1年ほど前、ゾウ舎の前で、アジアゾウ「はな子」を見ていたあるとき、そこに居合わせた小さな男の子が、「くしゃい、くしゃい!」と何度も言っていたのを覚えています。ゾウ舎にニオイがあったのは、はな子が生きていた証であり、素敵なものだったのだと、今思っています。
東京都武蔵野市にある井の頭自然文化園で飼育されていた、国内最高齢のゾウ「はな子」が、2016年5月26日に、69歳でこの世を去りました。

はな子は神さま…?


小さい頃から今に至るまで、度々訪れている井の頭自然文化園。
膝に乗せて3分で眠るモルモット、真顔でぐうたらするブタ、仲間にクルミを横取りされて憤慨している様子でさえ可愛いリスたちに、筆者は幾度となく癒してもらってきました。
しかしはな子は、いつも「癒し」はくれませんでした。
「畏怖の念」というのでしょうか。はな子は、こどもの頃ぼんやり想像していた神さまのようでした。筆者と出会う前の、こども姿や学生時代の父にも会っていることなど、彼女が刻んだ長い歴史が、なんでも知っているように感じさせたのです。

そのはな子がこの世を去って1ヶ月余、彼女が過ごしてきた場所は現在、どのようになっているのでしょう。今回は、はな子が過ごしていた「ゾウ舎」の今をお伝えします。

はな子が生きていた証





はな子が過ごしていたゾウ舎内部です。





ご覧のとおりそこには、はな子を追悼する人たちからの、花やイラストなどが置かれています。
冒頭に記した「ニオイ」は「生きている証」、はな子のニオイが消えてしまったゾウ舎に、まるで咲いたかのようなこの「花たち」は、「生きていた証」に思えます。

地元のかたを中心に、愛されたはな子





園のかたに、お話を伺いました。

――どのようなかたが、はな子の献花に訪れていますか?

「普段からいらしている、近所に住むご年配のかたや、小さなお子様連れのかたが目立ちますが、はな子死亡のニュースが流れた時期の、5月下旬から6月始めの頃は来園者数が増えたので、遠方からいらしていたかたなどもいるかもしれません」

今でもぽつぽつと、献花にいらっしゃるかたがいるようです。

――献花に訪れたかたがたは、どのような様子でしょうか?

「手を合わせていたり、悲しんでいる様子だったり、お客さまどうしで、はな子の思い出を語っているかたも見られました」



以前、筆者もプライベートで献花に訪れました。
6月12日まではゾウ舎の前に献花台が設置されていて、はな子のイラストをそこに置かせていただいたのですが、その日もたくさんのかたからの、はな子への愛情が込められたものが、台いっぱいに置かれていました。
近くにいた女性は、ゾウ舎を眺めながら涙を流していたように見え、その姿を見て、はな子がいなくなったことを実感しました。
あのときも今も、ゾウ舎周辺には、悲しさを薄めるように、はな子を愛する優しい空気が漂っています。




はな子の姿はないけれど…


私事で恐縮ですが、連載のお仕事がいただけたら、そこからいただくお金で初めて買うものは、記念として、大好きな井の頭自然文化園の年間パスポートにすることを、以前から決めていました。先日、念願の連載のお仕事をいただき、これで今までよりグンと頻繁に足を運べます。そこにはな子の姿はありませんが、はな子と、彼女を愛する人たちが作る優しい空気は、彼女が生きた場所に漂い続けることでしょう。
(武井怜)