8月10日に復活運転を果たしたSL「大樹」(撮影:杉山 慧)

鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2017年11月号『東武鉄道SL「大樹」』を再構成した記事を掲載します。

東武鉄道日光線から鬼怒川線が分岐する下今市駅が、にわかににぎわうこととなった。2017年8月10日に運転を開始した、C11207牽引のSL列車「大樹」の始発駅になったからだ。

駅舎は既存の建物を活用しながら、本格的に昔の雰囲気を醸す姿にリニューアルされ、ホームの上屋や売店も煤が染み付いたような黒である。かつて国鉄主要駅で、夜行列車の一夜を明かした乗客が顔を洗ったと聞くタイル張りの洗面台も作られている。駅員たちの制服も、木製駅名標も、しっかりした考証に基づきレトロになった。

51年ぶりのSL復活プロジェクト

お盆休暇の最中、東日本は雨続きの冷夏となったが、にもかかわらず、下今市駅は観光客で沸いている。すっかり都市型“電鉄”としての道を歩んできた東武鉄道が、51年ぶりのSL復活運転プロジェクトとして誕生させた「大樹」は、鬼怒川線の下今市―鬼怒川温泉間12.4kmを、日に3往復する。年間運転日数は約140日(初年度は約100日)で土休日が中心だが、お盆は週中の平日も加えられている。

2本目の下り鬼怒川温泉行きとなるSL「大樹」3号は、下今市13時発。浅草やJR新宿を頃合いの時間に出る特急に接続し、あるいは午前中は日光を散策しても乗れる列車のため、とりわけ人気が集まる列車だ。

「撮影のお客様、安全のために黄色い点字ブロックの後ろまでお下がりください」と何度も放送が繰り返されるほど大勢の乗客、それは多くが子ども連れで、若いお母さんたちがみな身を乗り出してスマホを構える。呼吸を整えるような静かな排気音とともに列車は入線、子どもたちの黄色い歓声をあちこちに聞きながら、乗り込んだ。

編成は、国鉄当時の現役時代に霧の多い日高本線で運用するため前照灯を二つ目としたC11形207号機を先頭に、車掌車ヨ8000形ヨ8634、続いて14系客車スハフ141+オハ141+スハフ145の3両を連結し、最後尾の補機をDE10形1099号機が務める。

当日は先発の「リバティ」が少し遅れて出たため、慌ただしかった中「約35分間、鬼怒川温泉駅までのノスタルジックなSLの旅をお楽しみください」の放送に送られて、折戸が閉まる。発車。太いC11の長笛一声が響くと、続いて補機の鋭いホイッスル。レトロ調の新制服に身を包んだ駅長以下、駅員やSL検修員が総出のごとくホームに並んで手を振り、旗を振り、見物に訪れていた人々も満面の笑みではしゃいで、見送ってくれる。

SL列車の走り出しは、グイッグイッとしゃくる動きが伝わってくるものだ。しかし、鬼怒川線はいきなり大谷川の鉄橋に向けた急カーブで始まるので加速はわずか。満席の賑わいに囲まれた中では、ほとんどわからない。その大谷川でも、河原の人々が手を振ってくれる。

さらに急カーブの大谷向駅をゆっくり通過するころ、国鉄客車オリジナルのオルゴールが鳴り、車掌が編成の案内と停車駅、到着時刻を告げた。オルゴールも音声も懐かしい音色だ。それに続いて各車1人ずつ乗っている観光アテンダントのあいさつ、そして彼女らによる車内改札。彼女らは日光市観光協会のスタッフという。

コレクター心理を突いた乗車証や入場券

切符を確かめると、記念乗車証が渡された。特殊印刷で大谷川を渡るシーンが左右に動く、その図柄は「大樹3号」の専用で、「大樹」の他の列車では別物が配られる。そして2枚、4枚、もしくは全列車完乗の6枚と集めると、プレゼントがある仕組み(2018年8月9日までの実施)で、重ねての乗車を誘う。

乗車券としては下今市―東武日光・新藤原間をフリー乗車区間とする「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」が発売された。東京方面から通しの乗車券やクーポンでない場合に500円と格安感をもって使えるからマイカーで訪れた観光客は重宝するだろう。


下今市の機関庫に戻ったSL「大樹」(撮影:杉山 慧)

また、そのフリーきっぷは東武日光や下今市、鬼怒川温泉等の硬券入場券(大人1枚150円)を3枚セットできる台紙になっており、鉄道ファンなら“穴埋め”を完成させたくなる。記念乗車証と言い、コレクター心理の絶妙なところ?を突いてくる。

ただ、「大樹」は別途、SL座席指定券750円が必要な全車指定席の列車であり、滑り出しの現状ではほぼ満席続きのようだったから、ふと思い立っての記念乗車証集めは少々ハードルが高いかもしれない。

改札と並行して始まったのは、ベレー帽の女性スタッフによる記念撮影サービス。ミニヘッドマークやプレートを手渡された人々が、「ハイ、タイジュ」の声にあわせて楽しそう。さらに、車内改札を終えたアテンダントは手作りの「アテンダント通信創刊号」を配付し、追って“大樹缶”のビールやグッズ等を満載したワゴンも回ってくるなど、もう次から次…。観光テイスト全開の車内であった。8月15〜26日の間、5・6号のアテンダントは浴衣姿で乗務とか。

