映画『オー・ルーシー!』を監督した平胗敦子さんの経歴は、聞いただけで自分とは違う世界の人だと思ってしまうほど華麗です。ロサンゼルスの高校を卒業して、サンフランシスコ州立大学で演劇の学位を取得後は俳優として活動。38歳でニューヨーク大学大学院映画学科の修士号を習得し、修了作品だった短編『Oh Lucy!』がカンヌ国際映画祭シネフォンダシオン(学生映画部門)第2位となり、それを長編化した映画『オー・ルーシー!』が脚本の段階でサンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞。初長編となるこの日米合作映画は、カンヌ国際映画祭批評家週間に選出される――。

平胗敦子監督。現在アメリカ在住。

この華麗な経歴に加え、平胗監督はプライベートでは高校の同級生だった米国人の夫との間に2児をもうけています。好きなことを仕事にして世界的な評価を受けながら、家庭を大事にするママでもある。どうしたらそんなふうに、女子が夢見るすべてを手にできますか?平胗監督にそのコツを聞いてみました。
 

(c)Oh Lucy,LLC

 
 
『オー・ルーシー!』
(配給:ファントム・フィルム)●監督・脚本:平胗敦子 ●出演:寺島しのぶ 南果歩 忽那汐里 役所広司 ジョシュ・ハートネットほか ●ユーロスペース、テアトル新宿ほか全国ロードショー
 
【あらすじ】
職場と一人暮らしのマンションを往復するだけの毎日を繰り返す43歳の会社員、川島節子(寺島しのぶ)。姪の美花(忽那汐里)から押し付けられて英会話教室に参加、米国人講師のジョン(ジョシュ・ハートネット)からいきなり金髪ウィッグをかぶせられ爛襦璽掘次匹箸いΕ縫奪ネームをつけられる。「ヘイ!ワッツ・アップ?」――もう一人の受講生である小森(役所広司)とハグにハイタッチ。節子の中のなにかが弾け、ジョンに恋をする……。
 
実在の人物からインスパイアされたキャラクター
映画『オー・ルーシー!』では、地味な存在で孤独に生きていた主人公・節子が、年下でハンサムな外国人のジョンへの想いに目覚め、盲目的に突っ走ります。アラフォー節子のキャラが、リアルで笑えました!
 
「節子にはモデルというか、インスパイアされた人がいました。心の内を人には見せないような人で、もし彼女が本音をしゃべったら?と想像していったのです。この映画の節子はDepression(鬱)を抱えた人で、モノがあふれた部屋に住んでいます。外の世界で人に見せる自分と内面とにギャップがあることを表現したかったのかも。寺島しのぶさんはそんな節子を演じながら『かわいい』と思うところもあったらしいです。寺島さんとはとても気が合いました。説明しなくても察してくださるというか、あえて察しよう!というプロセスも必要なく、ただ感じてくれました。直感が鋭いんです。私も寺島さんも体育会系の人間で、テレパシー?と思うくらいに波長が合いました」
 
節子って、じつは一人で生きていける人でもある気がしますが?
 
「いや、人間って一人では生きていけないと思いますよ。ある脚本を書くため、一人で砂漠を旅したことがあるんです。女性が一人でグランドキャニオンに行く話だったのですが、近場のサンディエゴに行きました。そうしたらタイヤが砂にハマってウィンウィン!と空回りして。携帯の電波も届かず、レッカー車を呼ぶこともできなかったのですが、運よく近くを通った人に助けられました。
映画みたいな話ですけど、一人旅をする人って死ぬのが怖くないんだなと思ったりして。そのときに、一人では生きていけないんだなと思ったんですよ(笑)!東京で引きこもりをしていても、スマホがあればピッツァもオーダーできる。テクノロジーのおかげで、誰と接しなくても生きていけるという錯覚を起こしているだけだな と。都会だと一人じゃ生きられないってことを知る機能が壊れちゃっているけど、自然の中だと気づくところがある。節子のような人でもそうです」
 

ヒロインの節子は地味で孤独な43歳の会社員。寺島しのぶの繊細な演技に注目。

 
節子はジョンに恋をしますが、誰かを好きになると、一人では生きられないと実感するのでしょうか? 
 
