小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第121号(2012年12月13日配信号)より抜粋※


 Jリーグが誕生してから20年。その間、アジアチャンピオンになるチームが現れるなど、他国と比較しても驚異的なスピードで成長し、大きな成功を収めてきた。Jリーグはファン層の拡大、プレミアリーグ構想など、さらなる進化を目指している。

 一方で、その異常ともいえる成長速度ゆえに歪みも生じ、財政破綻を起こすクラブも出てきてしまった。理念先行型の経営で育ってきたJリーグだが、これからは夢と財布のバランスが大事になる。

今回、私が所属する産業能率大学でスポーツマネジメントの授業を受持つ西野努氏に話を聞くことができた。西野氏と言えば、元浦和レッズのOBとして、さらに引退後にリヴァプール大学へ留学し、フットボールMBAを取得したことでも知られる。

 このインタビューを企画した理由は、ジャーナリストを目指す者として、自分の力がどのレベルにあるのかを試したかったからである。他の著名な方々も多く言及しているこのテーマで成果を上げれば、それが試金石になり得る。記事の評価は読者の皆さんに下してもらいたい。今回の企画を快諾してくれた当メールマガジン発行者の小澤一郎さん、二つ返事で取材を引き受け、私の拙い質問から多くを話してくれた西野努先生のお二方に、この場を借りて改めてお礼申し上げる。



――まず西野さんがどのような研究をしているか、大まかに紹介してください。
 
西野努(以下、西野) 研究というよりも、大学の授業で学生にわかりやすく伝えるというのがメインです。Jリーグやプロ野球、メジャーリーグ、欧州サッカーなどの実例ですね。経営の分析や各クラブのマネジメントを見て研究して、それを授業に還元していくという仕事です。
 
――今回はJリーグのビジネスについてお聞きします。私も授業をお受けしましたが、浦和に代表されるように、Jリーグの観客数は2008年をピークに横ばい、あるいは徐々に減っている状態が続いています。この状況はどうお考えですか?
 
西野 1つには、Jリーグの拡大方針が影響していると思います。今はチーム数を増やし、全国に拡大する方針をとっているので、平均的な動員が減っていることに危機感はあまり感じません。いろいろな考え方ができますが、例えばスカパーが放映権を独占しているのは新たなファン層を拡大するのにはデメリットな部分です。リーグのマネジメントのスタンスが、何を優先しているのかが不透明だと思います。
 
 チーム数を増やすのなら、もっとファン層を拡大するために放映権料が多少減ったとしても民放で試合を流した方が良いと思います。ファン層を広げるのか既存のファンの囲い込みをするのか、チーム数の拡大とスカパーとの契約は相反していると思います。
 
――観客層のデータとして、サッカー未経験者が多いという報告もあります。
 
西野 子どもに「好きなチームは?」と聞くと、海外のチームを挙げる子が本当に増えています。バルセロナ、マンチェスター・ユナイテッド、ACミラン……。Jリーグチームを憧れの対象にしている子どもより多いかもしれません。それが関係していると思います。
 
 なぜスタジアムに足を運ぶかと言われたら、試合を見ていて楽しいからです。純粋にサッカーの面白さという部分では、Jリーグはまだまだ欧州のレベルには届きません。それを求める人たちは、テレビで欧州のリーグ戦やチャンピオンズリーグを見ます。スカパーに契約して、多少お金がかかっても見ようという人がたくさんいます。その動きがJリーグにないのは、純粋にコンテンツとしての魅力がまだまだヨーロッパのレベルに至っていないからでしょう。
 
 J1、J2あわせて40チームになりましたが、面白い試合もあれば、そうではない試合もあると思います。チーム数を増やしている以上は、一試合あたりの平均的な魅力が減っていくのも仕方ないですね。そういった意味で、経験者がスタジアムに行かないのは理解できます。サッカーを経験してある程度知っていれば、世界のスーパースターに魅力を感じるのは素直な反応だと思います。
 
――Jリーグの「地域密着」にリンクできていないということでしょうか?
 
西野 リンクできていないというよりも、創設から20年経ち、今何をすべきかという整合性を見失っているのかもしれません。チームを増やし、サッカーファミリーを増やすというところと、日本サッカーのピラミッドの頂点を高めていくところです。これは意図した効果ではありませんが、現在はピラミッドの頂点がヨーロッパに向けられています。国内のトップ選手が海外に行く理由も、移籍金等の問題も関係していると思いますが、そういった難しさが出ていると思います。
 
――経営状態がプロと言うには厳しく、練習グラウンドの確保すらままならないクラブもある状態で、チームを増やし続けていくことに意味はあるのでしょうか?
 
西野 Jリーグは「理念先行」型の経営です。「百年構想」も「地域密着」もそうですが、素晴らしい理念を掲げ、そこに向かってアプローチをしていくというやり方です。ここまで素晴らしい成果を残していますし、功績として認められるべきものです。
 
 しかし、同時に財布も重要になってきます。現在は夢と財布(=理念と財政)、そのバランスが若干崩れているような気がします。理念は素晴らしいため人は集まってきますが、誰がお金を負担するのかという話になり、そこの現実的な視点が不足しています。だからこそクラブライセンス制度を始めたのではないでしょうか。
 
――川崎フロンターレのように個性的なプロモーションで人を集めるのは、各クラブができる手段のひとつです。こういった状況を受けて、リーグ側が取るべき政策はどういったものでしょうか?
 
西野 Jリーグ立ち上げ当初は中央集権の形で協会が統治、管理をしてきました。商品、ユニフォーム、放映権、それらすべてをリーグが管理し分配していくという、共産主義的な方法です。20年経った今では徐々に各クラブに権限を移行させています。しかし、まだまだ中央の力が大きい体制です。現在のJリーグは難しい立場にあると思います。大きな力を持っている協会を、今後の20年で小さくしていくのか、維持していくのか。これは今後の20年で注目していきたいところですね。
 
――「J3」の話に移ります。経営が難しいクラブがある中で出た「J3」案ですが、これにはどのような効果が期待できますか?
 
西野 サッカーファミリーの拡大というところには、間違いなく大きな貢献をするでしょう。しかし、先程も述べたように、チーム数を増やす以上は財政状況を明確にすべきです。
 
 プロクラブを目指しているチームは多く、J3設立となれば参加したいというチームはたくさんあるでしょう。その中で果たしてどれだけのチームが母体を維持できるのか、冷静に判断したいところです。リーグ側がどこまで関与していくのか、どこまで自立を求めるのかというさじ加減は重要です。ただ、J3となればプロではありません。
 
――「J3」を設立したとして、JFLの立ち位置にはどういった影響があるのでしょうか?
 
西野 現在のJFLはJリーグに次ぐアマチュア最高のカテゴリーとして位置づけられ、歴史的にも続いていますし、J3とJFLを共存させるのが良いと思います。J3とJFLなら、恐らくサッカーのレベルも変わりません。もし別リーグとして設立するとなると、競技レベルも分散されます。
 
 私は階層型ピラミッドが1つの理想だと考えていますが、J3までをプロとするピラミッドと、JFL以下アマチュアのピラミッドをもう1つ作るのは、効率的ではないと思います。Jリーグがどのように考えているのかはわかりませんが、企業チームと準加盟チームを混合したリーグの方が望ましいですね。企業チームの中でJリーグ入りを目指すところも出てくるかもしれません。

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第121号(2012年12月13日配信号)より抜粋※