あなたが大阪に抱くイメージは、どんなものだろうか?

お笑い・B級グルメ・関西弁。東京とはかけ離れたものを想像する人も少なくないだろう。

これは、そんな地に突然住むことになった、東京量産型女子代表、早坂ひかりの大阪奮闘記である。

東京から大阪に転勤することになったひかりは、結婚を視野に入れていた隆二と離れ離れに。

憧れていたはずの隆二からのプロポーズを断り、頭痛のタネだった絵美子とも和解したひかりに、新たな恋の予感が訪れて…?




「よかったわ!二人が仲直りしてくれて!」

週末、大混雑の『シェイクシャック』で、ひかりは久しぶりに太郎と会っていた。

非番だった絵美子の計らいで、半ば強引に誘われた形だが、太郎にきちんと謝りたかったひかりにとってはとてもありがたいお誘いだった。

「ちゃうで。別にケンカなんかしてへんよな!俺がいらんこといったから、ひかりちゃんのハートを傷つけてしまってん。」

ポテトにチーズを大量に絡めながら、太郎が大げさに肩をすくめる。

「ううん。イライラして当たっちゃって、私こそ本当にごめんなさい。こういうのイラチっていうんだっけ。」

「ちょっとちゃうな!」

二人同時に絶妙なタイミングで突っ込まれ、コントの登場人物になったようにケラケラ笑う。

大阪に来てから毎日必死で、周りをみる余裕はなかったけれど、ここ何週間かは少しずつ独特の雰囲気にも慣れてきた。

アホちゃう?と最初に言われたときは、それはもうショックだったが、ネットで「親しみを込めた挨拶のようなもの」と説明されているのを見て、それ以降は気にしないようにしている。

「それ、なんぼした?」攻撃も、金銭感覚がしっかりしている証拠だと思えば、逆に頼もしいものだ。余計な見栄を張らず、本質を見ることを良しとする文化なのかもしれない。

今日も会計時、「イカ焼き30個買えるやん!」と小声で騒いでいた二人だったが、行列に並んでゲットしたハンバーガーには大満足したようで、今度はオープン前に並ぼうと大盛り上がりだ。

「ひかりちゃん、彼氏と別れたんやろ?」

突然そう聞く絵美子の横で、太郎が驚いたようにこちらを見る。

「今は一度離れて、よく考えているところなんだ。心機一転、大阪で頑張りますので、これからもいろいろよろしくお願いいたします!」

頻度は減ったが、相変わらず隆二からの連絡は絶えず、まだ別れたとは言えないのだ。

「ほー!なら俺も遠慮せず大阪案内しまくるわ!その前に、この遠慮のかたまり、食べていい?」

遠慮のかたまり。おそらく、残ったポテトのことを差しているのだろう。太郎はすでににんまり顔でフォークを持っている。

「うちもほしい!インジャンしよ!」

昔、ミニモニ。の歌「ジャンケンぴょん!」で聴いた以来、久しぶりに聞く「インジャン」に内心興奮したが、出すリズムが分からず不戦敗に終わった。



―今日は楽しかったです。ありがとう!

帰り道、グループLINEが既読になると同時に、別のボックスに太郎からのメッセージが届く。

―次こそは二人で大学芋!絵美子ちゃんの了承済です。

太郎のことはまるでタイプじゃないが、「二人で大学芋」という響きがおかしくて、思わずOKの返事を送っていた。


プライベートは順調な一方、仕事にまさかのライバル登場?!


「淳子さん、ランキングどうでした?!」

月一回行われる営業会議を終えた淳子に、ひかりと絵美子が詰め寄る。

先月、前代未聞の5位という結果に終わってしまった売り上げランキング。今月分は、先ほど発表されたはずだ。

「絵美子んとこは…2位!販促プラン当たったな!」

元々絵美子が得意としていた、短時間でのまとめ買いを勧める大阪流に、東京流の複数商品セット販売を掛け合わせたプランは、昔からのお客様から旅行者にまで人気を博した。

もちろん、淳子の営業力も相まって、店舗内での良い位置をもらえたり、呼び込みを行うことができたのも、回復の大きな原動力になった。

「しかも、大阪エリア全体で売り上げが伸びてる。大阪は、我が強いからトップダウンの施策は入りにくいねんけど、ひかりが頑張って進行してくれたおかげやな。」

―絵美ちゃんのおかげ。ありがとう!

