美しい筋肉を手に入れるには、激しいトレーニングが必要だといわれきた。だが、それはもう古い。理学療法士の庵野拓将氏は「近年の研究で、筋肥大に『追い込み』は必要ないとわかってきた。重要なことは『総負荷量』だ」という――。

※本稿は、『科学的に正しい筋トレ 最強の教科書』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■筋トレの成果は「バーベルの重さ」では決まらない

筋肉を大きくしたいと考えた場合、従来の筋トレの“常識”では「とにかく高強度のトレーニングをひたすらやり続ける」ことが推奨されていました。

しかし、最新のスポーツ科学は「低強度トレーニングでも、回数を増やせば、高強度と同じ効果が得られる」ことを示唆しています。

つまり、筋肥大の効果には、従来言われていたトレーニング強度ではなく、強度に回数やセット数をかけ合わせた『総負荷量』にカギがあるということです。詳しく紹介する前に、まずは、筋肉はどのようなメカニズムで太くなっていくのかを見ていきましょう。

■どれだけ筋繊維を収縮させられるか

筋肉は、数千から数十万本という筋線維が束になって形づくられています(図表1)。筋肥大は、筋線維の一本一本を肥大させていくことで生じます。筋線維は1つの筋細胞が細長くなったもので、アクチンとミオシンといった筋タンパク質からできており、筋線維の肥大は筋タンパク質の合成によってもたらされます。この筋タンパク質の合成は、筋線維の収縮がスイッチとなって促進されます。そのため、筋肥大の効果を最大化するためには、トレーニングによって「なるべく多くの(できれば全ての)筋線維を収縮させること」がポイントになるのです。

■ムリない重さでも回数を増やせば鍛えられる

これまで低強度トレーニングでは、少ない数の筋線維の収縮にとどまってしまい、十分な筋肥大の効果が得られないと考えられてきました。これに対して、高強度トレーニングは、多くの筋線維を収縮させることができます。しかし、高強度トレーニングは、身体への負担が大きく、筋トレの初心者や未経験者、高齢者にとって簡単ではありません。また当然、「つらさ」「苦しさ」を伴い、筋トレを長く続けていくためのモチベーションにも影響します。ところが近年、低強度トレーニングでも総負荷量を高めれば、多くの筋線維を収縮させることが可能であり、高強度のそれと同等の効果を得られることがわかってきたのです。

■筋肥大の決め手になる「総負荷量」とは

総負荷量は「トレーニングの強度(重量)×回数×セット数」によって決まりますが、そのエビデンスのひとつとなっているのが次の報告です。

2010年、カナダにあるマクマスター大学のバードらはトレーニング経験者を2つのグループに分け、高強度でのレッグエクステンションを、一方のグループは1セット、もう一方のグループは3セット、それぞれ疲労困憊になるまで行いました。

終了後、両グループの平均総負荷量を計測したところ、1セットのグループの平均総負荷量は942kg、3セットのグループは2184kgとなりました。さらに、トレーニング後の筋タンパク質の合成率を計測すると、総負荷量の高かった3セットのグループが有意な増加を示していたのです。

この結果から、強度が同じでも、セット数を多く行い、総負荷量を高めることで筋肥大の効果が増大することが示されたのです(図表2)。

さらに、低強度トレーニングの場合も、総負荷量を高めれば筋肥大の効果が大きくなることが報告されています。

バードらは、高強度でレッグエクステンションを行うグループ、低強度で行うグループに分け、それぞれ疲労困憊になるまで行わせました。その結果、高強度グループのトレーニング回数は5回ほどで終わった一方、低強度グループの回数は24回となり、総負荷量は高強度の710kgに対して、低強度は1073kgとなりました。気になる筋タンパク質の合成率では、総負荷量の大きな低強度グループがより高い増加を示したのです。

この報告により、低強度トレーニングにおいても、回数を多くし、総負荷量を高めることで、高強度と同等の筋肥大の効果が得られることが示唆されたのです(図表3)。

■継続的なトレーニングにも有効な「筋肉の新常識」

なお、これらの報告は、筋タンパク質の合成率や筋肥大の「短期的」な効果を調べたものです。しかし、トレーニングに励む人にとって最も重要なのは、継続的なトレーニングによる「長期的」な効果でしょう。

庵野拓将『科学的に正しい筋トレ 最強の教科書』(KADOKAWA)

2012年、マクマスター大学のミッチェルらは、トレーニング未経験者を対象に、レッグエクステンションを高強度で行うグループと、低強度で行うグループに分けて検証しました。両グループともに1日3セットで週3回、疲労困憊になるまでトレーニングを行い、これを10週間継続しました。その結果、両グループともに大腿四頭筋(太ももの前の筋肉)の筋肉量は増加したものの、グループ間で筋肉量の有意な差は認められませんでした。2016年の同大学のマートンらが行った多関節トレーニング(複数の関節に負荷をかけるトレーニング)の研究でも、同様の結果が出ています。

つまり、長期的な筋肥大の効果においても、低強度トレーニングでも回数を増やして総負荷量を高めれば、高強度と同等の効果が得られることが示唆されたのです。そして2017年には、これらの報告をまとめて解析したメタアナリシスが報告され、低強度でも高強度でも総負荷量を高めれば、筋肥大の効果は同等であることが示されています。

現在はこれらの研究報告が「筋肥大の効果は『総負荷量』によって決まる」という、筋トレの新たな“常識”を支える科学的根拠(エビデンス)となっています。

「筋肉を大きくしたければ、高強度でトレーニングをしよう」から、「筋肉を大きくしたければ、トレーニングによる『総負荷量』を高めよう」へ──。最新の研究によって、現在は総負荷量を高めるための様々なトレーニング因子が検証され、その最適解も明らかになっています。これまでは、トレーナーのアドバイスや、情報源の不確かな俗説に振り回されている人も多くいました。しかし近年は筋トレに関する様々なエビデンスが揃っています。現代が「科学的に筋肉を鍛える時代」といえる理由は、こうしたエビデンスのなかから自分に最適なトレーニング法を選択できる時代が到来したということなのです。

(理学療法士 庵野 拓将)