「それはちょっと違う話になりますけど……確かに恋愛の場面では、自分を崩してでも、という力が働きますよね。ジョンは私が出会った複数の人からインスパイアされてます。そのうちの一人はカリスマ性のあるアクティングコーチでしたが、中年の危機に陥って魔がさしたのか、ある問題を起こしてしまって。人間は弱いもので、多くの人に尊敬され、憧れられるような人であってもそれは同じ。映画に登場するキャラクターは、実在の人物からたくさんインスパイアされています。各キャラクターのヒストリー、生い立ちや家族関係、バックグランドがあって、俳優さんたちとシェアしていました」
 

節子が恋に落ちるジョンを演じるのはジョシュ・ハートネット。ダメ男も、この人が演じると魅力的に。

ジャッキー・チェンで映画に開眼
節子はジョンを追ってロサンゼルスへ行きますが、監督ご自身は高2で単身渡米されたんですよね?
 
「窮屈だった、のかなと。いろいろな意味で。兄がいたのですが、日本は特に男の子、なかでも長男に家族の意識が集中しますよね。それなら私は、私の道を行きたいなと。自分の居場所を見つけたかったのかもしれませんね。もともと行動力はあったのかもしれませんが。とにかくやっちゃうタイプで(笑)。英語もしゃべれませんでしたが、どうにかなる!くらいに思っていました。10歳くらいから海外に行きたいと考えていたので、中学では英語を頑張っていましたけどね」
 
海外に行きたいと思った理由は?
 
「ジャッキー・チェンがきっかけでしょうか。じつは彼、私が行ったNYUのシンガポール校の開校式で、リボンを切りに来てるんですよ!ニアミスでした(笑)。8歳で『酔拳』を観て、映画の世界に興味を持ったんです。人にこれほどの衝撃を与えることができる!映画ってスゴイ!って。ブルース・リーも好きでしたが、ジャッキーはまた全然違うんですよね。おちゃらけていて、例えば師匠のような人の頭をコン!と殴っちゃったり、型のようなものを崩していくんだけど、それでもちゃんと軸があって、必ず正義が勝つ。そのスタイルが魅力的で。彼の映画を観ると、違う世界へ行けるんです。観る前と観た後とで、感覚が変わってしまう映画ってありますよね。あんなに落ち込んでいたのに、なんでこん なにハッピーになっちゃったんだろう?と思うような。そんなふうに観た人間の頭を切り替えてしまう、映画というもののパワーに圧倒されました。それで、この世界に関わっていきたいなと」
 

つくるべき映画には、ミラクルが起きる
 
人間ドラマなのはもちろんですが、かなり笑えますよね。ルーシーと、役所広司さん演じるトムがカツラを被って並んでいるところなんてサイコーでした!
 
「カツラ選びもいろいろ考えました。トムに関しては金髪じゃなく茶色で、カーリーさを抑えたもの、あまりやり過ぎても面白くないし……と。それを役所さんがかぶるとまたものすごく面白い(笑)。そもそも役所さんが出演して下さることが決まったときは驚いたのですが、この映画の企画を進めながらあまりにビックリすることが起きるので。ミラクルってあるんだな……うん、なきにしもあらずかもしれない、とも思っていました(笑)」

節子が英会話教室で出会う小森を演じるのは、大御所俳優の役所広司。笑えるし説得力があるし、まさにこの人でなければ!という演技。

 
そのミラクルを、監督が起こしたのでは?
 