一方、車窓には霧雨に濡れた杉林や靄のかかる山並みがゆっくり流れるが、14系客車なので窓は開かない。6050系普通を待たせて通過した大桑から新高徳へは、砥川の鉄橋を境に両側とも上り勾配だから機関車はしばし力行する。しかし、汽笛は届くもののブラストは聞こえない。1号車のスハフ14は車内電源用のエンジンを稼働させているからなおさらだ。だが、車内の観光客はそうしたことは意に介さず、と言うか思いもよらない。また、窓が開いたら開いたで、煤を浴びたら汚れるということも念頭にないだろうから、その面では固定窓、そして冷房の効いた車内が具合よい。現代のSL列車の旅事情である。

鬼怒川温泉駅には駅前転車台を新設

鬼怒川を渡った新高徳駅には、急曲線続きの鬼怒川線においても最も厳しい曲線を経て進入する。特急はじめ電車も時速25kmの制限速度を受け、「大樹」は時速15km程度にまで下げる。「大樹」の最高速度は時速45kmであり、実際の運転速度は時速40km強。それに比してもゆっくりの度は著しい。景勝地を徐行しているわけではない。


鬼怒川橋梁を渡るSL「大樹」(撮影:杉山 慧)

そうした賑やか、かつスローな旅を味わううち、SL運転を機に新設(7月22日開業)された東武ワールドスクウェア駅に到着、真新しいホームに数人が降りた。1分停車で再び太い汽笛とDE10のホイッスルが響くと、終着の鬼怒川温泉駅はすぐだ。オルゴールに続く到着案内放送のあと、アテンダントがお礼で締めると拍手が沸く。

鬼怒川温泉駅は特急で着いた人や日光から来た人、あるいは帰る人々がすでに右往左往しており、そこに「大樹」が着くと、喧噪に拍車がかかる。周囲は当然人垣となり、駅員も記念撮影の手伝いに忙しい。SL「大樹」営業運転開始を祝うのぼりが立ち並ぶ改札前にも顔出し看板を楽しむ子ども連れ。改札口のカウンターには、「駅員さんがおすすめする写真撮影スポット!」や「お得なテーマパーク入場券」、キャラクターなど各種案内や商品があふれている。

「本日は鬼怒川温泉駅にお越しいただき、ありがとうございます。このあとSL大樹号が13時50分ごろに転車台に入線して参ります。進行方向を変えるため回転いたします」

金色の鬼の像、鬼怒太が迎える駅前に出ると、そこにも複数の駅員が立って大勢の観光客を誘導していた。今回のSL復活運転に際しての運転設備は、東武に既存の施設はなく、すべて他社から譲り受けたものを新設した。そこで鬼怒川温泉駅の転車台は、駅構内の裏側ではなく、日光市などの協力を得て、なんと駅前広場の一画に設けられた。だから、柵の周りに数百人が寄り集まってくる。


14系客車から切り離されたC11とヨ8000は、バックで下今市方へ機回しされ、やがて再び正方向で駅前転車台へ現れる。「SL大樹号の入場です!」まさに袖から現れて華やいだランウェイを歩む、モデルそのものだ。汽笛が鳴るとどよめきが沸く。ゆっくりと転車台に載って時計回りに半回転。その途中で3回、動きを止めた。記念撮影のためだ。キャブの乗務員が満面の笑顔で手を振っている。

鬼怒川温泉駅転車台での機関車回転は、10時30分、13時50分、17時25分の3回である。朝の1号到着(9時38分)後はとくに間隔が開いているが、その理由はちょうどその時間帯が東京や日光からの列車到着、接続列車発車のゴールデンタイムだからであり「機回しの線路が空くのを待つため」だと、転車台を操作するSL検修員が教えてくれた。そのぶん、スペーシアやJR253系、会津鉄道直通の気動車など多彩な車両が入出線を繰り返す。

2列車運転、会津直通も現実の視野に

復活運転をスタートさせた「大樹」だが、計画はこれに留まらない。営業を予定する客車は6両、車掌車ヨ8000形が2両であることが、それを物語る。じつは、もう1両のSL復活が構想されているらしい。現在の207号機1両では機関車の予備がない。すると万が一の場合だけでなく、大掛かりな定期検査の際に長期にわたり運転ができなくなる。現段階では、検査年は冬期運休と考えられているが、2両を保有すれば通年営業できる。たんにSL運転が目的ではなく、それによる地域振興こそが本来の狙いであるから、ブランクは作るべきではない。

トップシーズンには2列車の運転が可能であるし、ディーゼル機の力を借りれば野岩鉄道線の長大トンネルも通過できるから、会津へ直通する長時間運転もできる。もともとC11が走っていた国鉄会津線、それが転換した会津鉄道の非電化区間をC11207が走るかもしれない。有名な大内宿や田島の前沢集落へSLで訪問できるとなれば、文化遺産同士のカップリングで関心も格段に高まるだろう。こうした未来への布石が、7月8日に実施された会津若松駅SLまつりでの、C57180「SLばんえつ物語」とのそろい踏みだったことは公然の事実だ。12系2両も復元すれば、窓が開いて本当にブラストが聞こえる列車になる。