そう思って目をやると、絵美子は満面の笑みで応えてくれる。




「今うちの店で当たってるプラン、絶対やった方がいいで!」

絵美子のネットワークは驚くほど広く、ひかりが訪問する前にほとんどの店にすでに情報が行きわたっていた。

こうして、敏腕販売員お墨付きのプランは、ほとんどの店舗ですぐに実行に移されたのだ。

しかも、東京では画一的に展開されるだけなのに対し、大阪では店舗によってうまくアレンジされ、より効果的なものになっているのには、驚くと同時に感動した。

同時に課せられた、絵美子の想い人を探すというミッションはまだクリアできていないけれど、大阪との距離がぐっと縮まった実感が確かにあるのだ。

「そうや、一個報告。さっき大阪全体の売上が伸びてる件で部長から聞かれたから、あんたらの施策の事説明しといたわ。」

来月こそは一位を取ろうと盛り上がる二人に、淳子が割って入る。

「そしたらめっちゃ感心しはって、ぜひ全国大会にでてほしいって。というわけで、関西代表にあんたら推薦しといたから!よろしく!」

さらりと告げられた発表に遅れること数秒、絵美子と共に歓喜の悲鳴を上げた。


憧れの全国大会代表に喜ぶひかりに立ちはだかる、まさかの刺客とは?


ひかりの会社では、2年に一回、美容スタッフを対象にした全国大会が開催される。

全国を6つに分け、各エリアから選出された、販売員とマネージャーのペアが接客スキルと販促施策を競い合うという大イベントだ。

全国の1,000人以上から地区代表として選ばれるだけでも大変名誉なこの大会は、すべての美容スタッフの憧れの的。

優勝したペアには、副賞として本社フランスでの研修旅行も与えられるということもあり、絵美子は「絶対に優勝するで!」と興奮している。

ひかりにとっても夢の舞台、まさか大阪に来て数か月でこんなチャンスがくるなんて、しかも関西代表として選出されるなど、想像もしていなかった。




「前回優勝したのは、東京代表よね。今回もきっと一番のライバルになるはず。」

本社からの帰り道、そう確認するひかりに、絵美子が「打倒、東京やな」と頷く。

「うちな、コンテストにでてた人らに憧れて、マネージャーになりたいって思っててん。でも、実際なってみると、憧れだけでやるには、きつかった。それで、現場に戻りたいって淳子さんに泣きついてん。」

「そうだったんだ…」

さすがに、恋の病だけではないと思っていたけれど、いつも明るい絵美子がそんなに思いつめるなんて、よっぽど厳しかったのだろう。

「後任が東京から来るって聞いて、よそもんなんかに絶対無理って思ってたけど。ひかりは誰の意見でもはなから否定せずに聞いてくれるから、なんか信頼できる。」

「…ありがとう!」

淳子や絵美子のように主張するタイプではない自分はここには向いてないと思ったこともあったけれど、大阪を理解するために努力していたことをちゃんと見てくれていたのだ。

ここ、泣くとこやで!といつものトーンでツッコまれながら店に戻ると、スタッフが駆けよってきた。

「さっき、ひかりさんのお知り合いが買いに来られましたよ!今日来るかわからないって伝えましたけど、また近いうちに来るって言ってました。」

めっちゃ綺麗な方でしたよー!と渡された購入者カルテをみて、ひかりは息をのんだ。

『池上まりや』

頭の中に、あのメモが浮かび上がり、脳内筆跡鑑定の結果は完全に一致した。

―なんで、池上まりやが来るわけ?!

会ったことすらない大嫌いな女の行動に恐怖すら覚えるが、絶対に負けられない戦いであることは、間違いない。

「打倒東京やで!」

少しでも強くなりたくて絵美子のセリフを小声で言ってみたけれど、鼓動はなかなか収まらず、なんどもカルテを見直した。

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次週、東京からの刺客にメッタ切りにされたひかりを救うのは、まさかのあの男!?