6年前の本日、それまで誰も経験したことのないことが起こりました。当サイト、クリッカーを初めてわずか3カ月のことです。

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私自身は大きな揺れから「これは机に座っている場合ではない」と思い立ち、7キロほどの道のりを歩きながら街の様子を写真に収めながら記事を掲載していきました。

その時点ではまだ千葉方面のコンビナート火災が大きく取り上げられ津波のことも原発事故のことも、こんなに大変なことになっていくとは思いもしなかったものです。

数日後、仲間のご両親が住む仙台へ物資を届けるため東北へ向かい、津波の爪痕に遭遇しました。

元の風景は知らなくても、そこがどれほど様子が変わったのか疑うことなく知ることができました。「海から何キロも離れている場所なのに」「あんなに大きな建物まるごと飲み込んだんだ」「線路だろうが電車だろうが自然の力でグニャグニャに・・・」とその時は言葉にならないながらもそう感じたものです。

その光景は頭から消え去ることはないでしょう。しかし、思い出す機会は少なくなるとは思いますので、この日ばかりはここに残していきたいと思います。

(clicccar編集長 小林 和久)

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