ドナルド・トランプの自伝を読んでみた
アメリカ大統領選におけるドナルド・トランプ旋風が止まらない。暴言連発、知能は子供なみと言われながらも、確実に大衆の支持を集めつつある。
トランプは数多くのビル、カジノ、ホテル、ゴルフ場、スポーツチームを所有する不動産王として1987年、41歳の時に自伝を出版しベストセラーとなっている。日本語版も1988年に早川書房から発行された。今回は「トランプ自伝」から読み取れる“暴れん坊”の実像に迫ってみたい。参照したのは2008年発行のちくま文庫版である。
トランプは、1946年に、5人姉弟の次男としてニューヨークに生まれる。父のフレッド・トランプは夜間学校に学び、建築業に進んだ叩き上げの人物だ。祖父はスウェーデンから渡ってきた移民で、酒に溺れる粗暴な人物であった。トランプ家は決してエリートではなかったのだ。
幼少期から教師に反抗するなど、自己主張の強い姿勢を見せていたトランプは13歳でニューヨーク・ミリタリー・アカデミーに編入する。この学校は、軍人養成を目的とし、鉄拳制裁も当たり前の超体育会系であった。軍隊あがりの鬼教師に力でかなわないと知ったトランプは“彼の権威に敬意をはらうが彼を恐れてはいけないということを、それとなく知らせた”（p.92）条件闘争を行う。この駆け引きは、のちの不動産取引にも生かされるスキルだろう。
トランプは強引でガサツな人という印象を受けるかもしれない。だが、“不公平な扱いや不法や処遇を受けたり、不当に利用されそうになった時には徹底的に戦うのが私の信条だ”（p.77）といった言葉からは仁義や浪花節が感じ取れる。仕事に人生観がにじみ出る下町の中小企業のオヤジのようでもある。実際、地元愛から大赤字でボロボロだったセントラルパークの公営スケートリンクを見事再生させる事業も成し遂げている。
トランプは大学時代から仕事人間であった。“学生時代、同級生たちが新聞の漫画やスポーツ欄を読んでいる時、私は連邦住宅局の抵当流れ物件のリストに読みふけっていた”（p.101）ほどだ。安い物件を手に入れ、リフォームをほどこして高く売る手法は、不動産のイロハだろう。
トランプは徹底したコストカッターでもある。これは、モップやワックスひとつまで徹底して値切った父ゆずりの性格と言える（p.93）。だが、安く買い叩くばかりではない、相手が譲歩できるギリギリの値段を見極めるのだ。トランプの前でウソはつけないということだろう。
トランプは、1983年に37歳の若さで、ニューヨークの中心地であるマンハッタンに68階建ての複合ビル、トランプタワーを完成させる。日本で言えば六本木ヒルズといったところだろう。トランプタワーにはジョニー・カーソン（司会者）、スティーブン・スピルバーグ（映画監督）、ポール・アンカ（歌手）ら多くの著名人が物件を所有した。だが、トランプは著名人に対し値引きなどの便宜をはかることはしなかった。“アパートを買った多くのスターはみな、向こうからアプローチしてきたのだ。（中略）有名人が全額払ってでも購入したいと思うようでなければ成功とは言えないのだ”（p.212）と、権威に媚びない姿勢を見せる。
多くの不動産取引をまとめる中で、トランプは日本人とも対面している。彼の日本人の印象は以下だ。
・金は持っているのだが、交渉の場に集団でやって来るため非常に商売がやりにくい。
・めったに笑顔を見せずにまじめ一点張りなので楽しくない。
いかにもなイメージである。さらに“日本が何十年もの間、主として利己的な貿易政策でアメリカを圧迫することによって、富を蓄えてきた”（p.215）と指摘し、アメリカ政府の弱腰の姿勢を批判する。もちろん、これは日本が“ジャパンアズナンバーワン”の経済大国だった時代の話である。だが、古いと言われるトランプの経済感覚はこの時代から進歩していないようにも見える。
巻末の訳者解説では当時のトランプ夫人であったチェコ出身の元モデル、イヴァナの証言として「いずれドナルド（トランプ）は他の分野に目を向けるでしょう。それは政治かもしれないし、何か別のものかもしれません。大統領選へ出馬することも絶対にないとは言い切れません」（p.441）といった証言が引かれている。実際、大統領候補へ歩みを進めているわけだから、元夫人の予感は当たっていた。
最後にトランプの「金もうけ」についての言葉を引いておこう。
“私にとって金はそれほど大きな動機ではなく、単に実績を記録するための手段にすぎない。本当の魅力は、ゲームをすること自体にあるのだ”（p.82）
うなるほどの大金を得たトランプが挑んだ、次なるゲームがアメリカ大統領選だったのか。当初は泡沫候補といわれた人物が、実際に大統領候補となってしまうのか――すべての結論は7月の共和党全国大会で明らかとなる。
参考文献:「トランプ自伝:不動産王にビジネスを学ぶ」著:ドナルド・トランプ＆トニー・シュウォーツ,訳:相原真理子（ちくま文庫）
