少ない会社なら、これはこれで正しい。

ただし、今回は第二創業期にあたる。

第二創業期の場合、社員は最初から何十名もいるのが当たり前だ。したがって、いくら住所がキラキラしていても、古くて狭い雑居ビルにこれから引っ越すと考えると、単に滅入る。会社をやめたくなる。

住めば都、ではないけれど、ある程度の規模になったらちょっと変わった住所の場所でも、状態のいい物件に入ったほうがいいと判断したのだ。それでも文京区の物件よりは家賃は上がってしまった。これは仕方ないと受け入れることにする。

物件が決まったら次は内装である。

今回も内装はUEIの旧本社とゲンロンカフェをてがけた一級建築士の早乙女さんに頼むことにした。時間もないし。

今回、最重視したのは、コストとコスモポリタニズムである。コストを節約するためパースさえろくに作らなかった。それと静音性。

今回、エントランスはモルタルになった。早乙女氏いわく、「ニューヨークのソーホー地区」風だとのことだ。ソーホー地区には行ったことがあるがよくわからん。カネがかかっているように見えるが、これは実際にモルタルを塗ってエイジングしただけなので実はそれほどコストがかかっていない。

ちなみに今回、コクヨの家具は使っていない。



エントランスを入って廊下に当たる部分に行くと本棚がある。 

パイプは水道管、レンガは壁紙にすると聞いていた。

「しかしすごいなー、このレンガ、壁紙とは思えないくらいリアルじゃないか」

「あ、それ、本物のレンガです。予算あんまり変わんなかったんで」

本当か?



エントランスというのは、その会社のコンセプトを初来訪の人に一瞬で伝えるという役割を持っている。

冴えない会社はエントランスが冴えない。

もちろんエントランスが立派ならいいというものではない。どこにカネをかけているか、どこに手を抜いているかでその会社の方針が意図せずして伝わってしまう。

ここに本棚があるのはこの会社が、人々の頭のなかにあるイマジネーションを動力として、それを拡張・拡大するという意志が込められている。

宮粼駿の妄想ノートやホール・アース・カタログ、シン・ゴジラのゴジラ、地球儀、ローマの写真集などはイマジネーションを象徴するシンボルである。

さらに迷著Inside OLEやHumane Interface、そしてApollo13といったコンピュータの進化の歴史上、徒花となった本は、失敗からも学ぶという経営姿勢を象徴している。

真ん中にあるアイボは、これらのイマジネーションが結晶化して具体化させる、というメッセージだ。



小さい部屋にはそれぞれ、過去に実在した人工知能や空想上の人工知能の名前がつけられている。

クリストファーはアラン・チューリングを主人公とした映画「イミテーション・ゲーム」でチューリングが自ら生み出した「電子的頭脳」に名付けた名前である。

他にもうひとつ小さい会議室で「イライザ」というものがある。



会議室に備え付けのディスプレイは、コスト重視で投げ売りされていたDMMの4Kディスプレイ。

ディスプレイとしては十分な性能をもっているのだが、接続する画面が4Kになってしまい、マウスカーソルを見失うという事態に度々遭遇した。このあたりはOSに改善の余地があるのではないか。



メインの執務室はこんな感じ。この部屋のコンセプトはガラスによる遮音性と見通しの良さを両立したところ。

ここは主にな開発者や研究者が使う場所なので、できるだけ電話や話し声から遠ざけるというコンセプトになっている。

もちろん開発者同士も会話するため、完全に静音化することは不可能だが、ある程度は静かな状態を保てる。



総務や庶務など、電話対応が多い人達が使うために隔離した小部屋はJUIZと名付けた。

最初はHALにしようと思ったんだけど、反乱を起こされてはかなわないので、従順なJUIZにした。

ここもガラス張りで、狭い部屋でも閉塞感を感じないように工夫している。



メインフロアの壁は一面のホワイトボード。

プログラマーには手書きがなによりも大事だというメッセージと、単にでかいホワイトボードは実用性が高い。

円卓は共有用の深層学習マシンを置くスペース。真ん中が吹き抜けになっていて、円卓の外側から吸い込んだ空気を円卓の真ん中から逃す構造になっている。特注。

深層学習もクラウドだけでなくローカルでも回せるようにしておかないといろいろ不便なケースが多々ある。そういうときに使うための共有スペース。ちなみに液晶は以前この連載でも紹介した曲面ディスプレイ



