シャープは家電・IT見本市「シーテック」の場で、8Kテレビを大々的にアピールした(記者撮影)

85インチの大型パネルに映し出されたバレリーナの映像を見ていると、脇から本物のバレリーナが登場、映像と寸分たがわぬ動きで舞い始める――。

10月頭に東京・幕張で開催された家電・IT見本市の「シーテックジャパン」。凝った趣向で “実物と見分けがつかないほど高精細なディスプレー”をアピールしたのは、台湾・鴻海精密工業のもとで経営再建を進めているシャープだ。バレリーナの映像は、8Kカメラで撮影し、8K対応パネルに映されていた。

8Kとは、超高画質のディスプレー解像度のこと。現在放送されているフルハイビジョン番組の16倍、4K対応テレビの4倍の画素数(約3318万画素)を持つ。

12月には日本でも8Kテレビを発売

シャープは今、この8Kディスプレーを再成長の軸の1つに据えている。今年10月には中国で世界初の8Kテレビを発売、日本でも12月には販売を始める予定だ。


シャープは8Kテレビに並々ならぬ意気込みを見せている(撮影:今 祥雄)

国内での販売価格は、70インチで100万円前後になる見込み。決して安いとはいえないが、同社の野村勝明副社長は「中国ではいいスタートを切っており、日本でも予約が始まった。12月の販売開始時点で月200台規模の販売を目指す」と意気込みを語る。

シャープは年内に8K対応の業務用ビデオカメラも発売する。さらに、医療用モニターや監視カメラといったBtoB市場も強化することで、2020年度に8Kだけで売上高3000億円を目指す計画だ。

パネルの生産は、日本や台湾向けは国内で行い、中国と米国向けはシャープと鴻海が共同で合計約2.3兆円を投じ、それぞれの国に8Kパネル工場を建設している。

シャープがここまで8Kに懸けるのには、どのような理由があるのか。

鴻海の後ろ盾を背に、シャープの業績は今急激に回復している。10月27日に東京・幕張で行われた2017年4〜9月期決算説明会の場で、野村副社長は「四半期純利益は、リーマンショック以前の水準にまで回復した」と自信を見せた。

売上高は前年同期比21.3%増の1兆1151億円、営業利益にいたっては、同7900万円から405億円へと、516倍にも拡大。454億円の赤字だった純利益も前期から一転、347億円の黒字で着地し、2017年度通期の業績予想を上方修正した。

ディスプレー事業が急回復

中でも目覚ましい回復を見せたのが、売上高の約半分を占め、液晶テレビやディスプレーなどで構成される「アドバンスディスプレーシステム」事業だ。前年同期と比べて、売上高は45.9%増、さらに146億円の赤字だった営業損益は163億円の黒字となっている。


ディスプレー事業は親会社の鴻海精密工業の支援もあり、急回復している(撮影:今 祥雄)

ディスプレー事業が急回復した要因について野村副社長は、「(部門売上高の3分の1を占める)液晶テレビ事業は価格下落の影響があったが、中国での販売網が拡大した。欧州やアジアでも売り上げが伸び、黒字を維持することができた」と語る。中国現地での拡販にあたっては鴻海の営業力を投入しており、その成果が出始めているという。

足元で好調なディスプレー事業でさらなる成長への弾みをつけたい。そこで、まだ誰も参入していない8Kの市場で勝負をかけようというのだ。

だが、8Kテレビ市場の将来性は未知数だ。IHSマークイットテクノロジーの鳥居寿一シニアディレクターの試算によれば、2018年の8Kテレビの市場は全世界で126万台、2021年に290万台となっている。だが2021年の世界のテレビ市場全体は2億4800万台が見込まれており、8Kはわずか1.1%程度に過ぎない。

市場を牽引するのは、当面4KやHDR(ハイダイナミックレンジ)テレビとなりそうだ。というのも、日本で8K放送が開始されるのは2018年12月とまだ先で、別途受信機も必要となる。さらにNHK以外の民放は、8K放送に必要な巨額投資に二の足を踏む。中国では放送開始のメドすら立っていない。デジタル放送や4K放送、ネット配信の動画を8Kの解像度に変換して鑑賞することになる。

競合他社は一様に有機EL推し


家電量販店には有機ELテレビがずらりと並ぶ(撮影:梅谷秀司)

競合がシャープを見る目は冷ややかだ。テレビメーカー各社がしのぎを削っているのは、8Kの液晶ではなく有機ELテレビ。同業他社の社員は「シャープさんは昔から一本気だから」と苦笑する。

2017年、国内のテレビ市場では東芝、ソニー、パナソニック、韓国LG電子の4社から有機ELテレビが出そろった。家電量販店に行くと、液晶と有機ELの画質を比較するような特設売り場が設けられていることも多い。

有機ELは自ら発光する有機化合物を使ったパネル。液晶のようにバックライトが不要なため、壁に掛けられるほど薄くすることが可能で、画面の切り替えも早い。色のコントラストをはっきりと表示することに長け、暗い場面の多い映画やスポーツ、ゲームなどを観るのに適しているという。


有機ELテレビに注力する他社とは裏腹に、シャープの野村勝明副社長は8Kへのこだわりを強調した(記者撮影)

今のところ、テレビ向けの大型有機ELパネルはすべて韓国LG電子製であり差別化が難しい。だが各社は、独自の画像処理や音響技術で独自性を打ち出し、映像へのこだわりを持つ消費者に訴えかける。停滞するテレビ市場における一つの起爆剤としたい構えだ。

有機ELテレビも8Kと同様、将来の普及に向けて手探りの状態だ。ただ、参入が遅れることへのリスクもある。シャープも有機ELテレビの生産に乗り出すことは明らかにしているほか、スマホなど中小型の有機ELパネルは、来春から出荷が始まる。

それでもシャープとしては「2020年度には60インチ以上の液晶テレビの半分を8Kに変える」という目標を掲げており、8Kへのこだわりはなお強い。液晶パネルを製造する大阪・堺工場への過剰投資で痛い目を見た過去もある。二の舞となることはないのか。シャープの8Kをめぐる“孤独な闘い”は、けっして楽な道ではない。