稠密な路線網と高頻度運行で「高速バス王国」とも称され、鉄道と激しい競合を繰り広げる九州の高速バス。近年では訪日観光客が増加する一方で、長距離夜行路線の撤退など変化も見られます。

1日128往復も! 所要時間でも鉄道と互角

 九州は「高速バス王国」とも称されます。その最大の特徴は、福岡を中心とする九州内の稠密な路線ネットワークと高頻度運行。近年は訪日観光客、特にFIT(Foreign Independent Tour:個人自由旅行者)も急増している一方で、本州方面への長距離夜行路線が縮小傾向にあるなど、市場環境に変化が見られます。


天神高速バスターミナルのバス専用出入口。いくつもバスが連なることも(成定竜一撮影)。

 九州各県、および隣接する山口県を相互に結ぶ高速バス路線(以下、九州内路線)は、福岡県の西日本鉄道(西鉄)をはじめ、大分交通や宮崎交通など各県を代表する乗合バス事業者らが共同運行を行っています。なお、福岡〜長崎線は、過去の経緯から、沿線の乗合バス事業者(西鉄、昭和自動車、祐徳自動車、西肥自動車、長崎県交通局)が出資して設立された九州急行バスが単独運行しています。また、福岡〜北九州、福岡〜唐津など短距離路線については、西鉄や昭和自動車らによる単独運行です。

 1980年代から九州内において福岡市への一極集中が加速したことや、同時期に延伸開業が続いた高速道路が福岡市と九州一円を効率よく結ぶよう造られたことから、九州内路線は、福岡市を中心として路線網が築かれています。福岡〜北九州(1日最大128往復)、福岡〜熊本(最大104往復)、福岡〜佐賀(最大47.5往復)など非予約制の短距離路線は、高頻度の運行が特徴。福岡〜大分、宮崎、鹿児島、長崎などの路線も、ピーク時間帯は20分間隔で運行されるなど、座席指定制(長崎線は予約定員制)路線としてはかなりの高頻度運行です。

 九州では、県庁所在地など大きな都市は城下町が多く、鉄道は旧市街地を避けて敷設されました。そのため鉄道駅が街外れにあるのに対し、高速バスは繁華街や官庁街に直接乗り入れます。福岡市でも、商業の中心地である天神と、鉄道駅がある博多の両方に乗り入れ。鉄道に比べ、ずっとあとに開通した高速道路の方が線形がいいこともあって、九州内路線は目的地間のトータル所要時間で十分な競争力を持ちます。

 たとえば福岡〜大分でいえば、鉄道(特急「ソニック」の博多〜大分)が最速便で2時間、多くが2時間15分程度であるのに対し、高速バス(天神〜大分トキハ前)が2時間25分とほぼ同等です。福岡一の繁華街でビジネス街、官庁街でもある天神に用がある人なら、博多〜天神の地下鉄移動を考慮すると高速バスの方が早いと言えます。

競争激化の「対本州」、長距離夜行は縮小傾向

 1988(昭和63)年に高速バスの福岡〜宮崎線「フェニックス号」が開業した当時、バスに乗って週末に地元宮崎から福岡へショッピングやコンサートのために出かける若年層が、当時の新聞などで「フェニックス族」と呼ばれました。バブル期には九州内に新路線が続々と生まれており、それらが各県で「福岡への足」として認識され定着したことの、ひとつの象徴といえるでしょう。また、各県の人口も比較的大きいことから、宮崎〜鹿児島、熊本〜長崎など福岡以外の都市を直接結ぶ路線も相当数運行されています。

 一方、本州や四国とを結ぶ、主に夜行の長距離路線は、1983(昭和58)年に開業した「ムーンライト号」(福岡〜大阪)から始まりました。同路線は、「共同運行制(西鉄と阪急バス)」「3列独立シート」など新しい取り組みが成功し、全国のバス事業者が追随。これを追いかけるように九州各県と京阪神や名古屋を結ぶ各路線、さらには片道1000kmを超え福岡と東京を結ぶ「はかた号」も登場します。このころには、西鉄の子会社、西日本車体工業が製造するバス車体が九州各社を中心に導入され、特に夜行路線用の車両には居住性を高めるための細かい工夫がなされていた点も、人気に貢献しました。

 そして2002(平成14)年に「高速ツアーバス」と呼ばれる事業形態(乗合バスではなく旅行商品のいち形態)が容認されると、主に福岡〜京阪神へ新規参入が相次ぎました。


