iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った世界初の臨床応用をしたと大手メディアに大々的に報じられ、即座に大半が嘘だと判明した森口尚史(ひさし)氏(48歳)。

当初、森口氏が6例行なったという手術のうち5例は虚偽。1例は実際に行なったと主張しているものの、10月18日時点で手術記録の詳細は明かしていない。

また、森口氏のハーバード大学客員講師という肩書についても、同大学側が「1999年11月末から1ヵ月余り在籍していたが、その後、関わりがない」と否定している。

医療ジャーナリストで写真家の伊藤隼也(しゅんや)氏がこの騒動について語る。

「森口氏に問題があるのは言うまでもありませんが、メディアの報道姿勢もおかしい。そもそも騒動の発端は、彼の荒唐無稽な話を読売新聞が1面で大きく報道したこと。読売だけでなく、大手各紙が過去に彼の話だけを鵜呑みにして記事を書いてきた。今回もきちんと検証報道をしていれば、すぐに嘘だとわかるケース。そこをまず反省すべきだと思います」

確かに、今回のように、iPS細胞開発者でノーベル医学生理学賞に決まった山中伸弥・京都大学教授(50歳)より、一歩も二歩も先をいく臨床応用をしていた……なんて話は、森口氏が所属して(いると主張して)いたハーバード大学に問い合わせれば、すぐに嘘だとわかったことだ。

とはいえ、こんなとんでもない人が東京大学医学部附属病院で特任研究員を務められていることも、にわかには信じられない話ではある。

「特任研究員というのはいわばパートタイマーのようなもので、組織や研究チームの責任者にとって都合のいい人物が任命されるケースもある。その結果として、彼のようにムチャクチャな人が医療研究の現場にはいくらでもいるんです」(伊藤氏)

実は、今回ほどの騒動になることはめったにないが、医療研究の世界では森口氏のケースと似たような不正が頻発している。

例えば今年だけでも、東京大学分子細胞生物学研究所の教授らが過去にアメリカの科学誌に載せた論文の研究データを捏造していたことが発覚したほか、京都府立医科大学、獨協医科大学、名古屋市立大学などで論文データの改竄(かいざん)や捏造が明らかになっている。

なぜ、こうした“研究ロンダリング”が続くのか?

「大雑把に言うと、研究費を取得したいから。リスクを冒してまでデータの改竄や論文の捏造をするのは、実体以上に自分や組織の成果を大きく見せるため。そうすれば、しかるべきところからお金が落ちてきますから」(伊藤氏)

実際、森口氏のケースも、内閣府や文部科学省は彼が関係してきた研究に計数億円にも上る助成金を出している。

一方、森口氏が関与する研究プロジェクトについて、東大病院側が内閣府に提出した報告書のうち森口氏の担当した部分を、プロジェクトの代表者すらチェックしていなかったことが判明している。これでは不正は防ぎようがない。

医療ジャーナリストで医学博士の森田豊氏はこう指摘する。

「共同研究者と認めていて、組織のボスがその研究の中身を知らなかったというのはおかしい。仮に共同研究者および所属している研究チームが論文や学会発表を増やすためだけに名前を貸していただけだとすれば、無責任な話です。結局、研究の現場でも、その研究が正しいかどうか、間違った方向にいっていないか、信頼性に富んでいるかどうか、チェックする機能が働いていないということ。今の日本の研究現場システムを変えないかぎり、同じことが繰り返される可能性はあります」

嘘がばれ、つるし上げをくらう森口氏を、人ごとと笑えない研究者が日本中にたくさんいるということか。

(取材・文/コバタカヒト)