作業をしない解体業者の「デジタル破壊」

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新たな成長市場を見いだすのは難しい。そう考えるのは、まだ早い。成長市場は意外なところにあるのだ。ビルやプラントの解体などを手がけるベステラ(東京・墨田区)は、デジタル技術を駆使し、解体業に創造的破壊(デジタル・ディスラプション)を巻き起こしつつある。神戸大学大学院の栗木契教授が解説する――。

■縮むパイの中にある成長市場

今、日本国内に閉塞感が蔓延するのは、成長市場が見いだしにくい経済環境にその根本を見いだせる。とはいえ、そんな日本にも今後、成長が見込まれる市場はある。モノを生産し供給する「動脈型」産業が、かつてに比べて細っているのは自明だが、すでに蓄積されたストックの再利用や処理に関わる「静脈型」の産業についてはどうだろうか。

ビルやプラントの解体や更新は、静脈型産業のひとつである。高度経済成長期以降、日本国内には、ビルやプラントなどのストックの蓄積が進んだ。今後は、その解体や更新を請け負う企業への需要が拡大していくことが見込まれる。市場となるのは、建築後50年以上が経過した建物や施設である。

現在日本は、老朽化した建物や施設の急増期を迎えようとしている(図1)。今のところ、建築後50年を経過しているのは、1960年代半ばまでに建築された建物や施設である。しかし、その頃までの日本国内の年間建築投資は10兆円に満たない。

ところが、1980年には日本国内の年間建築投資は50兆円、1990年には80兆円前後の水準へと大きく拡大していき、その後も40兆円を割り込んでいない。インフレの影響を割り引いたとしても、今後、国内で解体や更新の対象となる建物や施設が増加するトレンドは、長期にわたって続く。

「つくる」ことが花形だった時代と決別し、新たなビジネスモデルを組み立てる必要が高まっている。

■デジタル・ディスラプションを取り込めない

現在の国内の閉塞感の背景にあるもう一つの問題は、デジタル・ディスラプション(digital disruption)というフロンティアを、多くの日本企業がうまく事業に取り込めていないことにある。

デジタル・ディスラプションとは、デジタル時代に広がる事業の創造的破壊を指す。デジタル時代のイノベーションは、物理的な実体ではなく、デジタル情報を駆使した手段によって主導される。

自動運転にシェアリング。デジタル環境のもとでは、センサーとITとロボティクスが結びつくことで、従前とは仕事の進め方、利用の方法、さらには競争や共同の相手となるプレイヤーが大きく変わっていく。自動車産業だけではない。このイノベーションに参加する際の障壁は、小規模なスタートアップ企業にとっても高くはなく、デジタル時代の創造的破壊の頻度と範囲は大きく広がると見込まれている(J.マキヴェイ『デジタル・ディスラプション』実業之日本社、2013年)。

このデジタル・ディスラプションによって、追い風をさらなる飛躍に結びつけようとしている例外的な日本企業が、解体業を基幹事業とするベステラ(東京・墨田区)だ。

■ロボットが「りんごの皮むき」!!

ベステラは2015年にマザーズに上場、2017年9月には東証一部に昇格した。製鉄・電力・ガス・石油などの大型プラントの解体工事を主要な事業としており、2017年1月期の売上高は41億円(図2参照)。規模を追うのではなく、プラント解体工事のなかでも施工計画や施工管理などのマネジメント領域に業務を特化する「持たざる経営」を貫いてきた。

ベステラが特異なのは、解体工事の司令塔的な役割を担う企業であるにもかかわらず、実際の工事は外注することである。すなわち、人を出して現場で作業を行うのは別の会社であり、ベステラ本体は施工のための重機なども所有していない。では、同社の強みは何なのかというと、自社で開発した数々の独自の工事手法である。

プラント解体の実際の工事は、複数のプレイヤーが参加する分業構造の中で進む。その中のマネジメント領域に特化してきたベストラは、デジタルな情報手段によるイノベーションに取り組みやすい。人材や重機の余剰を危惧する必要のないことも、デジタル・ディスラプションを進めることを容易にしている。

ベステラは、センサー、ロボティクス、画像処理などのデジタル技術を活用することで、解体や更新の工事の現場を変えてきた。2004年には、その第一弾ともいえる「リンゴ皮むき工法」を発表している。

「リンゴ皮むき工法」とは、ガスタンクなどを、りんごの皮をむくように解体していく工法である。従前のガスタンクの解体は、つくった時の逆を追う工程で進められていた。足場を組み、鉄板を一枚一枚はがしていく。はがした鉄板は、大型クレーンで吊っておろす。危険な高所作業をともなう長期の工期が必要となる。

