「恩師に読ませるためだけに小説を書いた」 諏訪哲史さんインタビュー(3)
 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第37回の今回は、2007年に『アサッテの人』で第137回芥川賞を受賞し、この度新刊『領土』を刊行した諏訪哲史さんです。
 前回は『領土』というタイトルに込められた意味についてお聞きしました。最終回の今回はデビューに至るまでの話や、人生に影響を与えた3冊を紹介していただきました。

■恩師・種村季弘に読ませるためだけに書かれたデビュー作『アサッテの人』

―次に、諏訪さんご本人についてお聞きします。小説を書き始めたきっかけがありましたら教えてください。

諏訪 「大学を出た年に、詩を書き始めたんです。なぜかというと、大学時代の恩師の種村季弘先生(独文学者・評論家)に詩の同人誌を送りつけて、それを口実に先生の家に遊びに行きたかったんですよ。先生との関係が大学卒業と同時に切れちゃうのが嫌だったものだから、同人誌を作って年に4冊くらい出せば、それを持ってちょこちょこ遊びに行けるんじゃないかっていう。そういうわけで詩を書き始めたんですけど、おもしろいとも何とも言ってくれなかったんです。それで “これはいかん。先生に小説を読ませないとダメだ”と、一念発起して、28歳の時に会社まで辞めて、先生に読ませるためだけに小説を書いたんです。それが『アサッテの人』です」

―一度は就職されたんですね。

諏訪 「そうです。最初は東京にいてフラフラと中原中也みたいに無頼に生きようと思っていたんですけど、それを先生に言ったら『バカヤロウ!』って言われましたね。あの方は薄給の生活でかなり苦労された苦労人なんですよね。それで、金を稼がずにフラフラ生きようなんて奴は早晩くたばるって言われて、蹴っ飛ばされるように就職させられたんです。今思えば正しい指示でしたね(笑) 。名古屋鉄道に入ったんですけど、それがなかったら今頃何もできない人間になってたなあ…」

―名鉄では車掌さんをやっていらしたとか。

諏訪 「そうです。といっても大卒だったから研修でやっただけなんですけど。あとは駅での勤務とか本社で経営監理業務をやったりもしましたね」

―そういえば、『領土』の中にも名鉄の名前が出てきますね。

諏訪 「はい、『市民薄暮』にも出てきますし、『ロンバルディア遠景』にも、駅の宿舎みたいな場所が出てきます。結局名鉄には6年務めました。完全に名鉄マンでしたね」

―諏訪さんの人生に影響を与えた本がありましたら3冊ほどご紹介いただけますか?

諏訪 「まずは、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』ですね。あとは誰だろう…。フーゴ・フォン・ホフマンスタールの『チャンドス卿の手紙』とそれと梶井基次郎の『檸檬』かな。本当はもっとたくさんあるんですけど、3冊といわれればこれですね」

―最後に読者の方々にメッセージをお願いします。

諏訪 「裏切られても裏切られても、どうかついてきてください。それがメッセージですね」

■取材後記
 『領土』での試みについて熱く語っていただきました。
 諏訪さんの小説の文章は、古くから小説を書き続けてきた人のものだと思っていたので、小説家になるつもりはなかったことや、小説を書き始めた動機をお聞きした時は、意外に感じました。
 小説の地平を目指した『領土』。これから書評などが順次出てくるかと思いますが、この作品にどのような反応が寄せられるのか、個人的にも楽しみです。

※新潮社HPでは、『領土』の装画・挿画を担当した銅版画家・山下陽子氏の作品を見ることができます。幻想的な作品世界の演出に一役買っている山下氏の作品もぜひチェックしてみてください。
新潮社ホームページ:http://www.shinchosha.co.jp/book/331381/
(インタビュー・記事/山田洋介)


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