リオ・ファーディナンドとともに長谷部が先頭に立って入場してきた瞬間、驚きを感じた人は少なくなかったのではないだろうか。岡田監督がイングランド戦で施した、ひとつ目の処方箋である。

  長谷部は“戦える”選手だ。相手を必要以上にリスペクトせず、1対1にも果敢に挑んでいく。球際での激しさはチーム屈指なのに、警告を受ける回数は少ない。その激しさが国際基準だからだろう。感情を表に出さない選手が多いチームにあって、レフェリーにもきっちりアピールする彼の存在感は際だつ。ゲームキャプテンにふさわしい人材なのは間違いない。

 長谷部をゲームキャプテンに指名したことについて、岡田監督は「いままでの流れやムードを、ズルズルと引きずるわけにはいかなかった」と説明している。「ここで一度、そういった流れやムードを断ち切りたかった」と。

 チームのキャプテンは、岡田監督から「精神的な柱」に指名された川口が担っている。試合中に誰がキャプテンマークを巻くのかは、さほど重要でないかもしれない。韓国戦までの流れを断ち切りたい、という指揮官の気持ちも理解できる。

 しかしながら、W杯の初戦までほぼ2週間というタイミングである。すでに出来上がった組織に手を加えるのは、ひとつ間違えばマイナスに作用しかねない。中澤が不満をあげるとは思えないが、その胸中は複雑だっただろう。それだけに、長谷部に次いで2番目に中澤が入場してきたことに、僕は安堵した。ドイツW杯のチームでは宮本の次に、その後は川口の次にピッチへ登場するのが、キャプテンマークをまかない際の中澤の定位置となっていたからだ。チームへのロイヤルティは揺らいでいないと判断できる。

 システムの変更も、強烈なカンフル剤だ。こちらが二つ目の処方箋である。岡田監督に言わせれば4−1−2−3となるイングランド戦の布陣は、4−1−4−1と判断するのが妥当だった。選手の意識に占める守備の割合は大きい。

 オウンゴールによる2失点での敗戦は、ひとまず恰好がつく。対外的には悪くない。リスタートからの先制点も狙いどおりだろう。しかし、相手の良さを消すことが自分たちの強みを発揮するための下地になっていたかというと、評価は変わってくる。

 19分の決定機を岡崎が決めていれば、後半21分の森本の一撃がGKを破っていれば、という仮定はあるものの、攻撃は散発でしかない。守備に労力を奪われ、攻撃まで手がまわらなかったというのが現実だ。

 評価される守備にしても、致命傷になりかねないスキをのぞかせている。

 後半42分のシーンは見逃せない。右サイドからジェラードにクロスを許し、ルーニーとヘスキーが飛び込んできた。わずかにタイミングが合わなかったが、あわやダメ押し点を浴びるところだった。終了間際の時間帯に決定機を与えてしまったのは、しっかりと記憶にとどめておかなければならない。

 岡田監督はこの試合のゲーム内容を前向きにとらえていたが、個人的にはギリギリで踏みとどまったという印象を抱く。守備にある程度の手ごたえをつかんだとはいえ、カメルーン戦が同じ結果ならいきなりの崖っぷちである。勝てなかった事実を直視しなければならず、1−2に引っ繰り返されたあとの手立てを持つべきだ。

 攻撃が消化不良のままで善戦しても、あとに残るのは充実感ではない。失望にも似た徒労感である。選手にとってはストレスのたまる試合だ。

 ここにきてなぜ4−1−2−3にしたのかを、岡田監督は選手に納得させる必要がある。どんなに現実的な対処法だとしても、耐えることを前提とする戦いは選手にとって楽しいものでない。ロジックとして理解ができても、感覚的な欲求が拒絶してしまうところがある。言葉を尽くして説明する理由がそこにあり、イングランド戦後の選手たちが厳しい表情を浮かべていたのが、僕にはとても気になる。