ベステラは、ここにロボティクスを持ち込んだ。鉄を切除するロボットを大型クレーンから吊してタンクの中心部からグルグルと這うように自走させていくのである。切断された鉄は、りんごの皮のようにつながり、ゆったりと地上に降りていく。ポイントはタンクの下部を先に切断することにある。この工法は、風の影響も受けにくく、安全であり、かつ足場も不要で工期も短くなる。

 

■「3次元計測」駆使し課題を解決

ベステラのデジタル・ディスラプションの第2弾は、「3次元計測(3Dスキャン)」である。3次元計測とは、すでにある建物や施設の内部あるいは外部などを計測してデジタル・データ化し、パソコン上などに3次元空間で画像化した図面情報として再現する技術である。

ベステラはこの3次元計測サービスを2015年から開始しており、原子力発電所や火力発電所などの大規模施設をはじめとした各種の3次元計測サービスを受注している。

3次元計測は、次のように行われる。まずはデジタル・レーザ・スキャナを使い、対象となる建物の内部などを3D点群データ化する。そしてこれを、デジタル撮影した画像データと組み合わせてコンピュータ上でモデリングを行い、3次元空間画像化する。

この3次元空間画像は、単なる写真とは違う。建物や施設の図面として必要な情報も備えており、寸法などの正確な確認、さらには入れ替え設備の移動についての動画シミュレーション、あるいは解体の手順の動画シミュレーションなどを行うことができる。もちろんデジタル・データなので、2次元の図面に変換し、プリントアウトすることも可能だ。

なぜ3次元計測が、建物や施設の解体や更新の工事に必要なのか。

第1に、解体や更新の工事では、「図面がない」ことが少なくない。50年前に建設された建物や設備だと、図面が残っていないことは珍しくない。

第2に、解体や更新の工事では、仮に図面が残っていたとしても、それは2次元の図面である。50年前に3次元CADはない。一方で、今後の解体や更新の工事の需要増をにらむと、この2次元の図面を読み解くことができる専門人材の不足が予想される。

第3に、解体や更新の工事では、「図面と現物は異なる」ことが少なくない。50年もたてば、その間に、増改築が繰り返され、建設当初の図面と現状の設備は一致しない。あるいは経年変化のなかで、パイプなどに歪みが生じることもある。特に各種のプラントなどでは、このパイプ内を慎重な扱いを求められる化学物質が流れていたりする。

したがって、解体や更新の工事にあたっては、建設時の図面に頼り切っていては危険であり、現物を見ながらの勘と経験での作業が進められてきた。ここでも、今後をにらむと人材不足が予想される。

■差別化の源泉は泥臭いノウハウ

さらに、これまでにベステラは、大手設計会社をクライアントに大型設備の現況データ計測を実施。3D点群データと3D−CADを駆使して精密な改修や解体のプランニングにつなげている。また3D点群データは、自動運転などロボティクスのベースとなることから、ベステラではロボットと重機を組み合わせた自律解体を目指して大学等と共同研究を進めている。

デジタル・ディスラプションに取り組むことで、成長市場の追い風のもとにある国内企業は、その風をより強く、そして大きく受けとめることができるようになる。ベステラの事例はこの可能性を示している。各種のデジタル技術の発展は著しい。この動きを取り込まずに、漫然と眼前の市場の成長余地に向きあっている企業は、千載一遇のチャンスを取り逃すことになるだろう。もちろん非成長市場の逆風のなかで事業を前進させていくのにも、デジタル・ディスラプションは有効だ。

ベステラの事例で興味深いのは、「3次元計測」のようなデジタル・ディスラプションに挑むことで、大型プラント解体に限定されない各種の建物や施設の解体や更新、さらには自動運転などへと事業を拡張していく可能性をつかんでいっていることである。

加えて、デジタル・ディスラプションには、先端テクノロジーの社内開発は必ずしも必要不可欠ではない。ベステラは、「りんごの皮むき工法」や「3次元計測」を、市販されている機器やソフトなどの組み合わせで実現している。そのなかでのベステラの差別化の源泉は、デジタル・スキャナをどのように現場で動かせば、効果的に計測を行うことができるかといった、実は泥臭いノウハウの社内での蓄積にある。

さほど特別・特殊な企業でなくとも、成長市場を見いだし、取り込んでいくのは決して不可能ではないのだ。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)