（下地直輝）
トランプは数多くのビル、カジノ、ホテル、ゴルフ場、スポーツチームを所有する不動産王として1987年、41歳の時に自伝を出版しベストセラーとなっている。日本語版も1988年に早川書房から発行された。今回は「トランプ自伝」から読み取れる“暴れん坊”の実像に迫ってみたい。参照したのは2008年発行のちくま文庫版である。
下町の中小企業のオヤジのよう
トランプは、1946年に、5人姉弟の次男としてニューヨークに生まれる。父のフレッド・トランプは夜間学校に学び、建築業に進んだ叩き上げの人物だ。祖父はスウェーデンから渡ってきた移民で、酒に溺れる粗暴な人物であった。トランプ家は決してエリートではなかったのだ。
幼少期から教師に反抗するなど、自己主張の強い姿勢を見せていたトランプは13歳でニューヨーク・ミリタリー・アカデミーに編入する。この学校は、軍人養成を目的とし、鉄拳制裁も当たり前の超体育会系であった。軍隊あがりの鬼教師に力でかなわないと知ったトランプは“彼の権威に敬意をはらうが彼を恐れてはいけないということを、それとなく知らせた”（p.92）条件闘争を行う。この駆け引きは、のちの不動産取引にも生かされるスキルだろう。
トランプは強引でガサツな人という印象を受けるかもしれない。だが、“不公平な扱いや不法や処遇を受けたり、不当に利用されそうになった時には徹底的に戦うのが私の信条だ”（p.77）といった言葉からは仁義や浪花節が感じ取れる。仕事に人生観がにじみ出る下町の中小企業のオヤジのようでもある。実際、地元愛から大赤字でボロボロだったセントラルパークの公営スケートリンクを見事再生させる事業も成し遂げている。
トランプは大学時代から仕事人間であった。“学生時代、同級生たちが新聞の漫画やスポーツ欄を読んでいる時、私は連邦住宅局の抵当流れ物件のリストに読みふけっていた”（p.101）ほどだ。安い物件を手に入れ、リフォームをほどこして高く売る手法は、不動産のイロハだろう。
トランプは徹底したコストカッターでもある。これは、モップやワックスひとつまで徹底して値切った父ゆずりの性格と言える（p.93）。だが、安く買い叩くばかりではない、相手が譲歩できるギリギリの値段を見極めるのだ。トランプの前でウソはつけないということだろう。
トランプは、1983年に37歳の若さで、ニューヨークの中心地であるマンハッタンに68階建ての複合ビル、トランプタワーを完成させる。日本で言えば六本木ヒルズといったところだろう。トランプタワーにはジョニー・カーソン（司会者）、スティーブン・スピルバーグ（映画監督）、ポール・アンカ（歌手）ら多くの著名人が物件を所有した。だが、トランプは著名人に対し値引きなどの便宜をはかることはしなかった。“アパートを買った多くのスターはみな、向こうからアプローチしてきたのだ。（中略）有名人が全額払ってでも購入したいと思うようでなければ成功とは言えないのだ”（p.212）と、権威に媚びない姿勢を見せる。
多くの不動産取引をまとめる中で、トランプは日本人とも対面している。彼の日本人の印象は以下だ。
・金は持っているのだが、交渉の場に集団でやって来るため非常に商売がやりにくい。
・めったに笑顔を見せずにまじめ一点張りなので楽しくない。
いかにもなイメージである。さらに“日本が何十年もの間、主として利己的な貿易政策でアメリカを圧迫することによって、富を蓄えてきた”（p.215）と指摘し、アメリカ政府の弱腰の姿勢を批判する。もちろん、これは日本が“ジャパンアズナンバーワン”の経済大国だった時代の話である。だが、古いと言われるトランプの経済感覚はこの時代から進歩していないようにも見える。
巻末の訳者解説では当時のトランプ夫人であったチェコ出身の元モデル、イヴァナの証言として「いずれドナルド（トランプ）は他の分野に目を向けるでしょう。それは政治かもしれないし、何か別のものかもしれません。大統領選へ出馬することも絶対にないとは言い切れません」（p.441）といった証言が引かれている。実際、大統領候補へ歩みを進めているわけだから、元夫人の予感は当たっていた。
最後にトランプの「金もうけ」についての言葉を引いておこう。
“私にとって金はそれほど大きな動機ではなく、単に実績を記録するための手段にすぎない。本当の魅力は、ゲームをすること自体にあるのだ”（p.82）
うなるほどの大金を得たトランプが挑んだ、次なるゲームがアメリカ大統領選だったのか。当初は泡沫候補といわれた人物が、実際に大統領候補となってしまうのか――すべての結論は7月の共和党全国大会で明らかとなる。
参考文献:「トランプ自伝:不動産王にビジネスを学ぶ」著:ドナルド・トランプ＆トニー・シュウォーツ,訳:相原真理子（ちくま文庫）
（下地直輝）
