日刊埼玉西武ライオンズを始めて以来、中島裕之選手に関する記事は数え切れないほど書いてきた。だが埼玉西武ライオンズの中島選手に関し、これが恐らく最後の記事になるであろうと考えると感慨深い。日刊西武は今季で４シーズン目を終えた。その中にあり、ほとんどチームを離脱することなくスターであり続けたのが中島裕之選手だ。そしてこの記事は、２００９年以降の中島選手にフォーカスを当てて行こうと思う。

ライオンズは２００８年、１９９２年以来の完全優勝による日本一を達成した。この間リーグ優勝や2位からプレーオフを勝ち抜いて日本一になったという好成績はあったものの、リーグ優勝をし、そこから日本シリーズに進出しての日本一となると、１９９２年が最後となる。ようやく掴んだ真の栄光であり、２００９年以降はもしかしたら新たな黄金時代に突入する予感さえ感じさせてくれた。だがその２００９年、チームは７０勝７０敗の５割で４位に沈んでしまう。その中で中島選手は全１４４試合に出場し、１７３本のヒットを打ち、最多安打を獲得した。そして１００得点もリーグ１位だった。中島選手が打者として凄みを増してきたのが、２００９年以降だったと筆者は感じている。

打撃に関してはまさに一流の域に達しようとしていた中島選手ではあるが、しかし守備に関しては２００９年はまだリーグ最多失策の遊撃手だった。さて、打撃や守備の話はいったん置いておくとして、走力に関しての話をしてみたいと思う。中島選手が打ってから一塁に到達するまでのタイムは４.３２秒だ。ちなみに片岡易之選手のタイムは４.１５秒。わずか０.１７秒の差ではあるが、しかし打席から一塁までの距離ということを考えると、０.１７秒は決して小さな数字ではない。中島選手は俊足とも評されているわけだが、その評価の割にはタイムは良くない、というのが単純な印象だ。なお来季から千葉ロッテマリーンズに加入することになった同じ右打者であるG.G.佐藤選手の筋肉量がマックスだった頃のタイムは４.３４秒だ。つまり中島選手のタイムは、走力が然程ないG.G.佐藤選手と同クラスということになる。これは果たして何を意味するのであろうか？

さらに言えば炭谷銀仁朗捕手も４.２５秒であり、中島選手より速い。だがもし５０ｍ走を競ったならば炭谷捕手、G.G.佐藤選手、中島裕之選手の中では中島選手が間違いなく一着となるだろう。つまり中島選手はやはり脚は速いのだ。では打ってから一塁までの走塁は手を抜いているのだろうか？いや、そうではない。実はこれには中島選手特有の理由があるのだ。走塁の話として始めたわけだが、実はこれは打撃の話なのだ。

打者には大きく分けると２種類のタイプが存在している。走ることを前提に打つ選手と、打ってから走るタイプだ。日本では左右問わずほとんどが前者のタイプだ。右打者でもバットを振り終わる前に体が一塁方向に向いている選手が多い。炭谷捕手はその典型だと言えるだろう。だが中島選手はそうではない。まるで長嶋茂雄選手のようなスウィングを見せているのだ。すべてのスウィングでそう、というわけではないのだが、中島選手がベストスウィングをした際にはスウィング後、ほとんど必ず右足を一度ホームベース付近に置き直しているのだ。しかもそれは一塁に向かう前提で右足がホームベース上に移動しているわけではない。この一歩は、打ってから一塁に行くまでにはそれほど役には立っていない。では何の役に立っているのか。それはフォロースルーだ。中島選手はフォロースルーが非常に大きい。これはまるで一流メジャーリーガーたちが取り入れているスタイルだ。

