【インタビュー】「脳科学×動画クリエイティブ」の最前線――NTTデータが脳反応から解き明かす視聴者の“本当の”声

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編集部:脳科学という言葉を耳にする機会が増えていると感じますが、研究分野としては現在どのような状況なのでしょうか?

茨木氏:脳科学は今、宇宙や遺伝子に次ぐ国際競争領域になっています。各国の大学や研究機関が莫大な予算をかけて研究を進めており、世界中の論文の2割弱が脳科学に関するものになっています。
NTTデータグループでは、NTTデータ経営研究所が2010年に応用脳科学コンソーシアムを立ち上げ、これまで培った脳科学の知見や技術をマーケティングなどのビジネスに応用する取り組みを続けています。

矢野氏:コンソーシアムの取り組みからビジネス応用の可能性を感じたため、NTTデータでも2年前にニューロビジネスチームを作り、最先端の研究技術をサービス化する産学連携を始めました。

非常に曖昧な人間の知覚

編集部:昨今、マーケティング領域でもデジタル化が進んだことで、データによる客観的な評価や効果測定が可能になってきています。その中で脳科学がもたらす価値とは何でしょうか?

茨木氏:今の時代、IoTに象徴されるように、センシングデータが爆発的に増えています。その中で企業が生き残っていくためには、他社が見えていない情報を可視化し、ビジネスに活用することが必要だと考えます。
そしてマーケティングの分野で言うと、これまで見えていなかったもののひとつが“顧客の本当の反応”です。

現在、顧客の声を集める手段としてはアンケート調査が未だ主流です。しかし、例えば動画を視聴した人に「商品を好きになりましたか?」「買いたいと思いますか?」とアンケートをとっても、その回答と実際の購買行動がなかなか結び付かないという点が宣伝担当者の根深い悩みだと思います。そのふたつの間にあるギャップ、つまり言葉・意識、実際の行動とのギャップを埋めるのが、ニューロマーケティング(コンシューマーニューロサイエンス)に代表されるような、言語報告に依存しない手法と考えられています。

このギャップに関して、「Choice Blindness(選択盲)」という有名な実験があります。男性被験者に女性の写真を2つ見せて、好きな方を選んでもらいます。そして手品を使い、わざと選んでいない方の女性の写真にすり替えて、なぜこの女性が好きなのかを改めて聞いてみると、被験者はその理由を答えてしまうのです。「自分が選んだ女性とは違う」と気が付く人は全体のわずか1割ほどでした。

人は、目の前にモノを見せられて、なぜ好きかと聞かれると、無意識に理由を後付けして答えられてしまうのです。そのようなデータでどれだけ顧客のことを理解できるでしょうか。

編集部:被験者の口から出る言葉よりも、脳の反応の方が信頼性が高いということですね。

茨木氏:20年ほど前に発明されたfMRIという技術を使うことで、脳の活動を測定できるようになりました。そして、「商品の購買」といったテーマでも研究が進められてきました。ある実験において、fMRIの中でインディーズバンドの曲を聴かせ、脳活動のデータを取ったところ、被験者の主観的な好みに基づく評価と売上枚数には相関関係が見られなかったのに対し、側坐核という脳の部位の活動と売上枚数には相関があり、脳の活動量から売上を予測できる可能性が示されました。

つまり、言葉や意識に表れない情報を脳から取得することで、これまで勘や経験に頼ってきた部分を科学的に解明することが可能になってきているのです。

画像参照元:DONUTs資料より

人の知覚と勘に頼ってきた動画クリエイティブに一石を投じる

編集部:なるほど。その技術を今度は、動画広告に対する視聴者の“本当の”反応を明らかにするために活用するわけですね。

茨木氏:これまで、動画広告の質的な側面、つまりクリエイティブの評価を数値化することが難しかったですよね。実は私自身、かつてウェブ調査などを使った動画広告の評価に携わっていたのですが、動画の中からいくつかの静止画を抽出して意見を求めるという、バイアスのかかったアンケート調査を行ったところで、どれだけそのデータに信頼性があるのか、という疑問を持っていました。

一方、オンライン化によって、動画広告の接触・視聴と購買行動の紐付けはある程度できるようになりましたが、具体的にクリエイティブのどの点が良くて、どの点が悪かったのか、という質的なところまでは迫れません。そのため、「良かったところ・悪かったところ」を見極めて次の企画へと具体的につなげるということができず、いわば人の勘に頼ったギャンブルの世界になっているのが現状だと思います。

編集部:それでは、この度ローンチされた新しいサービスについて具体的にお聞かせいただけますか?

