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text:Jim Holder(ジム・ホルダー)

もくじ

ー われわれは敵ではない
ー 世界最高のドライバーの開発
ー 死亡事故を無くすため
ー 番外編 クラフシックの経歴

われわれは敵ではない

世界最強の自動運転技術企業のボスは今ポルシェ911 GT3を注文中だ。いま現在、自宅のガレージにはケータハムが置いてある。その横にはもう2台のポルシェ911。997シリーズのカレラSと964シリーズのタルガだ。

温厚で落ち着いているジョン・クラフシック(グーグル傘下のウェイモのCEO)は、わたしのクルマの未来に対する憂鬱な顔を見ると破顔一笑してこう言う。

「われわれは敵ではありませんよ。自動運転のクルマと愛好家のクルマは両立するんです」ニヤッと笑って続ける。「われわれがウェイモで行っていることは、ドライブの終焉を意味するものではありません。あなたがどこかに行きたくなったら、われわれのクルマのどれかを使ってください。アプリで呼んで、自動運転でそこまで行って、さあ到着です」

「でも、ひとはいつもクルマを所有したがります。だからもしクルマを買うなら、それを特別なものにしてあげたいんですよ」

「われわれは功利主義的な市場を混乱させると思います。なぜなら、より低コストでこのようなニーズに答えることができそうだからです。でもクルマ愛好家はクルマは面白くなきゃいけないと考えるでしょう。クルマには目的があると」

56歳のクラフシックとウェイモは、先月、さらなるスポットライトを浴びた。ウェイモが最高2万台のジャガーI-PACEを購入し、2020年から一般人に自動運転の機会を提供すると発表したからだ。

だらりとした髪、無精ひげの生えたあごにジーンズ。容姿からすると、彼のことをシリコン・バレーの出身だと思うかもしれない。しかし、実際には自動車業界で長年働いてきた。グーグル・ファウンダーからのオファーに応えて2016年にウェイモのトップになるまでは。

世界最高のドライバーの開発

自動運転技術の開発だけでなく(長く噂されているように)クルマを製造する計画もあったのかと彼に聞いてみたが、ぼそぼそと「わたしは知りませんね」と小声でいうだけである。

しかし、ウェイモが創立された2016年末の時点では、この噂は(少なくとも今から見ると)すっかり一段落していたのだ。

「ファイヤーフライと呼ぶテストカーは自社で製作しましたが、その理由は、技術試験をおこなう場所がいわゆる「ゴルフ・カート規則」を使うことができたからです」と彼は言う。

「56km/hまでならハンドルなしに近隣を走ることができたんです。そこで試験走行を重ねました。でも、クルマをまるごと作るのは専門家に任せた方がいい。お互い、それぞれの領分というものがあるのです」

この試験走行は、自動運転の試験走行を一般道で行う際の安全性への懸念に対するウェイモの回答である。機会さえ与えられれば、クラフシックはまるで呪文のようにふたつの実績を繰り返すだろう。

800万kmに及ぶ米国一般道での自動運転試験と、80億kmを超えるコンピュータ・シミュレーションでの自動運転試験である。

彼はまた、2008年から開発を行っているウェイモ独自のライダーおよびレーダーは世界最高性能であるという。だからウェイモは今年、アリゾナの260平方kmを超える地域で「もしものため」の人間を載せない自動運転試験をおこなおうと計画している。一般公道試験としては世界初だ。

「会社を設立したとき、自分たちの役割は何かと自問したんです。答えは、世界最高のドライバーを開発することでした」と彼は言う。「現在のわれわれの技術なら、巨大なトラックからプリウスに至るまでなんでも運転できます。動くものならなんでもOKです」

死亡事故を無くすため

研究によれば、自動運転技術は今世紀の中頃までに年間5兆ポンド(760兆円)のビジネスになるという。グーグルがこの分野に興味を持つのも頷けるだろう。

しかし、クラフシックは真顔で頑固に反論する。「一番のモチベーションはお金だと思うかもしれませんが、そうじゃないんです。目標は死亡事故を無くすことです。それがすべてです。この社会的利益に見返りがあるとすれば、それは素晴らしいですが」

安全性の問題について、自動車産業は独りよがりになっていたとクラフシックは感じている。

「『事故』という言葉は、実態を隠ぺいするために作られたようなものです。『悲劇』という言葉のほうがふさわしいでしょう」と彼は言う。

「ひとがクルマで死ぬのは当たり前のようになってしまいました。でも1時間に140人が死んでいる。多すぎますよ」

「ですから、われわれは死亡事故ゼロのドライバーを作り上げるのです。万人に対する安全性の確保と移動手段の提供がわれわれの目標です。どちらも簡単ではありません。前者は最終目標ですが、後者は大きな挑戦です。米国だけでも、今日3000万のひとが移動手段を持たないのです」

もちろん、ウェイモはこの分野で覇権を争っている会社のひとつである。例えばジャガー・ランド・ローバーも独自システムの開発を続けるだろう。しかし、グーグルの専門家集団、評判、それに豊富な資金力というアドバンテージで、ウェイモが有利なスタートを切ったことは疑いようがない。

自動運転は多くのクルマ愛好家にとって涅槃ではないかもしれない。しかしクラフシックは間違いなく自動運転の将来を切り拓いていくだろう。

番外編 クラフシックの経歴

人格形成期

「(ニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリングIncでの)わたしの上司はヨーダのような風采でした。とても頭が良かったのですが、言うことは謎だらけでした」

「仕事を始めて間もなく、GMの工場へ派遣されました。とても印象的でしたが、クルマがラインから外れて修理されていたり、現場の段ボール箱の中で人が寝ていたりするのに気づきました」

「帰ってから印象などを報告しました。その後、今度は日本のトヨタの工場に派遣されたんです。とんでもなく効率的でした。ボスの言っていることがわかりましたよ。あらたな目標を見つけました」

なぜエンジニアになったのか?

クルマの設計をしたかったんです。フォードに打診したんですが、フォードからのオファーは工場の運営業務でした。いやだと粘って、結局、製品デザイン・エンジニアの職を得たんです。今までで一番の仕事でした。製品開発のプロセスを習得し、自動車メーカーのエンジニアが品質と信頼性を非常に重視する姿勢を学びました。

なぜフォードを辞めたのか?

「当時、将来を決めかねている賢い連中はたくさんいました。わたしは管理職として昇進したくなかった。フォードのひとを管理する仕事が嫌いだったんですよ」

ウェイモにくるまで

「ヒュンダイに入社して、とても楽しかったです。その後、不況の真最中に米国ヒュンダイの経営を任されたんです。とてもうまくいったので、その後でトゥルー・カーに移りました」

「ウエッブサイトでクルマを売買する会社です。そんなある日、電話が鳴りました。グーグル・ファウンダーのラリー・ページとセルゲイ・ブリンでした。わたしは電話を受けました!」