深夜バスのターミナル(写真はイメージです)

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 時間がかかる。でも安い。しかし体にきつい──。

 長距離深夜バスの移動といえば思いつくのはそんなイメージだろう。

 実際、長距離深夜バス移動の魅力は「安さ」に尽きる。例えば東京・大阪間なら、予約時期にもよるが片道約2400円の価格での移動も可能だ。新幹線ならば1万4450円である。実に約6倍の価格差だ。

 低価格な長距離深夜バスを利用する人々には、もちろんそれぞれに理由があるのだろう。筆者は1月某日、東京・大阪間を移動する際、あえて格安の長距離深夜バスに乗ってみた。そこは、まさに新幹線では見られることのない乗客たちの姿があった。そんな長距離深夜バス乗客たちの実態に迫ってみたい。

新幹線と違う個性的な乗客たち

 往路の大阪・東京間は水曜日という平日ということもあるのだろう、乗客は筆者を含めて3人しかいなかった。一応、指定席なので席は決まっていた。だが運転手から「今日は乗客が少ないのでお客様各自迷惑にならないよう好きな場所に座って下さい」とのアナウンスがあった。

 乗客数3人と少なく自由に車内を使えることから、他の乗客と話をする機会に恵まれることは目的地である東京に着くまでついぞなかった。

 最初に乗車した筆者の次にやってきたのは50代の男性だ。失礼ながら叩けば埃が立ち、上着の袖口やズボンのポケットにはところどころほつれ、アイロンのかかっていないくたびれた感じの、今時、あまり着ている人を見かけないグリーンがかったグレーのスーツに毛玉の目立つ黒色のセーター。それに10年は着倒したであろうダウンジャケット、明らかにノンブランドとわかる泥のついたくたくたのスニーカーを履いている。

 頭髪が薄くそれでいて長い。バーコード状の髪は夜でもピカピカ光って見える。ヘアクリームをつけているのではなく数日髪を洗っていないために出てくる脂分であることが誰の目から見てもわかる。髪から発せられる匂いも伝わってくる。

 この男性がバスに乗るなり缶入りの発泡酒を取り出した。某100円ショップのビニール袋からイカのするめを取り出し、その匂いをバス内に振りまきながらさも美味そうに食べている。時々、「ゲプ」とゲップをする。その口臭が時折、車内を席巻する。新幹線ではまず見かけない光景だろう。

 朝、東京・新宿に着くなり、この男性はところどころ色の剥げたガラケーを取り出し、「今からマクドで朝飯食うて時間潰して金券ショップで切符買って動くさかいに!」と大声で話しはじめた。零細企業の社長なのか、それとも出張費を節約するためにこのバスを利用したのか……。

 もう1人の乗客は、金髪の20代と思しき若い透き通るような色白の肌を持った外国人女性だった。少しばかし英語をかじった経験のある筆者は、彼女に英語で話しかけた。すると、彼女には英語が通じないことがわかった。

「▲○△□!!」

 ロシア語だ。このロシア美女、毛玉のついた厚手のグレー色のセーターにボディラインがくっきりみえるグリーンのスパッツを履いていた。汚れの目立つ赤のダウンジャケットを毛布代わりにしているが、それでも彼女がつけているのだろう。安手のキツい香水の香りではなく“匂い”が車内に漂う。

 東京までの車中は、バーコード頭の男性のゲップとロシア美女の香水の匂いが入り混じった空間だった。そんなバスに揺られながら、朝7時まで約9時間を過ごした。とても眠れるものではなかった。

大勢の乗客が発する匂いに耐えられるなくなる

 復路は土曜日ということもあり低価格の4列シート座席は満杯だった。それでも乗車料は6100円と平日に比べ割高だ。客は10代、20代の学生の学生が約半分、他は、30代、40代のサラリーマン風と異なる背景を背負った大勢の人たちが同じ空間で過ごす。

 バスが走り出すと皆、すぐに眠りに着こうとする。だが、ある20代の学生グループが大声でガラの悪い言葉ではしゃぐ。コンビニ弁当を広げ、それをグループ内で廻し食べるので車内は弁当と缶ジュース、缶発泡酒の匂いが充満している。そこに大勢の人のいびきや歯軋り、口臭が入り混じる。車内ではバスのエンジン音が響く。往路同様、とても眠れるものではない。

 もし新幹線で東京・大阪を往復すれば約3万円の出費である。今回のバス旅行では約8000円と3分の1の出費ですんだ。旅費だけで考えれば往復ともに平日ならば5000円以内で東京・大阪間で移動が可能だ。

 だが安いにな安いなりの理由がある。とても快適な空間とは言い難いからだ。そこに乗っている人もまた新幹線や飛行機ではお目にかかることのない「くたびれた顔」をした人たちが多かった。

 2013年以降、日本経済は活況に転じたといわれている。アベノミクス景気に沸く今、ともすれば1980年代にみられたバブル期のような勢いを感じるとの声も時折耳にする。

 しかし、いつの時代も好景気の波に乗れない人もいる。運転手の超過勤務を原因とする度重なる事故が報じられるなか、いくら安価とはいえこの長距離深夜バスでの移動を余儀なくされる人たちは、快適さは言うに及ばず、命へのコストもまた惜しまなければ厳しい生活を余儀なくされる人たちといえよう。

 わずかな電車移動の交通費を浮かすために金券ショップの開店までファストフード店で時間を潰す男性、異国からやって来た若い女性、青春を謳歌したい学生、30代、40代のサラリーマン風と皆、手元に自由になるカネに困っているであろう人たちだ。

 もちろん、格安の長距離バスを利用する人たちがこれらすべてというわけではない。しかし、こうした人たちがいる現状もまた、今の日本のリアルなのである。

(取材・文/川村洋 Photo by Tranpan23 via Flickr)