社長室兼会議室。名前は「ラクター」90年代に流行した人工無能の名前に由来する。一度喋りだすと止まらないあたりがわりとイメージ的にあってるのではないか。

この部屋は急な来客が来てもガラスがあるので話がしやすい。

実はUEIにも社長室はあったのだが、別名「物置」と呼ばれていて、まあ要するにあまり仕事をしやすい環境ではなく、結局社長なのに自分の席がフリーアドレスという、よくわからない事態を招いた。

また、ときどき、取材に来た人などに「社長の席を見せてください」と目をキラキラさせて言われた時に、いつも座ってる小さいスペースに案内すると、皆一様にひどくガッカリしたような顔をするので、やはり立派に見える席が必要なのだ、ということでこうなった。

本棚を背負うとどんな人でも賢そうに見える、というのを岡田斗司夫のニコ生で知った。

また、社長室が不透明な壁に覆われていると、僕に話しかけていい状況かどうか部下が迷ったり、毎回急にノックされていちいち苛ついたりしていたという問題もある。

ガラス張りの社長室の使い勝手は極めて良い。

最初は「ちょっと贅沢しすぎたかな」と後悔した部分もあるが、しばらくすると圧倒的に便利だということに気づいた。

まず、多少の音なら遮蔽されるので、イヤホンを使わずにYoutubeを見ることができる。

僕の仕事の大部分は自分のイマジネーションを高める必要があるので、いろんな映像や音楽に気兼ねなく触れられる環境はとてもありがたい。

そのくせ、外部から僕がなにをしているところなのかわかりやすいし、僕もオフィスに誰もいないのか、誰か来たのかという状況の把握がしやすい。これ、不透明だとぜんぜん把握できなくて毎回ドアをあけて「誰か来たかな-」と確認しなくてはならない。これだけで気分が随分違う。

さらに、誰か僕に用事があるんだろうな、と近づいてくるのが予め見えるので、いきなりノックされて不愉快な気分になったりはしない。

これは作ってみないとわからないメリットだったので、ベンチャーの社長はみんなガラス張りの社長室を作ればいいと思う。



もちろんここにもホワイトボードがある。

右側にまだ片付けてないダンボールがあるのはご愛嬌。

自分専用の大きなホワイトボードがあるというのは便利だ。ただ、ドアの開く方向は逆にすればよかった。

なんかどうでもいいキーワードを書いて、遠くから眺めているだけでもイマジネーションが湧いてくるし、ここでちょっとした会議もできる。



XEROXの旧パロアルト研究所(PARC)という伝説的な研究所で、アラン・ケイがDynabookコンセプトを考えたりマーク・ワイザーがUbiquitousという概念を考えたりしていたわけだが、どういうわけか彼らはビーズクッションに座っていた。

天才的な発想の裏にはビーズクッションがあるという話は、マウンテンビューのコンピュータ歴史博物館にPARCのビーズクッションが飾ってあることからも明らかで、ビーズクッションとホワイトボードがなんとしても必要だと訴えると、

「ビーズクッションがあるとルンバが埋まって掃除できない」

という理由で却下されかかった。

それならばいっそ和室にしてしまえ、というわけで琉球畳の和室を作った。なぜか本郷にあった頃から毎回、僕がオフィスを作ると畳の場所ができてしまう。もちろん仮眠もとれるし、PCの組立作業場としても使える。

この部屋の名前「森田」は、もちろん日本が産んだコンシューマ人工知能、森田オセロから頂戴している。

今回は全体的にコスモポリタンなオフィスに仕上がったのではないかと思う。かなりのコスト制限の中、早乙女氏はよくやってくれた。

やはり内装がいいとやる気が出る。

投資するならまず内装だな。やっぱり気分が違うし、ずっといる場所だからな。