出口治明氏(左)と木庭康宏取締役(右)。「木庭くんの長所はまず、全体を見る力“俯瞰力”ですね」(出口氏)「出口さんの尊敬できる点は、分かりやすいメッセージを繰り返し言い続けるところ」(木庭氏)

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ライフネット生命の出口治明氏が今年6月の株主総会で会長を退任し、新たに30代の若手2人を後継に指名。大胆な若返りを断行した。「2人の年齢を足したら、ちょうど僕と同じくらいの歳になる」(出口氏)そうで、その一人が前回ご紹介した33歳のゴールドマン・サックス証券出身の森亮介氏。もう1人が今回ご紹介する木庭康宏氏だ。木庭氏は30歳で厚生労働省からライフネット生命に転職したという、異色の元官僚。出口氏、木庭氏にそれぞれ話を聞いた。

■全体を見てフェアに判断する能力が傑出

――まず出口さんが、木庭さんを取締役に推薦したポイントを聞かせてください。

【出口】僕が思うに、木庭くんの長所はまず、全体を見る力“俯瞰力”ですね。忘れられないエピソードがあります。僕が30歳の頃、英国大使館に勤務する英国人とご飯を食べていると、「最近、日本のコマーシャルが変だ」と言うんです。何のことを言っているのか聞いてみたら「にっこり笑ったおじいさんが法被を着た男の子と拍子木を打ちながら『戸締り用心 火の用心』と言っていた。同じおじいさんが世界の子どもたちと『かごめかごめ』を踊りながら『天下は一家 人類みな兄弟』と言っている。クレイジーだ」と。「え、なんでクレイジーなの?」と聞いたら、「だってみな兄弟だったら、戸締りはいらないはずだよ」。僕は言われるまで、全く気がつかなかったんですよ。

木庭くんはその英国人のように、全体をきちんと見て、フェアに判断する能力が、当社の中では傑出していると思います。「これは社長が言っているから」とか「ヒラ社員が言っているから」とかいうことに関係なく、フェアに物事すべてを見ることができる。フェアということは、全体をきちんと見ることができているということですよね。これは上に立つ人間として、とても大事な資質だと思います。

ただ、他人が見ている長所と本人が自覚している長所は、違うのが普通なんですよ。僕は「気が長くてゆったりしていますね」などとよく人から言われますが、実際はものすごく気が短いんです(笑)。

■リーダーは育てるものではなく、見つけるもの

――出口さんは、森さんについては「難しいディールをまとめる突破力が武器」とおっしゃっていました。ズバリ木庭さんの武器は何でしょう。また、新しく取締役になったお二人に今後、最も期待することは?

【出口】木庭君は何のスペシャリストかと言えば、まず法律に詳しいし、リーガルなセンスにすごく長けていますね。それだけでなく先ほどお話ししたようにリーダーに求められる全体を見る眼やフェアネスという「スキル」と「資質」がある。

僕はよく言うんです。「リーダーは育てるものではなく、見つけるものだ」と。中学校や高校の部活で、運動部に入っていた人たちに聞いてみてください。新入部員が入ってきて、その後、先輩として2〜3カ月後輩の指導をする。その時「正選手になれるか控え選手かということが分かるか?」と。ほとんど全員が「分かる」と答えます。スポーツの世界は、運動神経やセンスを見れば分かりやすいですよね。

でも、控えの選手がキャプテンをやっている場合もあるでしょう。野球は下手だけれど、チームをまとめるのはすごく上手い。その能力は、4番エースで150キロを投げる能力とは全く別のものです。やはり経営者にとって必要なのは、その人の適性をよく見て異なる才能や能力を伸ばす力。そういう面では、木庭君は入った時からリーダーになる素質があると思っていました。若くても選手を上手に使える監督はたくさんいますから。

彼らに期待していることは簡単で、「業績を上げてください」ということに尽きる。中期経営計画達成に向けて、力を合わせて頑張って欲しい。それが望むことの全てです。どんな会社でも、業績を上げなければいけない。僕は、経営は彼らに任せて業績がどんどん上に上がっていくのを早く見たいと思っています。

■大事なのは考えが尖っているかどうか

――森さんの「突破力」と木庭さんの「俯瞰力」にバトンをつないで、さらなる飛躍への挑戦をされるわけですね。以前、出口さんは本誌連載「悩み事の出口」の取材で「尖った人がいい」とおっしゃっていました。木庭さんは、誠実で物静かな印象ですが、尖っているんですか?

【出口】尖っています。大事なのは、「考えていることが尖っているかどうか」です。大手と同じことをやっていたらベンチャーは必ず滅びます。大手は社員数も多いし、資金力もあるわけだから。小さいベンチャー企業が生き残っていくためには、一人ひとりが尖るしかないんです。でも、尖るというのは人格的にではなく、何よりも深く物事を考える力。そういう意味で、木庭君はとても尖っていると思います。

――木庭さんに伺います。出口さんによれば、「木庭さんは尖っている」そうですが、ご自身は自覚されていますか? 

