会議の効果は年間300億円以上!

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■ゴーンが命令した会議方法の開発

「会議」は、退屈で非生産的。たいていはそうでしょう。長々と時間をかけたわりに、上層部の意向に沿った予定調和的な結論になったりするのは当たり前。その後に議事録が回覧されると、各部署から修正の指示が噴出して、「会議での決定事項」と「議事録」という2つの別の結論ができあがり、その後の実行力が弱くなることまであります。

かつて官僚体質と批判され業績不振だった頃の日産もそうだったかもしれません。

同社の体質はカルロス・ゴーン氏が社長に就任したのを契機に、変貌を遂げます。ゴーン氏がリストラや合理化など大胆な改革をしたことは有名ですが、「会議の方法」の開発を指示していたことまではあまり知られていません。

現在ではすっかり社内に浸透した「V−up」と呼ばれる日産式の会議には、独自の方法があります。そのひとつが「議事録をつくらない」です。

では、会議をどう進めるのか。まず、模造紙数枚と大量の付箋紙を用意します。事前に会議のテーマや目的を聞いていた参加者は、自分のアイデアを付箋紙に簡潔に書き、模造紙にペタペタ貼っていく。最後に模造紙をデジカメで記録します。数十枚の直筆の意見をまとめて撮影した写真データは会議終了後にすぐさま関係者に配信されます。それが議事録の代わりになるのです。

写真を眺めれば、会議に参加していなくても、会議のプロセスやどんな意見のぶつかり合いがあったかの要旨をつかめます。後で修正をしようにも難しく、結論が複数ということにはなりません。

この会議の最大のメリットは、参加者が「視覚」を強く意識することにあります。普通の会議で意見を述べるとき、その内容はとかく冗長になりがちです。議事録をとる決まりがある場合、この無駄な部分も文字化されます。皮肉なことに、それを読んでも真意を測りかねることもしばしば起こる。これでは時間と労力のロスです。

それに対し、日産式は付箋紙に収まるようシンプルに書かねばならないので、参加者は考えをあらかじめ煮詰めておく習慣が身についています。結果的に余計な話やテーマからずれた意見も出ない。議論をとことん深められて「その日に始め、その日中に結論を出す」ことが可能なのです。

「付箋紙に名前を書かない」ことも「議論深化」の要因でしょう。これは、部署・肩書に関係なく、参加者が自由に発言・提案できるようにするための方策。せっかく素晴らしい案を思いついたのに、会議の場で話すとなると緊張して声が小さくなり、言いたいことが言えない人もいる。でも、書くことならできる。議論の方向性が「声の大小」に左右されず、模造紙の中で純粋にアイデア勝負ができる。それが日産式なのです。

実は「意思決定者は会議に参加しない」こともルールのひとつですが、これも誰か(経営幹部など)に影響されず、積極的かつ建設的に意見交換する雰囲気をつくるためです。意思決定者は会議の最後に顔を出し、参加者が導き出した結論に対してGOかNO GOかを判断するだけ。

日本の会議における慣習や常識から考えると、日産式の作法はどれも驚くべきものばかりですが、それらが近年の日産の好業績を支えていることは確かです。

「V−up」がスタートして約10年。その間に会議で解決され、実行に移された案件は3万件以上。同社の試算によれば、実行したことによる効果は金額に換算できるものだけで約3000億円。金額換算しにくいものも合わせると倍にもなりうるとのことです。

震災後の対応や立ち直りが他の自動車メーカーに比べ突出して早かったのも、この議事録なしの「V−up」で「基礎体力」を養成してきたからなのです。

(フリージャーナリスト 漆原次郎 構成=大塚常好)