今月3日のことである。北九州市は、小倉駅北口に建設する球技専用新スタジアムの補正予算案(約95億円)を市議会に提出すると発表。ギラヴァンツ北九州のサポーターは大いに沸き立った。スタジアムの完成は2017年とまだ先の話だが、夢の実現への第一歩となりそうだ。

 北九州には北九州なりの事情があるわけだが、全国を見渡してもこうした「球技(主にサッカーとラグビー)専用スタジアム」建設の動き自体は珍しいものではない。例えば大阪では、ガンバ大阪が「みんなの寄付金でつくる日本初のスタジアム!」と号したプロジェクトを実施中で、目標の140億円中の110億円余りを集めることに成功している。同種の構想が浮かんでは消えていた広島でも、署名活動といった地道な動きが実を結び、いよいよ本格的なプロジェクトが進行し始めている。ほかでは、清水も新スタジアムの構想を練り始めており、水面下では山形などにも同種の構想がある。

 その背景は一様ではないが、Jリーグが導入した「クラブライセンス制度」が一つのトリガー、あるいは後押しする要因になっている。同ライセンスでは座席の絶対数の確保からトイレの数に至るまでスタジアムの規定が細かく定められており、これを満たせないクラブはJ1に昇格できないといった不利益をこうむることになる。冒頭の北九州も、現在使用する本城陸上競技場は思い出こそいっぱい詰まっているものの、設備に乏しく収容人員も少なく、J1のスタジアム基準をさまざまな面で満たしていない。こういう場合は改修するにしても莫大なコストを要するため、「それなら新しく建ててしまおう」という発想が出てくるわけだ。また、山形のような雪国のケースではもう一つの理由がある。つまり将来的なJリーグのシーズン移行に伴う冬季開催を見据えるとスタジアムの改修が不可避であり、ここでも「それなら新しく建ててしまうほうがいいのでは?」ということになるのだ。

 ただし、クラブライセンス制度のスタジアム規定は「球技専用」であることをまったく求めておらず、推奨もしていない。実際、ライセンスに基づいて作られる新スタジアムが、どうやら陸上競技場となってしまいそうなクラブもある。つまり、専用スタジアムの需要が高まるのは、別の事情がある。

 日本では国体のメイン会場として中規模の陸上競技場が各地で整備されてきたという歴史的背景もあり、多くのJクラブが国体向けに建設された陸上競技場を使用してきた。陸上競技場はサッカーやラグビー以外の種目も開催できるために稼働率が上がること。また、コンサートなどの大規模イベントに向いているといったメリットがある。一方、純粋に観戦者目線で言えば、専用スタジアムのほうが陸上競技場よりも遥かに臨場感を得られ、選手の判別もしやすいなどメリットが大きい。ピッチとスタンドがコンパクトにまとまることで一個の“劇場”としての効果も大きくなる。観衆との一体感を得られるスタジアムは、プレーする選手にとっても心地よいものだ。また、他競技や他の催し物と日程がバッティングして、競技場の使用をめぐってごたつく心配も小さい。サッカー側にとっては、ほとんどメリットしかない。筆者も専用スタジアムが好きだし、サッカー関係者が「新しく建てるなら専用で」と、専用スタジアムを求めるのは自然な欲求とさえ言える。だが、こうした「サッカー側の事情」は「サッカーの外側にいる人」にとってそこまで大きな意味を持ち得ないのも事実である。

 そうした現実を動かす要素の一つが、お金と土地の問題である。陸上競技場はトラックの分だけ大きなスペースを要するため、同じ収容人員であっても、より大きな土地の確保が必要となる。当然ながら、より巨大な建築物となることから費用も大きくなる。となれば、「陸上競技兼用だと100億円で、球技専用だと70億円? 同じ1万5千人のスタジアムでクラブライセンス制度を満たせるなら、安いほうがいいよね?」という考えに至るのは、「サッカーの外側にいる人」にとっても自然なことと言えるだろう。

 建設業界にいくらでもお金を落とせた時代はすでに終わった。むしろ、「落とすために建てる」時代すらあったわけだが、それも過去の話。国体や総体が新たな施設建設を嫌って広域開催の形で実施されるのも当たり前になってきたのが現代日本である。日本経済の低迷を受け、多くの自治体において財政に注がれる視線はシビアになった。こうした現状が「陸上競技場か専用スタジアムか」という二者択一になった際に、後者の選択を促す――。専用スタジアム量産の背景にあるのは、広い意味で「国体の時代」が終わったこと。そんな皮肉な事情も見え隠れする。

文●川端暁彦