[写真]=ムツ カワモリ

「彼のゴール前へと入る感覚は素晴らしい。それは、彼のキャラクターによるものだ。彼はいつも前を見ているからね。エリア内への侵入を好み、その特性を備える選手には、そうさせてやるべきだ。チームに入団したばかりの選手が急速にチームに溶け込んでいることをうれしく思う。もちろん、彼には時間を与えていくけどね」

 通算35回目となるジョアン・ガンペール杯でナポリを5−0で一蹴したバルセロナ。試合後、ジョゼップ・グアルディオラ監督はチームに先制点をもたらした“彼”を絶賛した。彼とは、この日、バルサのトップチームでの初スタメンを飾り、初ゴールをマークしたセスク・ファブレガスだ。

 ご存知のとおり、セスクはラ・マシア(バルサの下部組織)で育った選手。8年前、彼はチャンスを求めてロンドン行きを決断した。アルセーヌ・ヴェンゲルの指導の下、人間としても選手としても大きく成長したセスクは、名門アーセナルのキャプテンマークを巻くまでの存在となった。そう、彼はチャンスを見事にモノにしたのだ。

 だが、セスクの心から「いつの日かバルサで再びプレーしたい」という気持ちが消えることはなかった。そしてこの夏、セスクは自分の夢をかなえるために、思い切った“譲渡”をする。年俸を減らしてでもバルサでプレーしたい、その意向をセスクはバルサに伝えた。バルサはセスクの願いを聞き入れ、2900万ユーロ(約32億円)の移籍金でアーセナルからセスクを獲得。もちろん、“主役”を手放すアーセナル側の配慮も忘れていない。今回の移籍に関する契約書には、「バルサでの5年間で、セスクが一定のゲーム数に出場し、仮にバルサがリーガ優勝を2回、チャンピオンズリーグ優勝を1回果たした場合、バルサは追加料金として500万ユーロ(約5億5000万円)をアーセナルに支払うこと」という条項が記されているそうだ。500万ユーロという金額は、セスクが5年分の年俸から返上した額と同額。契約書の条件が実現すれば、バルサは“セスクが戻してくれた金額”を、アーセナルに支払う形となる。

 夢に見たバルサでのチャレンジ。セスクはその喜びを次のように語っている。

「まだ夢を見ているみたいだよ。この時がやがて来るものと思っていた。この時が来るのを強く願っていた。そして、その夢がかなったのさ。これ以上何も望むことはない。すべてがパーフェクトだよ」

「僕は世界一のクラブに入った。世界一のチームでプレーするようになった。すべてのタイトルを獲得し、歴史にその名を刻んでいる偉大なクラブに入った。当然、ここでは厳しいポジション争いが予想される。世界最高のプレーヤーと競わなくてはならないのだからね。ただ、そのための準備はできているつもりだ。同時に、ベンチ要員になることを受け入れる準備もできている。僕のポジションには世界最高のプレーヤーが何人かいるからね。他のクラブからの誘いもあった。ある意味、自分にとって最も難しい状況を選択したと言えるかもしれない。でも、難しい戦いであればあるほど、それをやり遂げたときの喜びは大きいはず。全力を尽くしてポジションを勝ち取るつもりだよ」

 そして、自らの夢をかなえてくれた恩師ヴェンゲルに対し、セスクは心からの感謝を示す。

「(過去にバルサを去ったときは)あのときの僕には、トップチームでプレーする可能性が見えなかった。チャビは将来を嘱望されていた。アンドレス(イニエスタ)もいたし、他にも良い選手がいた。バルサの一員として、世界に羽ばたくなんてことは不可能に見えていたのさ。あの頃の僕は将来に大きな不安を抱えていた。ちょうどそんなときに、アーセナルが僕に興味を示してくれたんだ。特に、ヴェンゲル監督の熱心な誘いに心を揺さぶられたのは確かだ。当時の僕はまだ17歳、カデーテ(下部組織、U-16カテゴリー)でプレーしていた。そんな僕のために、彼は貴重なバカンスの時間を割いて、バルセロナまで僕に会いに来てくれたんだ」

「アーセナルを去るのはとてもつらかった。泣きたい気持ちにもなったよ。特に、今回の移籍にあたって、スペイン国内ではヴェンゲルのことが悪く言われることもあった。僕に言えることは一つだけ。今、僕がここにこうしていられること、今の僕があるのは、すべてヴェンゲルのおかげだということだ。彼は僕にとって特別な人。ヴェンゲルが僕に示してくれた好意と愛情は生涯忘れないと思う。彼のことはサッカーのプロフェッショナルとして尊敬しているし、一人の人間として大きな愛情を感じている。ヴェンゲルが僕にアーセナルに残ってほしいと考えるのは当然のこと。一方で、僕がバルサに戻りたいという強い気持ちを持っていたことを誰よりも理解してくれていたのがヴェンゲルだった。彼の理解がなければ、僕のバルサへの移籍はなかっただろう。アーセナルの中には、僕の移籍に強く反対する人が大勢いたからね。ヴェンゲルへの恩は忘れない。彼には本当に感謝しているんだ」

 果たして、セスクを加えたバルサはクラブ史上最強なのか? この問いに、セスクはこう答えた。

「バルサは団結力の強いグループになっている。ただ、今のバルサが歴代最強なのか、そうでないかはどうでもいいことだと思う。大切なのは、バルサがバルサらしくあること。バルサらしいハイレベルなサッカーを披露し続けて、タイトルを獲得し続けることが重要なんだ。そして、ファンが僕らのサッカーを最大限に楽しんでくれれば、それが最高のことだと思う」

 ジョアン・ガンペール杯のナポリ戦、セスクは従来の中盤ではなく、トップの位置で起用された。今のバルサが歴代最強なのかどうかは、まだ分からない。ただ、セスクをトップの位置でも機能させてしまうチーム、セスクほどのプレーヤーが全力を尽くしてポジションを勝ち取らなければならないチームは、今のバルサくらいではないだろうか。

【関連記事】
バルサでの初ゴールにも満足しないセスク「まだまだ学ぶことは多い」
セスクがバルサ初ゴール…親善試合でナポリに5発圧勝
バルサデビューを果たしたセスク「激しいタックルは当然」
人生最大の挑戦に臨むセスク「最後の一滴の汗までバルサに捧げる」
セスクを加えた絶対王者。最強バルセロナ撃破は可能なのか
【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(twitterアカウントはSoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではグラビアページを担当。