「私じゃないですよ、誰でしょう(笑)?いろいろな人のエネルギーがひとつの軌道に乗るというか、星がalign(一列に整列する)というか。すべての要素がキレイに並んだときに、きっと映画ってできると思うんです。そうならないときは、つくるべき作品じゃない。でもこれは、つくるべき作品だと、いつも自分に言い聞かせていました。壁にぶちあたっても、企画が動き続けるのであれば最善を尽くして頑張ろうと、諦めずにプッシュし続けました。不思議なことに、諦めようと思ったときにサンダンスで脚本賞をもらったりするんですよ。それで、まだこの映画の命は終わりじゃないんだなと思い続け、今ここにたどり着いた感覚です。いくつもの偶然とミラクルが起きないと、映画なんてつくれません。お金が集まったからと言ってつくれるわけでもないし、いざつくろう!とい ってもなにが起こるかわからない。だからつくり終えたときは大変な達成感でした」
 
振り返って、なぜ途中で諦めずに完成させられたと思います?
 
「『もうダメだ』『私はなにをやってるんだろう?』『本当に自分はこれをやりたいのだろうか?』と、なんども疑念が湧きました。例えば山に登っていると、霧がかかって頂上が見えない。すぐそこだったから、登れることを信じてもう一歩を踏み出せば頂上へいけたのに、諦めて引き返すケースもありますよね。そんなことにならないよう、頂上が見えなくても、そこにあると思って登るしかない。この映画の企画を動かしながら、周りが霧で真っ白で、頂上なんて全然見えない―それで諦めそうになったときになにかが起きるんですけど……きっとやりたかったんですね。だから諦めなかったんでしょう、シンプルに」
 
決断に迷ったときはどうする?
映画づくり以外でも、迷ったり諦めようと思ったとき、どう決断しますか?
 
「具体的な対策があります。選択に迷ったときはそれをやったときの賛否、良いことと悪いこと、途中で止めたときのいいこと悪いことを具体的に書き出し、どちらが多いかで判断する。49対51なら、51を選べばいいんです。私はそうしてます。映画をつくるには犠牲が多いですから、この仕事をやろうかな、どうしよう?って迷います。そういうときに、限界があるのはいいことかもしれないですよね。それを選ぶきっかけになるから。“自分の人生でなにがいちばん大事か?”が最も大切。家族かキャリアか?それはなんでもいいんですけど」
 
家族かキャリアか、これって堅実女子にとっては重大な選択ですよ。監督の場合はどちらなんですか?
 
「いまの時点では家族、子どもがいちばん大事です。だから毎年映画をつくれないのはわかっているし、つくろうとも思っていません。でも、子どもが大きくなったらできるかもしれない。だから迷ったときはいつでも、爐い泙了点でいちばん大事なことは?”と自分に問いかけて答えを出します。もちろん、夫にも話します。結婚しているから、私だけで決断できないこともありますし。ボーイフレンドでも友達でも、信頼できる人に話してみるのもいいでしょう」
 
監督は意志が固く行動力がある方に見えるので、一人でがんがん行っちゃうのかと思ったのですが?
 
「ぜんぜん(笑)。お互いに相談しますね。でも相談するときって、実はすでに自分で答えを分かっているんですよね。それで信頼する人に、自分が答えだと思うことを言ってほしくて、やっぱりそうかと確信したい。それと人に話すことで、自分がどうしたいかを改めて自覚する面も。そういう意味では、やはり最終的には自分で決めるんですよね」
 
ご主人は相談されるとどんな反応を?
 
「私と同じような考え方で、いろいろと質問してきます。なぜやりたいの? なにが自分にとって大事なの?と。たまに全然期待していなかったようなことを言われてハッとするときもあります。例えば、それはやらない方が良いよと言わると思っていたのに、やってみればと言われるなど。視点が違うから、なるほどそういう考え方もあるのかと思考の枠が大きくなり、チョイスが増えたりする。それで爐海Δ任覆ゃいけない”という型にハメる必要はないんだなと思ったり。特に母親だと自分でもそうした型にハメてしまいそうになりますが、それを覆してくれたりするんですよね」
 

迷わず「家庭がいちばん」と話した平胗監督。

具体的にどんな行動をすれば、ほしいものを手に入れられるの?平胗監督のスーパーセオリーは〜その2〜に続きます。