【木庭】どうでしょう(笑)。もともと公務員で、政策立案などの仕事に携わっていました。民間企業以上にいろいろな制度や利害関係が複雑にからみあう世界で働いてきたので、もし「全体を見る力がある」としたら、それまでの仕事がそうさせてくれたのかな、と思います。私は30歳過ぎにライフネット生命に入社しましたが、厚労省からベンチャー企業に行く人はあまりいないですね。他の省庁には割といるのかも知れませんが。そういう意味では、尖っているのかもしれません。

それから医療政策もやっていたので、医療サイドのことにも興味があります。保険会社にいても、そういう視点の人は必ずしも多くないのではないのかなと感じます。保険会社は金融業ですが、それだけではなく実際に給付金を使う場面でのサービスも大事。両方を一緒に考えることで、お客様にとっての課題解決になると思っているので、そういう考え方は周りから見ると、尖っているというふうに映るかもしれません。

■民間の方が国民の生活を豊かにできる

――なぜ、厚生労働省を辞めて、ライフネット生命に入ろうと?

【木庭】厚労省を辞める直前は、「協会けんぽ」という中小企業向けの公的な医療保険の団体に出向していました。もともと厚労省へ入ったのは、生活を豊かにしたいと思ったからです。でも2008年のリーマンショック後の仕事では、社会保険料を上げなければならなくなったり、社会保障の給付を削らなければならなかったりで、「これは何か違うな」と感じることもありました。当時は国民の日々の生活を守りたいと思って入ったのに、少子高齢化で負担を増やすことや、給付を減らすことを考える業務をやっていたわけです。

その一方で、私はちょうど大学生の時にインターネットが普及しはじめた世代にあたります。大学生のときに所属していた国際交流団体の活動で、国際電話をするとものすごくお金がかかることを体感した時代から、スカイプを使うことでまったくお金がかからなくなった時代への転換期。そのようなテクノロジーによって生活が豊かになる変化をまさに体験した世代です。

■元官僚が生保会社で痛感した“民間の常識”

そのような中、「インターネットを使って保険料を安くしたい」というライフネット生命のメッセージに触れた時に、これは民間の方が、そうした技術を使うことによって生活を豊かにできるのではないか。自由に使えるお金を増やせるのではないかと思ったんです。たまたま大学のサークルで一緒だった友人が、ライフネット生命にいたつながりもあったので、面接を受けました。また、そのときはちょうど子どもが生まれたこともあり、「子育て世代を応援する」というメッセージも刺さりましたし、岩瀬(ライフネット生命社長)の講演会に行き、同じ世代の人ががんばっている話を聞いて自分も一緒に何かやれるのではと思い入社することになりました。

――実際に入ってみて、厚生労働省とはかなり違いますか。

【木庭】やはり、若い(笑)。厚労省は、男性が多くて職場の平均年齢も高かったですから。それから、みんな前向きで自分のやりたいことを比較的やりやすい環境だと思います。前職ではある程度大きな目標があってそれに向かって環境だ利害調整をしながら少しずつ進めていくような感じで仕事をしていました。ある意味当然なのですが、個人が「こうした方がいい」と思っても、それを実現するのはなかなか大変な世界です。

また、公務員時代は法令や制度を変える立場にいたので、あまり利害調整がいらない裁量の範囲では「これはおかしい」と思えば変えることができたのですが、民間企業では変えられない(笑)。ルールを作る側から守る側になったのは大きな視点、立場の変化でした。ライフネット生命の法務部にいた時は、法改正があればその都度それに対応しなければならない。正直、小さな会社では大変でしたし、必要以上に規制が複雑で多いのは民業圧迫で良くないなと思うようになりました。

■歴史の話をするのは控えている

――最後に、出口さんの見習いたい点とそうでない点を教えてください。

【木庭】尊敬できる点は、分かりやすいメッセージを繰り返し言い続けるところ。大切にしたいプリンシプルを明確にしているところです。社員に対しては「明るく・楽しく・元気よく」と言い、お客様に対しては「正直に経営し、分かりやすく・安くて便利な商品・サービスの提供」を追及する。創業以降変わらずずっと言い続けているのはすごいなと思いますし、リーダーというのはそういう存在でなければいけないと思います。

ダメなところは……、私も出口と同じく旅と読書が好きなんですが、出口の前で歴史の話をすると大変なことになるので絶対にしないようにしています。私も歴史は小学生の頃からずっと好きでしたけど、出口は圧倒的な知識量があるので一言えば百返される。これはまだ議論を尽くしてないのですが、私は日本の歴史の中で江戸時代はいい時代だったと思っているんですが、出口は「いや、一番ひどい時代だった」と反論してくる。だから歴史の話をするのは控えています、本当に(笑)。

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出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命保険創業者。1948年、三重県生まれ。京都大学卒業。日本生命ロンドン現地法人社長、国際業務部長、ライフネット生命社長・会長などを歴任。
木庭康宏(こば・やすひろ)
ライフネット生命保険取締役。経営戦略本部長。1979年、熊本生まれ。九州大学法学部卒業。厚生労働省を経て2010年9月入社。2016年1月コーポレート本部長。2017年4月経営戦略本部長、2017年6月より現職。

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(ライフネット生命保険創業者 出口 治明、ライフネット生命保険取締役 木庭 康宏 構成=八村晃代 撮影=慎 芝賢)