金正恩氏

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北朝鮮が28日深夜に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射するまで、日米韓などのメディアは、発射があるとすれば北西部も平安北道(ピョンアンブクト)の亀城(クソン)一帯からであろうと伝えていた。従来からの弾道ミサイルの発射場所だったことに加え、新たな発射が近づいていることを示す兆候が見て取れたからだ。

専用トイレを装備

韓国紙、東亜日報は27日、亀城付近で金正恩党委員長の専用車を含む車列が捕捉されたと伝えた。米メディアも、亀城でミサイル機材を積んだ車両が確認されたてして、27日にミサイル発射に踏み切る可能性があると報じていた。これらはいずれも、米国の偵察衛星が26日頃までに捉えた情報に基づくものだったと思われる。

ところが正恩氏は27日、平壌市内の朝鮮人民軍墓地を参拝し、半月ぶりに公の席に姿を現した。この日は朝鮮戦争の休戦協定締結から64周年に当たる日で、北朝鮮がミサイル発射を強行しそうなタイミングと見られていただけに、正恩氏の動きは意表を突くものだったと言える。

これを受け、韓国軍当局は「発射が差し迫っている兆候はない」と発表した。しかし朝鮮中央通信が写真付きで報じたところでは、正恩氏は27日に翌日の発射を承認する「親筆命令」を軍に下していた。しかも実際の発射場所は、亀城から東に約130キロ離れた慈江道(チャガンド)の舞坪里(ムピョンリ)だった。

専用車やミサイル車両の動きを偵察衛星にさらしたのも、27日に墓地を参拝したのも、米韓をかく乱するための北朝鮮側の策略だった可能性が高い。

ところでこの策略の狙いだが、米韓の目を欺く「奇襲攻撃」の演習であるのと同時に、正恩氏の身の安全を図る目的があったものと思われる。

米国は極秘にされている正恩氏の動線を知るために、偵察衛星で絶えず専用車の動きを追跡していると思われる。仮に正恩氏の排除を狙うなら、専用車やその行く先をステルス戦闘機などで急襲するのが最も近道だろう。本人にとっては、これほど怖いことはない。本来はクルマ好きの正恩氏が、自分の専用車に「乗りたくても乗れない」との噂が出るのも頷ける。

だが、専用車に正恩氏が乗っていなければ、まったく意味がないどころか米国側が戦略的に甚大なダメージを負ってしまう。つまり、北朝鮮側は複数あるとされる正恩氏の車両をわざと「おとり」に使うことで、どの車に本人が乗っているかの判断を難しくさせているわけだ。

北朝鮮当局は、一般人と同じトイレを使えない正恩氏のために、専用器材を車に載せて移動しているというぐらいだから、これぐらいの工夫は彼らにとって当たり前なのだ。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

一方、米国側にも気になる動きがある。このところ、米軍は北朝鮮のミサイル発射に対応し、B-1B爆撃機を朝鮮半島上空に展開させるということを頻繁に行っている。B-1Bはその強力な兵装とともに、基地のあるグアムから北朝鮮まで2時間で飛来できるスピードが特徴だ。

しかしハッキリ言って、爆撃機が上空をデモ飛行したくらいでは、北朝鮮の動きは止まらないだろう。むしろB-1Bの飛来は、同盟国である日韓に「やる気」を見せるポーズの意味合いが強いようにも思えるが、それにしても筆者などは、「またか」というワンパターンさを感じるようになってきた。

ただ、ある識者に言わせると、この「またか」が北朝鮮にとっては怖いのだという。最初は警戒していた対象についても、同じような動きが続けば、人々の注意はゆるみがちになる。米軍はそれを狙い、デモ飛行に見せかけた爆撃機で奇襲を行う選択肢を得ようとしているのではないか、との指摘だ。

米軍が本当に、そのような意図を持っているかどうかはわからないが、北朝鮮としては警戒を強めざるを得ず、心理的圧迫になるのだという。

いまのところ、米国と北朝鮮が武力衝突する兆候こそ見られないものの、すでに前哨戦たる心理戦は激しさを増しているのである。