右打者の場合、本当の意味でバットを振り抜くと体は必ず三塁方向に向かってしまう。反時計回りでバットを振るのだから、当然と言えば当然だ。逆に時計回りでバットを振る左打者は、バットを振り抜けば自ずと体が一塁方向に勢い付くことになる。多くの右打者は少しでも早く一塁に向かいたいがために振り抜いているようで、実は振り抜く前にフォロースルーを終えてしまっている。だが中島選手の場合はしっかりと振り抜き、最後は左手一本でバットを左足付近にまで持って来ている。まさに限界までバットを振り抜いているのが中島選手のスウィングなのだ。他の右打者よりもバットを振っている時間が長いために、中島選手は俊足でありながらも一塁までの到達時間が長くなってしまっているのだ。だがその分、他の選手以上にスピードのある打球を生み出すことができる。

筆者は２００９年以降、中島選手の打撃に凄みが増してきたと上述した。その根拠がここにある。元来反対方向にも強い打球を打てる中島選手ではあったが、このような打撃動作のマイナーチェンジをしていくことにより、打球の強さが年を追うごとに強くなっていくのだ。そしてこのマイナーチェンジはメジャーリーガーの打撃理論を直に学ばれている熊澤とおる元打撃コーチの存在なくしては難しかったと言えるだろう。

中島選手の打撃動作は、まさにメジャーリーグに適したものだ。恐らく中島選手自身、メジャー移籍を前提として技術を学んできたのだと思う。その結果が今たどり着いた打撃動作というわけだ。メジャーリーグには岸孝之投手のようなカーブを投げる投手はほとんどいない。その理由は、変化球で打者を抑えてもコーチに褒めてもらえないからだ。メジャーでは、ストレートで抑えてこその結果だと考えられている。そのような文化であるために、メジャーの投手たちは配球にしても変化球にしてもストレートを軸としている。それがいわゆるムーヴィングボールと呼ばれる、打者の手元で微妙に動き出すストレートだ。

ムーヴィングボールを弾き返すためには、ポイントを体の近くに置く必要がある。そして弾き返すというよりは、バットでボールを捕まえて押し返す、という感覚で打つことが求められる。まさにこれは中島選手の打ち方だ。筆者は断言しよう。中島選手は打者としては間違いなくメジャーで通用する。もし中島選手が通用しなければ、日本人打者はもう誰もメジャーでは通用しないと言えるだろう。

２０１２年１２月１８日、中島選手はオークランド・アスレティックスと２年６５０万ドルで契約を結んだ。『マネーボール』でも知られるビリー・ビーンＧＭと並んだ記者会見も実に印象的だった。一年前、ポスティングによりメジャー移籍を目指した中島選手ではあったが、落札したニューヨーク・ヤンキースとの交渉は決裂し、ライオンズに残留することになった。だが一年待った甲斐は十分にあったと言えるだろう。アスレティックスという名門チームと２年契約を結び、さらに活躍次第では３年目のオプションも勝ち取ったのだ。そして背番号もライオンズ時代同様３番。これもファンとしては嬉しい要素だと言えるだろう。一年前、ヤンキースはバックアップ要員としてしか中島選手を見ていなかったが、しかしアスレティックスはそうではない。レギュラーショートストッパーとして中島選手と契約を結んだ。

近年、日本人内野手の評価は年々下がりつつある。その中で勝ち取ったこの契約は本当に驚くべきものだった。今季の中島選手の年俸は２億８０００万円で、来季の年俸は２億７４００万円程度となる。金額面だけを見ても、中島選手がアスレティックスからどれだけ高く評価されているかがよく分かる。中島選手には海を渡っても馴染のある３番を背負い、まずはアスレティックスの２年連続地区優勝に貢献してもらいたい。ちなみにアスレティックスのメルビン監督は、２００３〜２００４年はシアトル・マリナーズの監督としてイチロー選手と共に戦っている。つまり日本人選手に対する理解度が高いという利点もあるのだ。中島選手が活躍する要素はアメリカにも豊富にある。２０１３年、中島選手はきっとやってくれるはずだ。我々ファンがどれだけ期待したとしても、きっとその期待に応えてくれるだろう。


中島裕之クロニクル　２００９〜２０１２年、そしてメジャーへ
中島裕之クロニクル　２００５〜２００８年篇
中島裕之クロニクル　２００１〜２００４年篇