矢野氏:新サービス「DONUTs(ドーナツ)」は、我々とNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が動画広告を対象として世界で初めて開発した、「脳情報の解読技術と自然言語処理(人工知能)を組み合わせることで、視聴者が動画広告を視聴しながら知覚している内容(印象等)を定量的に捉える」というものです。
これにより、動画広告のクリエイティブに対する客観的な評価が可能になり、これまでの調査方法では入手できなかったリッチな情報を広告主のプロモーション戦略にご活用いただけるようになります。サービスの名称はMRIのスキャナーの形に由来します。

▽ DONUTsのサービス全体像

編集部:従来のアンケート調査のように言語で回答してもらうのではなく、あくまで脳の活動だけで動画広告のクリエイティブを評価するのですね。

茨木氏:動画広告に限らず、人間の世界の認知はすべて“動画”と捉えることができますが、動画には時間軸があるため、その印象を言語で逐次表現することは不可能です。その一瞬に「かわいい」と思っても、世界(映像)は刻々と変化していますから。だからこそ、生態計測や、言葉を使わない方法でないと、リアルタイムで評価することができないのです。

編集部:具体的にどのように計測、評価するのでしょうか?

茨木氏:実際の計測では、fMRIに入った被験者に動画を視聴してもらいながら、記録された脳活動のパターンから知覚内容を「名詞・動詞・形容詞」の3次元で単語として推定します。単語のバラエティは1万語以上を用意しています。

▽ LCCのオンライン決済に関する動画広告において、「決済」「風情がある」という単語における反応を時系列のグラフにしたのが下図。シーンによって伝達度が変化していることが分かる

被験者はまず準備段階として、脳情報解読モデルを作成するために、2時間分ほどの動画を視聴します。そこで、「男性」「走る」「楽しい」などのシーンに対してどのような脳活動を示すかというデータを収集して、所定の名詞・動詞・形容詞に対するアルゴリズム(解読モデル)を作成します。その上で、計測対象である動画広告を視聴してもらい、脳の反応から、動画広告から受けた印象を計測するという仕組みです。

編集部:これまではどのような案件、クリエイティブにおいて活用されていますか?

茨木氏:現時点ではテレビCM素材が多いですが、それ以外にもオンライン動画、映画やアニメ、テレビショッピングなどのニーズが高いです。具体的には、Plan-Do-Seeの「See(出稿後)」の部分で、CM素材が視聴者にどのように受け入れられたのかを脳活動から読み取ります。

また、広告主がCMを通して伝えたかった意図(100語くらいの文章に落とし込んでもらう)と、実際の脳反応とのギャップを見ることも可能です。つまり、自分たちが伝えたかったコンセプトを本当にクリエイティブに落とし込めているのかを、数値で表すこともできるのです。

刻々と変化する脳活動から見えてくるリアルな反応

編集部:計測結果はどのような形で見えるのでしょうか?

矢野氏:脳全体をスキャンするのに2秒かかりますので、動画のシーン2秒ごとに、脳活動の分析から導き出した知覚内容として、「名詞・動詞・形容詞」それぞれで可能性が高いものが提示されます。先ほどもお話した通り、静止画や動画視聴後のアンケートではなく、リアルタイムでデータを取ることができるので、前後の文脈も含めてどのように脳が活動したのかを捉えているところが大きな特徴と言えます。

▽ 2秒ごとに画面右側に知覚解読結果(名詞/動詞/形容詞)が表示される

もちろん、2秒ごとのデータだけではなく、動画全体での平均データを出すこともできます。名詞、動詞と比べて、形容詞は反応が出にくいのですが、広告主においては、動画広告がどのような印象を与えたのかという点を知りたいというニーズが多いので、形容詞は特に重要視されているファクトですね。

また先ほどお伝えした企画意図(単語)とのギャップもスコア化されます。これについては絶対値がありませんので、これまで計測したCMから得た知覚データベースと比較して、相対的にどの位置にいるかで表しています。
下図のサンプルでいうと、「楽しい」「かわいい」という印象は低めだったものの、「便利な」「旅行がしたい」「決済」などについては、動画広告全体を通してきちんと伝わったと評価することができます。広告主が挙げた単語以外でスコアが高かった単語を提示することもできます。

▽ 制作意図(単語)に対する知覚解読結果と印象スコア(サンプル)

2秒ごとにデータを取っていますので、時系列でまとめることもできます。これを見れば、どのシーンで何がどれだけ伝わっていたのかも明らかになります。これをもとに、意図した通りに伝わっていないシーンを部分的に手直しするといった対策も可能になります。

▽ 制作意図(単語)に対する知覚解読結果のスコアグラフ(サンプル)

茨木氏:また、我々独自の取り組みとして、過去の動画広告における認知率などの実績データをもとに、その素材が視聴者に与えるメタ情報予測を出すこともできます。具体的には「認知率」「到達効率(1GRPあたりの獲得認知率)」「好意度」「印象度」「内容理解度」という5つの項目を推定しています。

方法としては、モデル学習用のCM素材の中で、それらの情報が紐付いている素材の情報からスパースモデリングという方法を使って該当素材のメタ情報を予測する数理モデルを構築します。ただ、精度としてはそこまで高くなく、好意度の予測で±10%程度のブレがあります。基本的にCM素材全体の予測にはなりますが、動画の時系列で、これらのスコアの推移を出すこともできるので、「このシーンではより好意度が獲得できそうだ」といった相対的な評価としてご活用いただける(尺を短くするならスコアの低いところを削る等)と考えています。