由布院駅前バスセンターにて。左が西日本車体工業製のバス、右はヒュンダイ製の「ユニバース」(成定竜一撮影)。

 しかし、近年、全国的に長距離夜行路線を取り巻く環境が変化しています。九州新幹線の延伸開業(新大阪〜鹿児島中央間の直通運転開始は2011年)など新幹線網の拡充、LCCの参入(ピーチ・アビエーションの福岡〜大阪線就航は2012年)および航空運賃割引の多様化が進み、長距離移動における高速バスのシェアが低下しました。

 福岡〜京阪神では、以前から運賃面でフェリーとの競争がありましたが、航空運賃割引の多様化を受け、山陽新幹線にも使い勝手のいい割引運賃が設定されたことが、競争に拍車をかけたのです。一時は3往復体制となった「ムーンライト号」は、周辺路線と統合を重ね延命したものの、2017年に実質的に廃止となるなど、長距離夜行路線の廃止が相次いでいます。

 もっとも、全国的に見て長距離夜行路線の便数は高速バス全体の約1割に過ぎません。夜行便はもともと収益性に劣ることもあり、各社とも「高速バス市場の本丸」である昼行路線に注力しています。しかし九州では、その昼行路線にも変化が生まれています。

増発重ねる観光地への昼行便 乗り放題パスも後押し

「フェニックス族」現象に象徴されるように、これらの路線はこれまで主に「九州各県から福岡への足」として利用されてきました。しかし、近年、一部の路線でFIT(訪日外国人のうち、貸切バスを使う団体ツアーではなく、個人自由旅行をする人)の利用が急増しているのです。

 九州は、もともと地理的に近い韓国や台湾から気軽に訪日旅行を楽しむ人が多いこと、九州内の高速バスや路線バスにほぼ乗り放題となる「SUNQパス」が2005(平成17)年に発売され、いまや海外へも積極的にセールスされていることが主な背景です。「SUNQパス」は年間約25万枚が発売されていますが、その9割は海外での販売です(2017年度)。この数字は、主に、事務局を務める西鉄のセールス部隊の成果と言えます。

 また、黒川温泉、湯布院温泉、高千穂などFITに人気の目的地へは、いずれも鉄道より高速バスのほうが便利である点も、高速バスが選ばれている理由として挙げられるでしょう。2015年まで11往復であった福岡〜湯布院線は、ダイヤ改正を繰り返し現在では23往復に増便されましたが、平日でも満席状態が続いています。2018年12月からは、日田〜湯布院線が開業したほか、1日2往復まで減少していた九州横断バス(熊本〜黒川温泉〜湯布院〜別府)も、久々の増便を行い熊本〜湯布院で3往復となります。


日田〜湯布院線の運行開始案内。韓国語版も用意されている(成定竜一撮影)。

 それでも、九州における高速バス利用の中心が、地元在住のリピーターによる「九州各県から福岡への足」であることに変わりはありません。ところが、競合する鉄道(JR九州)は、株式上場を果たすなど業績拡大に熱心な企業です。九州新幹線開通や豪華列車「ななつ星in九州」の派手さの裏で目立ちませんが、レベニュー・マネジメント(ITを活用し需要に応じて曜日や時間帯で細かく価格を変動させて収益最大化を目指す手法。イールド・マネジメントとも)の概念を取り入れ、ウェブ予約限定で多様な割引運賃を設定しています。

 高速バスと鉄道の競合が激しい九州では、もともと両者が「増発合戦」を繰り広げ、便数が過剰となったぶん、乗車率が低めの傾向にあります。双方でむやみな値下げ合戦に走るのではなく、運行ダイヤの最適化やレベニュー・マネジメント導入による精緻な運賃コントロールによって、収益性を高める努力が必要です。

 また、高速バス先進地域であったぶん、逆に、全国と比べて九州内路線では若干遅れている分野もあります。たとえば「パーク&ライド(高速バス停周辺の駐車場にクルマを停め、高速バスに乗り換える)」の環境が全国水準と比べても低いと言えますし、需要に応じ柔軟に続行便(臨時増便)を設定する態勢は、たとえば中央高速バス(新宿〜山梨、長野方面)に比べて遅れています。それらの弱点を克服して収益性を高め、その収益をさらにリピーター囲い込みや観光客の増加に再投資し続けることができれば、「高速バス王国」の称号を守り続けることができるはずです。