ファッションがテクノロジーにもたらす果実。イッセイ ミヤケとソニーの素材コラボ、パリへ

写真拡大 (全6枚)

去る9月30日、パリコレクションで発表されたイッセイ ミヤケのランウェイで、同ブランドとソニーの「Fashion Entertainments」による素材コラボプロダクトが初披露された。モデルの動きに呼応するように、白から黒へ、そしてグラデーションへと表情が変化するバッグだ。デザインを手がけたイッセイ ミヤケの宮前義之、そして、Fashion Entertainmentsの杉上雄紀が、その制作秘話を語る。

「ファッションがテクノロジーにもたらす果実。イッセイ ミヤケとソニーの素材コラボ、パリへ」の写真・リンク付きの記事はこちら

ファッションとテクノロジーをつなぐ試みが、世界のそこここで生まれはじめている。

けれど多くの場合、テクノロジーは、ファッションビジネスの活性化を後押しする「ソリューション」の一つとして求められることが多く、ファッションの「感性」をインスパイアするものとしてのテクノロジーは、そう多くない。

そんななか、ソニーのクラウドファンディングとEコマースを兼ね備えたサイト「First Flight」などで販売されている時計「FES Watch」を生み出したのがソニーの「Fashion Entertainments」プロジェクト。彼らは、電子ペーパーというテクノロジーに対して、新たなアプローチでファッションの可能性を押し広げようとしているのだ。

「電子ペーパーを紙ではなく『布』として捉え、好きなときに好きなデザインで楽しめるファッションアイテムをつくることで、新しいライフスタイルを創造したい」という理念のもと活動するソニーのFashion Entertainmentsチームがタッグを組んだのが、日本を代表するグローバルブランドであり、設立から現在に至るブランドの軌跡において、服の既成概念をことごとくディスラプトしてきた「イッセイ ミヤケ」だ。

そして、「イッセイ ミヤケのコレクションラインとして発表するに足るプロダクト」を開発するべく、技術的、デザイン的なあまたのハードルを乗り越えてついに完成したのが、先のパリコレクションでイッセイ ミヤケのランウェイを歩くモデルたちが手にしていた、あのバッグである。

SLIDE SHOW

1/4パリコレ前、多数のプロトタイプを前に開発秘話を話してくれたイッセイ ミヤケのウィメンズデザイナー、宮前義之。

2/4杉上の手首には、「FES Watch」の進化版で現在開発中の「FES Watch U」。スマートフォンで柄の作成や着せ替えが楽しめる。10月7日までクラウドファンディング中だ。

3/4Fashion Entertainmentsの杉上雄紀は、「“利便性”を高めるだけでなく、“感性”に訴えかけられるようなテクノロジーを追求していきたい」と語る。

4/4今回のコラボのきっかけとなった電子ペーパー。電圧を変えることで白と黒のインクが入れ替わり色が変わる仕組み。今回は、レザーの紐を通すための多数の穴を設けながらも、白から黒へ移り変わるグラデーションを実現した。

Prev Next

ミニマルな造形のクールなバッグを一見するだけでは、そこに電子ペーパーが使われていることはわからない。しかし目をこらすと、モデルの動きに反応して、黒から白へ、白からグラデーションと、2つのパターンで柄が変わっていく。

「設立以来変わることなく、イッセイ ミヤケというブランドの中心にあるのは『素材』です。歴史を振り返っても、竹や紙、プラスチックなど、通常のファッションでは使われないような実に多様な素材に挑戦してきました。ですからぼくたちデザインチームは、日常的に新しい素材を探究することが習慣になっていますが、電子ペーパーはさすがに未知の領域で、はじめて『素材』として対峙したとき、とても印象的で興味をひかれました」

創始者の三宅一生から、2011年(=2012年春夏コレクション)にウィメンズのデザイナーという大役を引き継いだ宮前義之は、そう語る。

イッセイ ミヤケというブランドの凄さは、しかし、未知なる素材への挑戦心に止まらない。彼らの革新性は、ファッション的にタブーな素材を使おうとも、それを単なる奇想天外な“アイデア”で終わらせるだけではなく、ファイナルプロダクトとして成立させなければ意味がないという強い信念に支えられている。プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケも、「現代生活に機能する『プロダクトとしての衣服』」という哲学をもっている。宮前は続ける。

「電子ペーパーを日常的に使うことのできるプロダクト=バッグにするためには、多数の課題を解決する必要がありました。例えば、切ったり縫ったりすることは可能とは聞いていたものの、電子ペーパーという『平面の電化製品』を立体にしたときに、雨や衝撃、中に入れるモノの重量に耐えられるかという機能面での課題や、商品としてのクオリティを担保できるのか、という課題。さらには、電子ペーパーの特性上、現時点では白と黒しか表現できないとはわかっていても、何かもっと奥行きある表現ができないかというデザイン的なハードル。もちろん、価格も重要なポイントです。ときにプリーツマシーンに電子ペーパーを入れてみたり、皮革の型押し機でエンボスしてみたり、折ったり叩いたり、あらゆる方法を実験しながら、これら多様な課題を解決し得るデザインを模索しました」

コラボバッグは白と黒の2色展開。中間色であるグレーを出すためのさまざまな実験を経て、電子ペーパーの四隅に異なる電圧をかけることで美しいグラデーション柄が表現できることを発見した。© 2016 ISSEY MIYAKE INC.

長いプロセスを経て、ついにすべての要件を満たす手法として帰着したのが、電子ペーパーに穴を開け、そこにレザーの紐を通すことでバッグの形に組み上げるという、杉上ら開発者たちが目を丸くするようなアイデアだった。

完成したバッグを眺めながら、Fashion Entertainmentsチームを率いる杉上雄紀は本プロジェクトをこう振り返る。

「ぼくたちにとっての電子ペーパーの面白さとは、柄をデジタルで幾通りにも表現できることでした。けれど、宮前さんたちデザインチームと対話を繰り返すうちに、彼らが電子ペーパーを1枚の布=素材という物体として捉えているのに対して、ぼくたちは『一画素のデヴァイス』としてしか認識できていなかったことに気づきました。白と黒に変わるだけに留まらない、さらに多様な表情をもたせることはできないか、という問いから始まったさまざまな実験──とりわけ、中間色であるグレーを出す試行錯誤がヒントとなり、四隅に異なる電圧をかけることで美しいグラデーション柄が表現できることを発見しました。素材という物体として捉える彼らの考え方が、1画素しかないという固定概念=制約を打ち破るヒントとなったのです。これこそ、まったく異なる業界の人同士がアイデアを交換し合う醍醐味なのだと実感しました」

テクノロジーがファッションに対してできること、ファッションがテクノロジーに対してできること。今回のイッセイミヤケとFashion Entertainmentsのプロジェクトは、ファッションとテクノロジーが互いのよいところを高め合い、また、デメリットを補い合いながら融合できることを示した、本当の意味でのコラボレーションといえる。この成功例を推進力として、Fashion Entertainmentsが次なるハードルをどう乗り越えていくのか。これからも注視したい。

© 2016 ISSEY MIYAKE INC.