▽ メタ情報予測結果のイメージ(サンプル)

動画制作前の絵コンテ段階での定量評価も可能に

編集部:すでに制作された動画に対する評価でなく、動画を制作する前、つまり企画段階での評価もニーズがありそうですが。

矢野氏:そうですね。実はDONUTsでは現在、NICT・CiNetのfMRIを借りて計測しているため、「今すぐ動画を評価してほしい!」というご要望に応えることができません。そこで、脳計測を必要としない、プランニングの部分に対するサービスも開発しています。

茨木氏:このサービスは、今回ご紹介した脳活動パターンから視聴者の反応を読み取るのと反対のモデルを使って、企画コンセプトの文章や絵コンテが、どのような脳活動を引き起こすかを予測するというものです。例えば絵コンテを複数パターン提出していただき、その中でどれがもっとも、当該キャンペーンで伝えたいことが伝わるのか、というものを予測します。この方法ですとfMRIを使う必要がないため、1〜2週間程度の期間で、比較的安価に実施していただくことができます。

このビジネスのスタートはあくまで脳活動の計測によるクリエイティブ評価ですが、クライアントさまからのさまざまな声を聞いて、このような新しいサービスにも取り組み始めています。

編集部:絵コンテの段階でフィルタリングして、動画制作に反映して、その成果をまた評価するといった使い方もできそうですね。

矢野氏:はい、日々の営業活動をする中でそのような声をいただいておりますので、どういった評価結果になるのかも、実素材でいくつか確認しながら進めています。例えば制作の上流段階の意思決定プロセスで使っていただけると嬉しいですね。

茨木氏:我々が目指すところは、単なる「脳による評価」ではなく、コミュニケーション戦略全体、つまりPDCAサイクル全体をより科学的に、定量的に回していくご支援であり、「今まで困難だったクリエイティブの定量的な戦略づくり」という我々の強みをそこで活かしていただきたいと考えています。さらに複数素材で計画的に取り組んでいただくと、過去のものも含めて複合的に評価することができますので、例えば業界特有のクリエイティブ成功モデルを構築するなど、より有効にご活用いただけるのではないかと思います。

編集部:今後はどのような展開を考えていますか?

茨木氏:我々の持っている技術によって、クリエイティブの定量評価までは可能になりましたが、その動画広告がクリックや購買などの“行動”に実際どれだけ結びついたのか、というデータまでは持っていません。そのため、今後は動画を制作配信しているような企業と協業して、どのようなクリエイティブが本当に人を動かすことができるのかを予測するサービスに発展させていきたいと考えています。

編集部:DONUTsを利用する際の費用はどれほどでしょうか?

矢野氏:fMRIを使った計測については、30秒CMで200万円に設定しています。この価格は既存の調査費用を参考にしたり、実際に昨年トライアルサービスを提供する中で試行錯誤しながら設定しました。従来のように主観的に実施されたアンケートや調査レポートと比較する中で、無意識まで含めた情報を取得できる我々のサービス価値を検討し、受け入れていただきたいと考えています。既存の調査手法をいきなり捨てることはできないと思いますので、まずは手法の一つとして試していただければと思います。

プランニング段階の評価サービスについては、現在の想定では、絵コンテ5案で半分程度を考えています(絵コンテの枚数次第で変動)。fMRIは使いませんが、脳情報の推定という他にはない技術ですので、まずは試していただくところから、と考えた設定です。

編集部:最先端の技術を使っていることを考えると、比較的安い価格帯だと思いました。特に何千万〜何億円という予算をかけてテレビCMを出稿する場合は、費用対効果も高いと言えるのではないでしょうか。

茨木氏:fMRI自体が非常に高額なため、1社1社の要望に応えたアドホックなやり方では、fMRIの機器費用等だけで膨大なコストがかかってしまいます。そのため、多くの企業に使っていただいてデータをさらに蓄積し、サービス価値を上げていくために、各社相乗り方式のサービスとして展開しています。
最新技術だから高く売るのではなく、まずはどんどん活用していただき、「広告に関する最新科学技術を自社のマーケティング変革に活用する」事例を増やして、日本の科学技術とマーケティングコミュニケーション双方の世界を発展させていきたいですね。

動画広告の分野では、テクノロジーの進化のおかげでプログラマティック配信やアナリティクスツールが普及してきた一方で、クリエイティブは個人の感覚や過去の経験値に頼る部分が多いのが現状です。

今回ご紹介したDONUTsはあくまで出来上がった動画に対する評価手段であり、動画をゼロから作り出すものではありませんが、これまで非常にアナログな領域だったクリエイティブを科学的に定量評価することが一般的になれば、動画広告の世界が大きく変わっていくのかもしれません。

最近ではAI(人工知能)が導き出した映画予告映像なども登場し、話題となっていますが、「クリエイティブと科学の融合」は今後も注目していきたい楽しみな分野です。