外務省領事局長 能化正樹氏

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このところ、海外で日本人がテロに巻き込まれる事件が目立つ。こうしたなかにあって、企業のトップはどう対応していけばいいのか。在外邦人の安全を所掌する外務省の能化正樹領事局長に聞いた。

■テロのリスクはアジアにまで拡大!

──2016年7月に起きたバングラデシュのダッカ襲撃事件では、日本人7名が亡くなった。いま、海外での安全環境は悪化していると考えるべきか。

【能化】残念ながら、テロについては格段に警戒を要するといわざるをえない。バングラデシュは長い間、親日的で安全な国だとの認識があった。しかしこの事件は、大規模テロのリスクが中東やアフリカから多くの日本企業が進出しているアジアにまで拡大していることを物語っている。

ISIL(イラクとレバントのイスラム国)は、日本人もテロの標的にすることを表明している。また、テロの対象として、レストランや駅のように人の多く集まる場所、いわゆる“ソフトターゲット”が狙われることが増えてきている。私も痛ましいテロの惨事が起きた現場をこの目で確かめ、バングラデシュ政府には邦人の安全対策の強化をあらためて要請した。

──日本企業にとっては、海外事業はもとより社員を守るためのリスクマネジメントが求められる。

【能化】海外は日本の主権がおよばないので、警察をはじめ日本政府が直接保護措置をとることができない。企業も個人も危機意識を高め「自分の安全は自分で守る」ことが大事だ。あらかじめ、対策本部をいかなる場合に設置し、誰を責任者にするか決めておくほうがいい。

赴任先でテロに遭遇した際の日本に残った家族やプレスへの対応をどうするかの仕組みもつくっておくべきだ。そのためにはマニュアルも必要だし、何よりも疑似体験をしておく意味から訓練をぜひ実施してほしい。中堅・中小企業の安全対策については、新たにネットワークを立ち上げ、支援を強化している。

──その際、企業トップには、いかなる姿勢が求められるのか。

【能化】まず、トップの意識こそがテロ対策のカギだと強調したい。それはとりもなおさず「海外に赴任した社員の命を守るのは、会社とりわけトップの責任だ!」との覚悟だ。それでこそ社員も会社を信頼して働ける。

13年1月、アルジェリアのイナメナスで日本企業が関わる天然ガス精製プラントが攻撃される事件があった。現地の日本人社員が人質となり、10名の尊い命が失われてしまった。この日本企業は、事例を踏まえ、トップ自らが安全対策を最優先に取り組んでいく姿勢を示している。

──年末年始は海外への渡航客も増える。そこで、外務省が進めている安全対策を聞きたい。

【能化】日本人がテロに遭遇しないこと、また、万が一テロが発生してしまっても被害を最小限にとどめることを第一義に考えている。そのためには渡航前から、そして滞在中も継続的に情報を収集分析することが重要だ。

そこでいま、外務省が力を入れているのが「たびレジ」だ。日程と渡航先などを登録しておくと、その場所の最新の安全情報が外務省から携帯電話やスマホにメールで届けられる。

さらに渡航先でテロや自然災害が発生した場合には、外務省や在外公館が登録された電話番号や滞在先をもとに安否確認や、必要に応じて支援を行う。これまでの登録数は約140万人に達しており、より多くの利用を働きかけていく。

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外務省領事局長 能化正樹
1959年、兵庫県生まれ。82年東京大学法学部卒、同年外務省入省。2003年アジア大洋州局大洋州課長、06年在フランス大使館公使、09年在エチオピア兼ジブチ日本国大使、11年内閣情報調査室次長などを経て、15年10月から現職。

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(岡村繁雄=文 尾関裕士=撮影)