コスタリカで開催されていたU17女子W杯で、リトルなでしこことU17女子日本代表が見事、世界一に輝きました。決勝戦で強豪スペインを2−0と下し、全員の力でつかんだ優勝トロフィー。そのトロフィーを大事そうに抱え、幸せいっぱいの表情でスタジアム内を一周する高倉麻子監督と、笑顔で寄り添う大部由美コーチの姿は、「小さいなでしこたち」を世界の頂点へと導いた2人の関係を象徴するような、本当に印象的なシーンでした。選手として、指導者として日本女子サッカー界を支え続けてきたこの2人は、まさに"二人三脚"でリトルなでしこの快進撃を演出したのです。

U-17女子日本代表 高倉監督と大部コーチ
優勝して喜ぶ大部由美コーチ(左)と高倉麻子監督(右)


■監督が穏やかでもチームの雰囲気は弛緩しない


選手たちを集めて話をする時、トレーニングや試合でのプレーを見守る時、そして記者会見や取材の際も含め、高倉監督はいつも冷静で穏やかです。話をするときには一つひとつ言葉を選び、時には笑顔を浮かべながら丁寧に言葉を繋ぎ、激しく感情をあらわにしたり、声を荒げたりと言ったことはありません。

だからと言って、チームの雰囲気が弛緩するわけではありませんでした。練習では、これからどんなトレーニングをするのか、そこにどのような目的があるのか、どんなことに気をつけながらプレーすればいいのかを、丁寧かつ的確に指導します。選手たちのパフォーマンスに納得がいかなければすぐにプレーを止めて修正点を示しますし、いいプレーを見せれば「ナイスプレー!」、「いまのタイミングいいよ〜!」と声をかけ、褒めることを忘れません。元々、プレーヤーとして日本女子サッカーリーグ(現在のなでしこリーグ)で長年にわたって活躍し、女子日本代表でも79試合29ゴールという実績を持つ名選手だっただけに、その言葉のすべてに説得力があります。高倉監督のきめ細かい指導がトレーニングに程よい緊張感をもたらし、選手たちは実戦を想定したトレーニングをみっちりとこなして試合に臨むことができました。

コスタリカは熱帯気候に位置する国で、リトルなでしこがグループステージや決勝を戦ったサンホセは25度前後の気温と激しい照りつけ、準々決勝、準決勝を戦ったリベリアは35度近い熱気と、大会期間中は暑い日が続きました。3月上旬に静岡で行われた直前キャンプでは冷たい雨や雪が降る中でトレーニングを行っていたことを考えると気候の変化はあまりに大きく、日中のトレーニングでは暑さゆえに集中力が途切れる場面もありました。

■的を得たカミナリは効果的


そんな時に“カミナリを落とす”のは大部コーチの役目でした。選手たちの動きに目を光らせ、緩慢なプレーを見せた時には「球際もっと激しくいかないと!」、「動き出しが遅い!」などと大きな声で叱咤し、改善を促します。大部コーチもまた、女子W杯に4度出場した経験のある名DFでしたから、“カミナリ”もむやみに落とすわけではなく、その内容は的を射ています。練習の雰囲気がピリッと引き締まるのが、手に取るように分かるほどでした。

ただ、大部コーチは選手たちを委縮させるだけの“鬼コーチ”ではありません。印象的だったのは準決勝ベネズエラ戦の後半、DFの北川ひかる選手が相手選手と接触して頭部を強打し、担架で運ばれた時のことです。筆者はフォトグラファーとして大会を取材しており、北川選手が倒れた時、ちょうど私の背後でサブの選手たちがウォーミングアップをしていました。到着直後にコスタリカの暑さに馴染めず、体調不良を訴えた選手こそいましたが、ここまで大きなケガ人もなく戦ってきたリトルなでしこに訪れた大きな試練。サブの選手たちの間に走った動揺が伝わってきます。そんな時、大部コーチは「出番あるよ、体動かそう」と声をかけ、楽しめる要素を盛り込んだメニューで選手たちを笑わせ、緊張を解きほぐし続けました。そして4−1でタイムアップを迎え、日本の決勝進出が決まると、「さあ、みんなで喜びに行こう! 笑顔ね」と、選手たちをピッチに送り出しました。大部コーチの優しさがあふれ出たシーンでした。

高倉監督も大部コーチも、選手たちを輝かせたい、この大会でタイトルを獲らせてあげたいという気持ちは共通していました。そのために真正面から選手たちと向き合い、自分の経験を伝え、理解を深めてきました。高倉監督が45歳、大部コーチは39歳と、16、17歳の選手たちにとっては自分の母親とそう変わらない年齢のはずです。適度な緊張感をもたらしつつ、選手を包み込む優しさも併せ持った2人の“母親”に見守られながら、チームは一体感を増し、強くなっていきました。ベンチで見守り続けた高倉監督も、試合を重ねるごとに成長していく選手たちの姿は「本当に頼もしかった」そうです。

笑顔を絶やさなかったU-17女子日本代表リトルなでしこの選手たち
大会中、笑顔を絶やさなかったリトルなでしこ選手たち

帰国後の記者会見で、高倉監督がネタ振りをしてDF橋沼真帆選手やDF遠藤優選手が一発芸を披露しましたが、コスタリカ滞在中にも同様のシーンがありました。グループステージ第2節でパラグアイ戦に10−0と快勝した翌日、選手たちはサンホセ日本人学校を訪れ、現地の子どもたちと交流会をしました。その時も高倉監督の振りに対して遠藤選手がダンスを披露し、北川選手とMF長野風花選手がアカペラで歌をうたい、会場を一瞬にして和ませました。監督の要求に、すかさずこたえる選手たち。帰国後の会見で高倉監督が語ったように、「選手21人、スタッフ、心を一つにして」いること、全員が強いきずなで結ばれていることを実感しました。高倉監督と大部コーチを中心に作り上げられたこの一体感こそ、リトルなでしこが世界の頂点に立てた最大の要因だったと言えるでしょう。

取材・文・写真/池田敏明